ドーナッツロボティクス、建築現場向けヒト型ロボット発表
はじめに
日本のロボットスタートアップ、ドーナッツロボティクス株式会社が、建築現場や工場での活用を想定したヒューマノイドロボット「cinnamon 1(シナモンワン)」を発表しました。身長169cm、体重約70kgという人間に近いサイズで、言葉や身振りを理解して自律的に行動できる点が特徴です。
建設業界では深刻な人手不足が続いており、国土交通省の推計では2030年には約47万人の労働者が不足すると予測されています。こうした状況を背景に、ヒューマノイドロボットへの期待が高まっています。本記事では、cinnamon 1の技術的特徴から市場動向、そして日本のロボット産業が直面する課題まで、幅広く解説します。
cinnamon 1の技術的特徴
ハードウェア構成と基本性能
cinnamon 1は、二足歩行が可能なヒューマノイドロボットです。周囲の環境を認識するために4基のカメラとLiDAR(光検出・測距センサー)を搭載しており、人間の動きや障害物を正確に把握できます。
マイクとスピーカーによる音声コミュニケーション機能も備えており、作業指示を音声で受け取ることが可能です。連続駆動時間は3〜4時間程度で、バッテリー交換や充電を挟みながら1日の作業をこなす運用が想定されています。
価格帯は1体あたり1,000万〜2,000万円程度と発表されており、これは現在の産業用ロボットの価格帯と同等です。人件費との比較では、建設作業員の年収が約400万円とすると、3〜5年程度での投資回収が見込める計算になります。
世界初のジェスチャーコントロール技術
cinnamon 1の最大の特徴は、ドーナッツロボティクスが独自に開発した「サイレント ジェスチャー コントロール」技術です。これは声を発することなく、手振りや指の動きでロボットに指示を伝える特許技術です。
建築現場では、重機の騒音や作業音で音声コミュニケーションが困難な場面が多くあります。また、空港や工場など、大きな声を出しにくい環境も存在します。ジェスチャーコントロールは、こうした環境での操作性を大幅に向上させる技術として期待されています。
「話さなくても、想いが届く」というコンセプトのもと開発されたこの技術は、ロボットと人間の協働作業をより直感的にする可能性を秘めています。
VLA(Vision-Language-Action)モデルの搭載
2026年内にcinnamon 1へ搭載予定のVLAは、視覚情報と言語指示を統合して行動を決定するAIモデルです。従来のロボットは、事前にプログラムされた動作パターンに従って動くものが主流でしたが、VLAを搭載することで、より柔軟な状況判断と自律的な行動が可能になります。
ドーナッツロボティクスは2028年をめどにVLAの自社開発を目指しており、2026年中に50体程度のcinnamon 1を導入してデータ収集施設を設立する計画です。実際の作業現場で蓄積したデータをもとに、日本の建築現場特有の環境に最適化されたAIモデルの構築を進めます。
建築業界の人手不足とロボット活用
深刻化する労働力不足の現状
日本の建設業界は、かつてない人手不足に直面しています。建設業就業者数は1997年のピーク時から約30%減少し、特に若年層の入職者減少が深刻です。国土交通省の調査では、建設技能労働者の約35%が55歳以上である一方、29歳以下はわずか12%程度にとどまっています。
2024年4月からは建設業にも時間外労働の上限規制が適用され、いわゆる「2024年問題」として人手不足がさらに顕在化しました。従来は長時間労働で補っていた労働力を、新たな方法で確保する必要に迫られています。
ロボット導入のメリットと課題
ヒューマノイドロボットの建設現場への導入には、いくつかのメリットがあります。まず、人間が入りにくい危険な場所での作業や、重量物の運搬など、「3D(dangerous, dull, dirty)」と呼ばれる仕事を代替できる点です。
また、ロボットは24時間稼働が可能であり、熟練工の技術をデータ化して再現することで、技術継承の問題にも対応できる可能性があります。
一方で、課題も存在します。建設現場は工場と異なり、日々環境が変化します。不整地での歩行や、予期せぬ障害物への対応など、実用化には高度な制御技術が必要です。また、導入コストの回収期間や、既存の作業員との協働方法についても、検討が必要です。
MBSとの資本業務提携
