トランプ氏のホルムズ海峡通航料構想と国際法の壁
はじめに
2026年4月6日、トランプ米大統領は記者会見で「ホルムズ海峡の通航料は米国が徴収してもいい」と発言し、国際社会に波紋を広げました。この発言は、イランが3月末から同海峡を通過する船舶に対して事実上の通航料を課し始めたことへの対抗措置として飛び出したものです。
ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約2割が通過する海上交通の要衝であり、その通航をめぐる動向は国際エネルギー市場に直結します。本記事では、トランプ氏の通航料構想の背景、イランの通航料徴収の実態、国際法上の論点、そして日本への影響を整理します。
トランプ氏の記者会見と通航料発言の真意
「なぜ米国が徴収しないのか」
4月6日の記者会見で、トランプ大統領はイランによる通航料徴収について問われた際、「なぜ米国がやらないのか(What about us charging tolls?)」と切り返しました。さらに「我々には通航料を徴収する構想がある」とも述べ、具体的な計画の存在を示唆しています。
トランプ氏はその根拠として「我々が勝者だ。勝ったのだから」と述べ、米軍のプレゼンスを背景にした徴収権を主張しました。一方で同じ会見の中で「自由な石油の通航」を停戦条件に掲げるなど、矛盾する姿勢も見られます。
記者会見の全体像
この日の記者会見では、通航料の話題以外にも重要な発言が相次ぎました。トランプ氏はイラン国内で行方不明となっていた米軍兵士の救出作戦について説明し、155機の航空機を投入した大規模作戦だったことを明かしています。
また、イランとの停戦交渉について、イラン側の45日間停戦提案を「重要な一歩だが十分ではない」と評価しました。さらに翌日の午後8時(米東部時間)を期限として、ホルムズ海峡の再開を含む合意がなければ、イランの橋梁や発電所など民間インフラへの攻撃に踏み切ると警告しています。
イランによる通航料徴収の実態
1バレル1ドルの「通行税」
イラン議会安全保障委員会のボルジェルディ氏は3月21日、特定の船舶から1バレル当たり1ドルの通航料を徴収していることを公式に認めました。支払いは中国人民元またはステーブルコイン(暗号資産)で行われています。大型原油タンカーの場合、1航海あたりの通航料は約200万ドルに達するとされています。
イラン革命防衛隊(IRGC)が事実上の徴収機関として機能しており、通過する船舶には貨物目録やトランスポンダーデータの提出が求められます。米国やイスラエルとの関係がないことを証明しなければ、通航許可が発行されない仕組みです。
国際社会の反応
4月2〜3日にかけて、英国主導の40カ国外相級バーチャル会合が開催され、参加国はイランの通航料請求を拒否する方針を確認しました。一方で、一部の国はイランとの間で独自の通航合意を結び、海峡を利用し始めているとの報道もあります。
国際法が示す明確な「違法性」
国連海洋法条約の規定
ホルムズ海峡は国連海洋法条約(UNCLOS)における「国際航行に使用される海峡」に該当します。同条約第38条は、すべての船舶および航空機に「通過通航権」を認めています。これは沿岸国の許可なく海峡を通過できる権利です。
さらに同条約第26条は、沿岸国が外国船舶に対して「領海を通航したことのみを理由として課徴金を課してはならない」と明記しています。課金が認められるのは水先案内や海難救助など、具体的なサービスの対価に限られます。
イランも米国も「徴収は困難」
この条約に基づけば、イランによる通航料徴収は明確な国際法違反です。しかし、同じ論理はトランプ氏の構想にも当てはまります。米国がホルムズ海峡の沿岸国ではないことを踏まえれば、法的根拠はさらに薄弱です。
米国はUNCLOSを批准していませんが、慣習国際法としてその主要規定を受け入れる立場を取ってきました。仮に米国が通航料徴収に踏み切れば、自国が長年主張してきた「航行の自由」原則と正面から矛盾することになります。
