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by nicoxz

ダイヤモンド市場が映す世界景気の明暗と回復の兆し

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はじめに

世界有数のダイヤモンド取引拠点であるベルギー・アントワープ。2025年の取引総額は191億ドル(約3兆円)と前年比で約22%の減少を記録しました。ロシア産ダイヤモンドへの制裁、ラボグロウン(合成)ダイヤモンドの台頭、そして地政学的リスクの高まりが重なり、天然ダイヤモンド市場は大きな転換期を迎えています。

しかしその一方で、米国の宝飾需要は堅調さを見せ、インド市場は世界最速の成長率を達成するなど、明るい材料も存在します。ダイヤモンドは古くから景気の「先行指標」とも呼ばれる贅沢品です。本記事では、ダイヤモンド市場の最新データから読み取れる世界景気の現在地と、2026年に向けた展望を解説します。

アントワープ市場の現状と構造変化

取引額22%減の背景

アントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター(AWDC)の発表によると、2025年の同市場における原石および研磨済みダイヤモンドの取引総額は191億ドルでした。内訳を見ると、研磨済みダイヤモンドが全体の65.6%にあたる125億ドル、原石が34%の64.8億ドルを占めています。

この大幅な減少の最大の要因は、ロシア産ダイヤモンドに対するG7制裁の影響です。2024年1月以降、アントワープではロシア産ダイヤモンドの取引が禁止されました。制裁以前はアントワープの原石供給の約3分の1がロシア産であったため、これにより原石輸入量の約30%が失われる結果となりました。ロシア産ダイヤモンドはインドやドバイなど制裁の適用されない市場に流れており、アントワープの相対的な競争力低下が懸念されています。

下半期に見えた安定化の兆し

ただし、年間を通して一様に悪化したわけではありません。注目すべきは、2025年下半期の回復傾向です。7月から12月にかけての平均減少率はマイナス8.3%にとどまり、年間のマイナス22.4%と比較すると大幅に改善しています。さらに、2025年12月には前年同月比で3%のプラスに転じ、約2年ぶりの前年超えを達成しました。

この安定化には複数の要因が寄与しています。2025年9月以降、欧州で研磨されたダイヤモンドが米国の輸入関税から免除される措置が導入され、アントワープの研磨ダイヤモンド輸出に追い風となりました。また、年間を通じて45件以上のダイヤモンドテンダー(入札会)がアントワープで開催され、500万カラット以上が取引されたことも市場の活性化に貢献しています。

地域別に見るダイヤモンド需要の明暗

米国市場:堅調な消費と高価格帯シフト

世界最大のダイヤモンド消費国である米国は、2025年も市場の約55%を占める圧倒的な存在感を維持しました。米国の宝飾市場は2025年に5.6%の成長を記録しています。特筆すべきは消費パターンの変化で、消費者は購入する点数を減らす一方で、1点あたりの単価を上げる傾向が顕著になっています。これは天然ダイヤモンドのうち高品質・大粒のものへの需要が根強いことを示しており、業界にとって好材料です。

ただし、ラボグロウンダイヤモンドの浸透も加速しています。米国における小売浸透率は2018年の3%から2023年には19%まで拡大しており、特にファッションジュエリー分野では市場シェアの35〜40%を占めるまでに成長しました。婚約指輪市場でも約30%がラボグロウンを選択するようになっており、天然ダイヤモンドの牙城は徐々に崩れつつあります。

インド市場:世界最速の成長率11%を達成

2025年のダイヤモンド市場で最も輝きを放ったのがインドです。デビアスの報告によれば、インドの天然ダイヤモンド市場は2025年に約11%の成長を達成し、全世界で最も高い伸び率を記録しました。インドのダイヤモンド市場規模は2025年時点で34.9億ドルに達しています。

この成長を支えているのは、経済成長に伴う可処分所得の増加、結婚式やフェスティバルでの宝飾品需要という文化的基盤、そして大手宝飾チェーンによるティア2・ティア3都市への積極的な出店拡大です。さらに、2025年1月に導入された「ダイヤモンド一時輸入許可制度」により、輸出業者への無関税輸入が認められ、インドの世界的なダイヤモンド加工拠点としての競争力が一層強化されています。

中国市場:回復は緩やかだが底入れの兆候

中国のダイヤモンド需要は、不動産市場の低迷や消費マインドの冷え込みを背景に2023年から減速傾向が続いていました。しかし、2025年後半にかけて底入れの兆候が見え始めています。中国とインドを合わせたダイヤモンド需要は現在世界全体の25%を占めており、今後10年以内に米国(50%)を超える見通しも示されています。

中国人民銀行は2025年9月に金の輸入規制を緩和し、11月には金取引に差別化税制を導入するなど、貴金属・宝飾品市場の活性化策を打ち出しています。こうした政策面での下支えが、ダイヤモンドを含む宝飾品市場全体の回復を後押しする可能性があります。

注意点・展望

供給サイドの構造的変化に要注意

天然ダイヤモンドの世界生産量は2022年の推定値から2025年にかけて数量ベースで13%減少し、1億500万カラットとなりました。金額ベースではさらに深刻で、2022年の159.7億ドルから2025年の推定85億ドルへと46.8%もの大幅減少を記録しています。業界最大手のデビアスも2025年通年の平均実現価格がカラットあたり142ドルと、前年の152ドルから7%下落しています。

一方で、ラボグロウンダイヤモンドの世界市場は2025年に294.6億ドル規模に達し、年率13.4%で成長を続けています。特に中国とインドでの生産技術の向上が目覚ましく、天然ダイヤモンドとの価格差はさらに拡大する見込みです。天然ダイヤモンド業界は「希少性」と「資産価値」を前面に打ち出す差別化戦略が不可欠となっています。

2026年の見通し

2026年のダイヤモンド市場は「K字型回復」が予想されています。高価格帯の天然ダイヤモンドは富裕層の需要に支えられて底堅い展開が見込まれる一方、小粒・低価格帯の天然ダイヤモンドはラボグロウンとの競争が一層激化する可能性があります。G7によるロシア産ダイヤモンドのトレーサビリティ(追跡可能性)義務化も2026年1月から本格施行されており、業界全体のコスト増加要因となることが想定されます。

まとめ

ダイヤモンド市場は、世界経済の縮図ともいえる状況を映し出しています。アントワープの取引額が22%減少する中でも、下半期には安定化の兆しが見えており、完全な悲観一色ではありません。米国市場の堅調さと高価格帯シフト、インド市場の二桁成長、そして中国の緩やかな底入れは、世界経済が最悪期を脱しつつあることを示唆しています。

今後の注目点は、ラボグロウンダイヤモンドとの共存のあり方、G7制裁の実効性、そして新興国市場の成長持続力です。2026年の世界宝飾市場は全体で約3,950億ドル規模に達すると予測されており、構造変化の中にも成長の機会は確実に存在します。ダイヤモンドという「最も硬い宝石」が、世界経済の回復力を試す試金石となっています。

参考資料:

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