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by nicoxz

サントリーがインドウイスキー市場に再挑戦する理由

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はじめに

サントリーホールディングス(HD)が、世界最大のウイスキー消費国であるインド市場への攻勢を強めています。鳥井信宏社長は2030年度までにインド製ウイスキーの販売数量を現在の3倍に引き上げる目標を掲げ、3つの価格帯で市場開拓に乗り出す方針を明らかにしました。

サントリーにとってインドは因縁の市場です。2012年に清涼飲料事業で進出を試みたものの、わずか1年ほどで撤退した苦い経験があります。そこから約10年の歳月を経て、今度はウイスキーという「本業」で再挑戦を図っています。本記事では、サントリーのインド戦略の全体像と、世界のウイスキー市場におけるインドの圧倒的な存在感について解説します。

インド — 世界最大のウイスキー消費大国

日本の10倍を超える巨大市場

インドのウイスキー市場は、数字で見ると圧倒的な規模を誇ります。2021年時点でのインド国内ウイスキー販売数量は約2億1,600万ケース(1ケースあたり9リットル換算)で、2位のアメリカ(約8,200万ケース)の3倍弱、日本(約2,000万ケース)の実に10倍以上です。

2025年にはさらに拡大し、約2億8,000万ケースに達したとの推計もあります。2035年までに5億8,000万ケース規模に成長するとの予測もあり、年平均成長率は7.6%と高水準です。

世界で最も売れたウイスキーのランキングでも、上位10銘柄のうち6銘柄がインド産という驚異的な結果が出ています。1位の「マクダウェル No.1」をはじめ、「ロイヤルスタッグ」「オフィサーズチョイス」「インペリアルブルー」といったインディアンウイスキーが上位を独占しています。

プレミアム化が進む消費トレンド

インドのウイスキー市場にはもうひとつ重要なトレンドがあります。それが「プレミアム化」です。従来、インド国内で大量に消費されてきたウイスキーの多くは、穀物ではなくサトウキビの副産物である糖蜜(モラセス)を原料としたものでした。

しかし近年、中間層の所得向上に伴い、国際基準に適合した本格的なウイスキーへの需要が急拡大しています。ディアジオの「ゴダワン」やアムルット蒸溜所のシングルモルトなど、インド産の高品質ウイスキーも続々と登場しています。この潮流は、品質にこだわるサントリーにとって追い風となります。

サントリーの3価格帯戦略

「オークスミス」ブランドが武器

サントリーがインド市場攻略の柱としているのが、インド専用ブランド「オークスミス(Oaksmith)」です。サントリーの5代目チーフブレンダーである福與伸二氏が手がけたこのブランドは、スコッチモルトとアメリカンバーボンの原酒をインドに輸入し、ラジャスタン州などの現地工場でブレンドするという独自の製法を採用しています。

2019年の発売以来、オークスミスは発売3年で累計販売200万ケースに迫る成果を上げています。「オークスミス」と上位版の「オークスミスゴールド」の2商品を展開し、価格帯は750ミリリットルで836ルピー(約1,300円)から1,375ルピー(約2,100円)です。

3価格帯で市場を面で攻略

今回の戦略の核心は、従来の2商品体制から3つの価格帯へと展開を広げる点にあります。エントリー層からプレミアム層までをカバーすることで、インド市場特有の多層的な消費構造に対応する狙いです。

インドのウイスキー市場では、ディアジオ傘下のユナイテッドスピリッツやペルノ・リカールの「ブレンダーズ・プライド」が大きなシェアを握っています。サントリーがこの巨人たちに挑むには、単一の価格帯では不十分です。幅広い層に訴求できる商品ラインナップを整えることで、市場浸透を加速させる考えです。

過去の失敗から学んだ教訓

清涼飲料事業での撤退経験

サントリーのインド市場との関わりは、実は2012年にさかのぼります。鳥井氏がサントリー食品インターナショナルの社長を務めていた当時、清涼飲料事業でインドに進出しました。しかし、現地の流通網の複雑さや激しい価格競争に直面し、わずか1年ほどで撤退を余儀なくされました。

この撤退経験は、サントリーにとって大きな転換点となりました。インド市場の難しさを身をもって知ったからこそ、今回の再参入では「インド市場専用」の商品開発と現地生産にこだわっています。

「やってみなはれ」精神の再起動

サントリーの創業精神である「やってみなはれ」は、失敗を恐れず挑戦を続ける企業文化を象徴しています。清涼飲料での失敗から約10年、今度はウイスキーという同社の原点ともいえる事業で再びインドに挑みます。

日本の高品質なブレンド技術と、インドの消費者ニーズを組み合わせた「オークスミス」は、まさにこの失敗の教訓から生まれた「武器」です。海外のスピリッツ原酒を活用しつつ現地でブレンドするビジネスモデルは、輸入関税の高いインド市場にも対応できる合理的な仕組みといえます。

注意点・展望

サントリーのインド戦略にはいくつかの課題もあります。まず、インドの酒類規制は州ごとに大きく異なり、一部の州では酒類販売が厳しく制限されています。全国一律の販売戦略が取りにくい点は、引き続き経営上のリスクです。

また、ディアジオやペルノ・リカールといったグローバル大手はすでにインドで強固な流通基盤を築いています。サントリーがこれらの企業と対等に競争するには、ブランド認知の向上と販売チャネルの拡充が不可欠です。

一方で、インド政府が進める経済改革や中間層の拡大は、プレミアムウイスキー市場の成長を後押しする好材料です。サントリーが目標とする2030年度までの販売3倍が実現すれば、同社のグローバル戦略における重要な成功事例となるでしょう。

まとめ

サントリーは過去の撤退経験を糧に、世界最大のウイスキー消費国インドへ本格的に再参入しています。3つの価格帯でのウイスキー展開、現地生産へのこだわり、そして日本品質のブレンド技術の投入と、戦略は明確です。

2030年度までに販売3倍という目標は野心的ですが、年間成長率7%を超える成長市場であるインドには、それだけのポテンシャルがあります。プレミアム化の波に乗り、ディアジオやペルノ・リカールという巨人に挑むサントリーの「やってみなはれ」の行方に注目が集まります。

参考資料:

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