ドーナッツロボティクスは2025年10月、建築用仮設足場の大手である株式会社エムビーエス(MBS)と資本業務提携を締結しました。この提携により、MBSの持つ建築業界とのネットワークを活用した販路開拓と、実際の建設現場でのロボット実証実験が可能になります。
MBSは全国約2,000社の建設会社と取引があり、年間約10万件の建設現場に足場を供給しています。この顧客基盤を通じて、cinnamon 1の導入を推進する計画です。
日本のヒューマノイド産業の現在地
グローバル競争の激化
ヒューマノイドロボット市場は、世界で急速に拡大しています。Morgan Stanleyの調査によると、2035年までに市場規模は5兆ドル(約780兆円)に達すると予測されています。
この巨大市場をめぐり、各国の企業が競争を繰り広げています。米国ではTeslaの「Optimus」やFigure AIの「Figure 01」が注目を集め、中国ではUBTECH、Unitree Robotics、AGIBOTなど多数のスタートアップが急成長しています。
世界のヒューマノイド関連企業約220社のうち、中国企業が約半数を占め、米国企業が約20%、日本企業は約10%にとどまっています。かつてホンダのASIMOで世界をリードした日本は、現在は後発の立場に回っています。
日本企業の強みと戦略
日本企業には独自の強みがあります。精密機械技術、モーター制御、センサー技術などのハードウェア面での技術力は世界トップクラスです。また、産業用ロボット分野では、ファナック、安川電機、川崎重工業などが世界市場で高いシェアを維持しています。
2025年6月には、早稲田大学、テムザック、村田製作所、SREホールディングスが「KyoHA(京都ヒューマノイドアソシエーション)」を設立しました。産学連携でオールジャパン体制を構築し、グローバル競争に対応する動きも始まっています。
中国製ロボットとの関係
ドーナッツロボティクスのcinnamon 1については、ハードウェアの一部に中国製部品を使用しているとの指摘もあります。実際、ヒューマノイドロボットの部品サプライチェーンでは、中国企業の存在感が増しています。
ロボット用ハンドの分野ではOYMotionが、アクチュエーター(駆動装置)では複数の中国メーカーが競争力のある製品を供給しています。「日本ブランド」として価値を訴求しつつ、コスト競争力を確保するために中国製部品を活用するという選択は、現実的な戦略といえます。
重要なのは、AIソフトウェアやシステム統合などの付加価値部分で差別化を図ることです。ドーナッツロボティクスは、VLAの自社開発やジェスチャーコントロール技術など、独自技術の強化を進めています。
注意点・今後の展望
実用化までのハードル
cinnamon 1が実際の建設現場で本格稼働するまでには、いくつかのハードルがあります。まず、安全性の確保です。人間と協働する環境では、予期せぬ動きによる事故を防ぐための安全機構が不可欠です。
また、建設現場特有の粉塵や水濡れ、温度変化への耐久性も求められます。実証実験を通じて、これらの課題を一つずつ解決していく必要があります。
2026年以降のロードマップ
ドーナッツロボティクスは、2026年中に50体のcinnamon 1を導入し、データ収集と実証実験を本格化させる計画です。2028年にはVLAの自社開発を完了し、より高度な自律動作を実現することを目指しています。
経済産業省の予測では、2030年時点で日本国内に50万台のヒューマノイドロボットが稼働する見込みです。製造業では3社に1社、物流業では2社に1社がロボットを導入している未来が描かれています。
cinnamon 1がその一翼を担えるかどうかは、今後数年間の技術開発と市場開拓にかかっています。
まとめ
ドーナッツロボティクスが発表したヒューマノイド「cinnamon 1」は、日本発のロボットとして建設業界の人手不足解消に挑戦する意欲的な製品です。ジェスチャーコントロールやVLAなど独自技術を武器に、2026年内の市場投入を目指しています。
グローバルなヒューマノイド市場では米中企業が先行していますが、日本企業には精密機械技術や品質管理のノウハウという強みがあります。cinnamon 1の成否は、日本のロボット産業がヒューマノイド時代においても競争力を維持できるかどうかの試金石となるでしょう。
参考資料:
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