スエズ運河の通航量なお5割減、回復遅れの背景と海運への影響
はじめに
中東の地政学リスクが世界の海運に影を落とし続けています。エジプトのスエズ運河の船舶通航量は、2023年末のフーシ派による商船攻撃開始以降、大幅に減少したまま回復が進んでいません。
2025年10月のイスラエルとハマスの停戦合意を経て、フーシ派の攻撃は事実上停止していますが、通航量は危機前の5〜6割にとどまっています。攻撃停止から100日以上が経過しても、多くの船社は依然として喜望峰経由の迂回ルートを選択しています。
一方で、マースクやハパックロイドといった大手コンテナ船会社が部分的な通航再開に動き始めており、全面正常化に向けた動きも出ています。本記事では、スエズ運河の現状と海運市況への影響を詳しく分析します。
攻撃停止後も戻らない船舶
通航量は危機前の4〜5割
BIMCOの分析によると、2026年1月初旬時点でスエズ運河の通航量は2023年同時期比で約60%減少したままです。四半期ベースの載荷重量トンで見ると、2024年1月以降、一貫して51〜64%の減少が続いています。
特に打撃が大きいのがコンテナ船で、2025年10〜12月期の通航量は2023年比で86%減という壊滅的な数字です。コンテナ船は攻撃のリスクに最も敏感な船種であり、保険料の高騰もあいまって、喜望峰ルートへの切り替えが最も進んだ分野です。
船社が慎重な理由
フーシ派の攻撃は事実上停止していますが、船社が慎重姿勢を崩さない理由はいくつかあります。まず、フーシ派が商船攻撃の再開を表明する可能性が完全には排除されていません。米国とイランの間の緊張関係も不安材料です。
さらに、戦争保険料が依然として高水準にあります。紅海を通航する船舶の保険料は通常時の数倍に跳ね上がっており、運航コスト全体を押し上げています。安全保障上のリスクと経済合理性の両面から、多くの船社は「様子見」を続けています。
大手船社による部分的な通航再開
マースクとハパックロイドが先行
2026年2月、デンマークのマースクとドイツのハパックロイドは、両社の共同運航体制「ジェミニ・コーポレーション」のもと、一部サービスで紅海・スエズ運河ルートへの復帰を開始しました。
対象となるのはIMXサービス(インド・中東〜地中海航路)で、2月中旬の西行き航海から変更が適用されています。全ての通航には海軍の護衛が付くとされています。
フランスのCMA CGMも紅海ルートへの復帰を進めており、大手3社の動きは業界全体に影響を与えています。今後、SE1やSE3サービスにも紅海ルートへの変更が拡大される予定です。
喜望峰ルートからの転換で生まれる余剰船腹
スエズ運河経由に戻すことで、アジア〜北西ヨーロッパ航路では3,000海里以上、約10日間の航海日数が短縮されます。マースクのME11サービスの場合、ループ全体が70日に短縮され、31,000TEU分の船腹が解放される計算です。
現在、喜望峰ルートへの迂回は世界の船腹の約6%を吸収しています。もし大規模な紅海復帰が進めば、この余剰船腹が市場に放出され、船腹の需給バランスに大きな変化をもたらす可能性があります。
エジプト経済と海運市況への影響
エジプトの運河収入は激減
スエズ運河はエジプトにとって最大級の外貨収入源ですが、通航量の激減は経済に深刻な打撃を与えています。2024年の年間収入は39億9,100万ドルで、2023年の102億5,000万ドルから約61%減少しました。
2024年は運河を通過した船舶がわずか13,213隻にとどまり、2023年の26,000隻超から半減しています。シシ大統領は月間8億ドル前後の収入減を明らかにしており、エジプト・スエズ運河庁は通行料を12〜15%割引くことで通航量の回復を図る方針を示しています。
海運市況への下落圧力
紅海ルートへの全面的な復帰は、海運市況に大きな下落圧力をもたらす可能性があります。喜望峰迂回が続いた2024年には、アジア〜欧州間のコンテナ運賃が急騰しました。上海〜ロッテルダム間の40フィートコンテナの運賃は、2023年10月の1,300ドルから2024年7月にはピークの8,800ドル(約140万円)まで約7倍に跳ね上がっています。
スエズ運河への復帰が進めば、航海日数の短縮により必要な船腹数が減少し、余剰トン数が市場に放出されます。業界アナリストの推計では、紅海航路への全面復帰は、コンテナ船の需要を約10%押し下げる可能性があります。
注意点・展望
全面正常化にはなお時間が必要
マースクやハパックロイドの動きは前向きなシグナルですが、全面的な正常化にはまだ時間がかかります。通航を再開しているのは一部のサービスに限られ、海軍の護衛を前提とした運航です。
米国とイランの関係悪化や、フーシ派の攻撃再開の可能性は依然としてリスクとして残っています。各船社は段階的かつ慎重にルートの切り替えを進めており、2023年以前の水準に戻るには少なくとも数か月以上を要するとの見方が一般的です。
荷主が注視すべきポイント
紅海復帰が進めば運賃の下落が予想される一方、復帰のペースやタイミングは不確実です。荷主にとっては、運賃の変動リスクと納期の安定性のバランスを見極めることが重要です。また、老朽船のスクラップが加速する可能性もあり、中長期的な船腹需給にも注意が必要です。
まとめ
スエズ運河の通航量は、フーシ派の攻撃停止から100日以上が経過しても危機前の4〜5割程度にとどまっています。保険料の高止まりや地政学リスクへの懸念から、多くの船社が慎重姿勢を維持しています。
一方で、マースクやハパックロイドが部分的な通航再開に踏み切ったことは、正常化に向けた重要な一歩です。全面的な紅海ルート復帰が実現すれば、世界の海運市況に大きな変動をもたらし、コンテナ運賃の下落や余剰船腹の発生が予想されます。中東の地政学リスクと海運市場の動向を引き続き注視することが重要です。
参考資料:
- Suez Canal Traffic Stalls at 60% Below Normal Despite 100 Days Without Houthi Attacks - gCaptain
- A Red Sea return would be a game changer for container shipping in 2026 - ING Think
- Maersk and Hapag-Lloyd alliance set for return to Suez Canal - Seatrade Maritime
- Hapag-Lloyd and Maersk to transit Red Sea with one Gemini service - Hapag-Lloyd
- 2024年、エジプトのスエズ運河からの収入は激減 - Arab News Japan
- Largescale return of container ships to Red Sea in 2026? - Xeneta
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