S&P500が攻撃前回復、中東危機でも株高が続く構造の限界
はじめに
米国株が中東戦争をほぼ「なかったこと」にしつつあります。S&P500種株価指数は2026年4月13日に6887で引け、ロイターによると、米国とイスラエルがイランに対する軍事行動を始める直前だった2月27日の水準を上回りました。EIAは軍事行動の開始を2月28日としており、4月13日の戻りは、ほぼ開戦前の評価を株式市場が取り戻したことを意味します。
直感的には不自然です。ホルムズ海峡の通航混乱は続き、米軍は4月13日にイラン沿岸部への海上封鎖を始め、週末の米イラン協議も妥結しませんでした。それでも株が戻ったのは、市場が戦争の有無そのものではなく、企業利益、エネルギー価格、金利、流動性を通じた経済への実害を値付けしているからです。この記事では、今回の反発を支えた三つの力学と、なお残る脆さを整理します。
株価反発を支えた市場の再評価
開戦ショックの巻き戻し
4月13日の相場を最も端的に説明したのはロイターです。Reuters配信記事を転載したInvesting.comは、S&P500が1.0%高の6887、ナスダック総合指数が1.2%高、ダウ工業株30種平均が0.6%高で終えたと伝えました。同じ記事は、朝方の軟調な始まりを切り返せた理由として、ソフトウエア株の反発、決算シーズンへの視線移動、そして週末の協議が失敗しても米イラン交渉継続への期待が消えなかった点を挙げています。
ここで重要なのは、市場が「停戦成立」を買ったのではなく、「最悪の拡大シナリオの確率低下」を買ったことです。4月13日早朝のロイター記事では、米軍による海上封鎖開始を受けて先物は下落していました。ところが日中にトランプ大統領が「イランは取引を望んでいる」と述べると、S&P500とナスダックは午後にかけて上げ幅を広げました。市場は戦争継続そのものより、外交チャネルが完全には閉じていないことを重視したわけです。
原油急騰の持続不安の後退
米国株が戻るための前提条件は、原油が暴騰したまま定着しないことでした。EIAは4月7日公表の短期見通しで、ホルムズ海峡の事実上の閉鎖を受け、3月のブレント平均が1バレル103ドル、4月2日の日中価格がほぼ128ドルまで上昇したと説明しています。ホルムズ海峡は世界の石油とLNGの約2割が通る chokepoint であり、この水準が続けばインフレ、家計負担、企業コストを通じて株価には強い逆風になります。
ところが4月14日には流れが変わりました。ICISによると、アジア時間のブレント6月物は97.38ドル、WTI5月物は96.93ドルまで低下しました。ロイターは同日後半、ブレント終値が94.79ドル、WTI終値が91.20ドルまで下がったと伝えています。市場は、封鎖が続いていてもイランとの再協議が見込めるなら、原油価格は危機直後のピークを維持しないと判断し始めました。株価が攻撃前水準へ戻った背景には、このエネルギー価格の巻き戻しがありました。
最悪の景気シナリオを回避するという織り込み
AP通信は4月14日の記事で、株価と原油の同時反発を「世界経済が最悪シナリオを回避できるという期待」と表現しました。これはかなり本質的です。株式市場が恐れていたのは、戦争そのものではなく、原油高の長期化による米景気失速、企業利益圧迫、そしてFRBの利下げ余地縮小でした。逆にいえば、戦争が続いてもエネルギー市場が安定方向へ向かうなら、株式はかなり冷静でいられます。
この構図は、4月13日の値動きにも表れています。朝方は協議決裂と封鎖開始を嫌気して下げたものの、日中には「交渉再開余地がある」「海運が全面停止には至っていない」「原油が再び100ドル台半ばへ張り付くとは限らない」という評価が優勢になりました。市場は地政学リスクを消したのではなく、マクロ指標へ転写される強度を引き下げて再計算したのです。
買い戻しを強めた企業収益と資金フロー
決算シーズンへの視線移動
株価反発の第二の理由は、投資家の関心が戦況から企業収益へ戻ったことです。ロイターは4月13日の引け後分析で、相場上昇の直接要因として「第1四半期決算シーズンの始まり」への注目を挙げました。FactSetの4月2日時点の集計では、S&P500の2026年1〜3月期利益は13.2%増が見込まれ、これが実現すれば6四半期連続の二桁増益になります。11業種中9業種が増益予想で、牽引役は情報技術、素材、金融です。
この数字は、戦争ショックがあっても米企業の利益水準が直ちに崩れていないことを示しています。株式市場は常に将来を先回りして動きますが、その判断材料の中心は結局のところ利益です。エネルギー価格が落ち着き、決算予想が維持されるなら、短期の軍事ニュースで下がった株は買い戻されやすくなります。4月13日の反発は、地政学の霧が少し薄れた瞬間に、もともとあった利益期待が再び前面に出た形です。
金融とソフトウエアが示したリスク許容度
4月13日の反発は、指数全体の数字以上に中身が重要です。ロイターはソフトウエア株の戻りを強調し、4月14日のAP通信も、ブラックロックが3.3%上昇し、シティグループが3.2%上昇したと報じました。守りのセクターだけでなく、景気感応度や資本市場活動に連動しやすい銘柄が買われたことは、投資家が単なる安全運転ではなく、通常のリスク資産選好へ戻りつつあることを示します。
金融大手の内容も追い風でした。JPMorgan Chaseは4月14日に第1四半期決算を公表し、ブラックロックも同日に四半期純流入1300億ドルを発表しました。資産運用と大手銀行がそろって比較的強い数字を示せば、「市場が混乱していても企業と投資家の資金循環は止まっていない」という安心感が生まれます。株式市場が戦争より決算を優先し始めたのは偶然ではありません。
需給面での押し上げ
もう一つ見逃せないのが需給です。地政学ショックで一度ポジションを軽くした投資家は、指数が崩れずに戻り始めると買い戻しを迫られます。今回も4月13日朝は弱かったにもかかわらず、午後には上げが加速しました。これはニュースが改善したというより、悲観ポジションが維持しにくくなった面が大きいとみられます。
しかも、背景には資金流入の持続があります。ブラックロックの四半期純流入1300億ドルという数字は、投資家資金が株式やETF市場から逃げ切っていないことを示しています。戦争リスクが完全に消えなくても、ファンド資金が市場に残り、企業利益予想も大きく崩れないなら、指数は押し目で支えられやすいです。今回の戻りは、マクロ期待だけでなく、需給の粘着性でも説明できます。