日本への影響と課題
エネルギー安全保障の脆弱性
日本は原油輸入の約9割を中東に依存し、そのタンカーの約93%がホルムズ海峡を通過しています。現在、日本郵船・商船三井・川崎汽船の邦船大手3社はすべてホルムズ海峡の通航を停止しています。
ブレント原油価格は2026年3月8日に1バレル100ドルを4年ぶりに突破し、ピーク時には126ドルに達しました。4月1日には日本政府による電気・ガス料金の補助金制度も終了しており、エネルギー価格の高騰が家計に直接影響する構造になっています。
「通航料の世界」がもたらすリスク
仮にイランや米国による通航料徴収が常態化すれば、その影響は原油価格の上乗せにとどまりません。世界の他の海峡や重要航路でも同様の動きが広がる可能性があり、自由航行の原則そのものが揺らぎかねません。マラッカ海峡やスエズ運河など、日本のサプライチェーンに関わる要衝は多く、この問題は単なる中東情勢にとどまらない構造的リスクをはらんでいます。
注意点・展望
トランプ氏の通航料発言は、記者会見での即興的なやり取りの中で飛び出したものであり、練り上げられた政策提案とは性格が異なります。「構想がある」という発言の具体的な中身は明らかにされていません。
しかし、イランが実際に通航料を徴収し、一部の国がそれに応じている現実を踏まえると、トランプ氏の発言を単なる放言として片付けることはできません。停戦交渉の行方次第では、通航料が交渉カードとして再浮上する可能性もあります。
今後の焦点は、トランプ氏が設定した期限後のイランとの交渉がどう進展するかです。ホルムズ海峡の安全な再開が実現しなければ、国際エネルギー市場の混乱は長期化し、日本を含む資源輸入国への影響はさらに深刻化するでしょう。
まとめ
トランプ氏の「ホルムズ海峡の通航料を米国が徴収してもいい」という発言は、イランの通航料徴収に対抗する形で飛び出しました。しかし、国連海洋法条約は国際海峡での通航料徴収を原則として禁じており、イラン・米国いずれの構想も国際法上の正当性には疑問が残ります。
日本にとっては、ホルムズ海峡の安全確保がエネルギー安全保障の根幹に関わる問題です。エネルギー調達先の多角化、戦略的備蓄の活用、再生可能エネルギーの拡大など、中東依存リスクの低減に向けた取り組みの重要性が改めて浮き彫りになっています。
参考資料:
- Trump suggests US could charge toll for Strait of Hormuz passage - The Hill
- Trump says US could charge for Strait of Hormuz passage amid Iran war - Al Jazeera
- Trump holds press conference on Iran - NPR
- ホルムズ海峡封鎖・通航料徴収と国際法上の整理 - NRI
- ホルムズ海峡危機:情勢と実務リスク - Global SCM
- Trump says U.S., instead of Iran, should charge tolls on Strait of Hormuz - Xinhua
関連記事
原油高とTACO楽観の落差 景気後退リスクと市場の盲点総点検
イラン情勢の油価急騰とホルムズ海峡リスク、景気後退を巡る市場心理の分岐点
トランプ発言で日経平均急落と原油乱高下の背景
トランプ大統領のイラン攻撃を巡る発言が日経平均1857円安と原油相場の乱高下を引き起こした背景と、企業の事業停滞リスクについて詳しく解説します。
イラン発電所攻撃は戦争犯罪か?国際法の論点整理
民間インフラへの攻撃をめぐる国際人道法の規定と法的責任追及の壁
トランプ最終通告で読むホルムズ危機と対イラン圧力の計算
イラン圧迫の狙いとホルムズ依存構造、原油高とアジア直撃リスクの読み解き
トランプ氏の対イラン不満、日本に迫る同盟負担とホルムズの法の壁
在日米軍とホルムズ海峡を結び付ける圧力外交、日本の法的制約と資源依存のねじれ