なお消えていない三つの火種
物理的な供給不安
株価が戻ったからといって、エネルギー問題が解決したわけではありません。ロイターは4月14日、原油相場の下落について「物理的な供給減を無視している」とのアナリスト見解を紹介しました。ICISも、ホルムズ海峡を通る石油・LNGが世界供給の約2割を占めると指摘しています。金融市場は先に楽観を織り込みますが、現物物流の詰まりは後から効くことがあります。
このズレは、もし封鎖が長引いたり、イラン産原油の輸出減少が拡大したりすれば再び問題になります。EIAは2026年の米原油生産を日量1360万バレルと見込んでいますが、世界供給全体のショックを米国単独で吸収できるわけではありません。株式市場が原油低下を安心材料にしている今こそ、物理需給の遅行的な悪化には注意が必要です。
高めの株価評価
二つ目の火種はバリュエーションです。FactSetによると、4月2日時点のS&P500の予想PERは19.8倍で、5年平均の19.9倍にほぼ並び、10年平均の18.9倍は上回っています。つまり、S&P500は「危機下なのに割安」なのではなく、利益成長が続くことをある程度前提にした水準まで既に戻っています。中東情勢が再び悪化し、原油高が長引けば、この前提は揺らぎます。
特に、4月13日の6887という水準は「開戦前を回復した」だけではなく、「市場が企業利益の耐久力をかなり信じている」ことも意味します。リスクが消えたから株が高いのではなく、リスクが利益を壊さないという見立てが優勢だから高いのです。この前提が崩れれば、戻りが速かった分だけ調整も速くなりやすいです。
交渉依存という脆さ
三つ目は、相場の安心感がかなりの程度「次の交渉があるはずだ」という仮定に依存していることです。4月13日の上昇は、週末協議の失敗を無視したのではなく、その失敗が最終破綻ではないと解釈した結果でした。したがって、交渉再開が本当に消えれば、同じ市場が一転して原油高と景気不安を再評価する可能性があります。
AP通信が指摘したように、市場は「世界経済の最悪シナリオ回避」を買っています。この言い換えは、「より良いシナリオ」を買っているわけではない、ということでもあります。恒久停戦や海上封鎖解除が見えているわけではなく、今の株高は被害が限定的で済むという期待の上に成り立っています。期待の種類としては、かなり条件付きです。
注意点・展望
今回の相場を「戦争が起きても株は上がる」と一般化するのは危険です。正確には、2026年4月時点の米国株は、1. 原油がピークから低下し、2. 企業利益予想がなお強く、3. 交渉再開の余地が残る、という三条件がそろったため戻っています。どれか一つでも崩れれば、開戦前水準の維持は難しくなります。
今後の確認点は明確です。第一に、原油が再び100ドル台後半へ戻るかどうか。第二に、4月後半に本格化する企業決算で、エネルギー高や物流混乱の悪影響がどこまで出るか。第三に、米イラン協議が実際に再開するかです。市場はすでにかなり楽観を先取りしているため、好材料よりも失望材料への感応度が高まる局面に入りつつあります。
まとめ
S&P500が2026年4月13日に攻撃前水準を回復したのは、戦争が終わったからではありません。市場が、原油高の長期化と景気悪化という最悪シナリオの確率を引き下げ、同時に企業利益の強さへ再び焦点を当てたからです。ソフトウエア株の戻り、金融大手の好決算、原油の100ドル割れが、その再評価を支えました。
一方で、この反発はかなり条件付きです。ホルムズ海峡の供給不安、高めのPER、交渉継続への依存という三つの火種は残っています。したがって今の株高は「戦争に強い市場」というより、「利益が壊れない限り地政学ショックを買い戻す市場」と理解する方が実態に近いです。次の焦点は、原油と決算がその前提を守れるかどうかに移っています。
参考資料:
- Wall Street ends up 1%, erases all losses since the start of the Iran war | Investing.com
- Wall Street futures drop after US-Iran peace talks fail | Reuters via Investing.com
- Trading Day: US stocks gain, dollar dips on hopes for Iran war negotiations | Reuters via StreetInsider
- Wall Street indexes gain as investors hold out hope for US-Iran resolution | Reuters via Investing.com
- Stocks rise and oil prices ease as hopes climb for another round of US-Iran talks | AP via Local 10
- Oil prices retreat on hopes of further US-Iran talks | ICIS
- Oil prices drop on hopes of more talks between US and Iran | Reuters via StreetInsider
- Short-Term Energy Outlook - U.S. Energy Information Administration
- S&P 500 Earnings Season Preview: Q1 2026 | FactSet
- BlackRock Reports First Quarter 2026 Diluted EPS | BlackRock
- JPMorganChase Reports First-Quarter 2026 Financial Results | JPMorgan Chase & Co.
- Investor Relations | Citi
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