都市型戸建てがマンション不足を補う住宅市場の新潮流と課題
はじめに
都市部で戸建て住宅が目立っていると言っても、全国で一戸建てが全面的に伸びているわけではありません。実際には、新築マンションの供給不足と価格高騰が進むなかで、都市近郊や東京23区周辺の小規模戸建てが「買える持ち家」の受け皿として存在感を高めている、という変化です。
この動きが重要なのは、住まい選びの基準が面積の大きさだけではなく、通勤時間、保育や教育の利便性、月々の支払額のバランスに移っているからです。特に共働き子育て世帯では、都心から遠く離れた広い家より、多少狭くても駅に近く、総額を抑えやすい住まいが選ばれやすくなっています。本記事では、マンション不足の実態、都市型戸建てが受け皿になる理由、そして今後の注意点を整理します。
マンション高騰と供給不足
供給減少と価格上昇の同時進行
首都圏の新築マンション市場は、供給が十分に戻らないまま価格だけが高止まりしています。長谷工総合研究所によると、2025年の首都圏新規供給戸数は2万1,962戸で前年比4.5%減でした。供給件数や物件数はあっても、1回当たりの供給戸数が少ない「小分け供給」が増え、まとまった戸数が市場に出にくい状態です。販売もゆっくり進める傾向が強まり、初月販売率は63.9%と70%を下回りました。
価格面ではさらに重い状況です。2026年2月の首都圏新築マンション平均価格は1億1,025万円となり、6カ月ぶりに再び1億円を超えました。東京都心の超高額物件が平均を押し上げる面はあるものの、都心高額化が供給構成を左右しているのは明らかです。子育て世帯がファミリー向けマンションを都心近接で購入しようとすると、予算のハードルはかなり高くなっています。
一方で、住宅着工全体は弱いままです。e-Statの2025年住宅着工統計では、分譲マンションが8万9,888戸で前年比12.2%減、一戸建住宅も11万5,935戸で同4.3%減でした。つまり、戸建て市場も楽観できる状況ではありません。そのなかで都市部の戸建てが注目されるのは、絶対量の増加というより、マンションの代替として相対的に選ばれているからです。
子育て世帯の優先順位の変化
LIFULL HOME’Sの2024年調査では、1都3県の共働き子育て世帯が理想とする通勤条件は「通勤乗車時間1時間以内」「乗り換え1回以内」でした。また、妥協できない条件として「住居費が現在より高くなること」「バスなど電車以外の交通手段を使うこと」が上位に挙がっています。これは、広さよりまず通勤と家計の安定が重視されていることを示しています。
この条件に新築マンションをそのまま当てはめると、価格面で弾かれやすくなります。駅近や都心近接の利便性を求めるほどマンション価格は上がり、面積を確保しようとするとさらに予算が膨らみます。そこで浮上するのが、土地を小さく分割し、3階建てで延べ床面積を確保する都市型戸建てです。マンションの代わりというより、都市部で持ち家を成立させるための現実解に近い存在です。
都市型戸建てが受け皿になる理由
狭小戸建ての増加と価格の抑制
LIFULL HOME’Sが2025年に公表した調査では、首都圏の新築一戸建てのうち敷地面積60㎡未満の「狭小戸建」の掲載戸数は、2020年の1,011戸から2025年5月には2,053戸へ増え、掲載割合も1.2%から3.2%へ約2.7倍になりました。まだ市場全体では小さな存在ですが、増加方向ははっきりしています。
とくに東京23区では、一般戸建の価格が2025年に1億円台へ乗る一方、狭小戸建は2022年以降おおむね7,000万円台で推移しているとされます。もちろん7,000万円台でも十分高額ですが、1億円超の新築マンションや一般戸建と比べれば、都心近接で持ち家を持つための「割安な選択肢」として映りやすい価格帯です。狭小戸建は敷地面積を抑えつつ、平均55㎡前後の土地に3階建てで約90㎡の延べ床面積を確保する設計が一般的で、面積不足を高さで補っています。
デベロッパー戦略の変化
供給側もこの需要を読み始めています。オープンハウスグループは、東京23区木造3階建て供給実績で強みを持ち、都心部では土地を必要最小限に抑えつつ建物の広さを確保して、コストパフォーマンスの高い住宅を実現すると説明しています。サステナビリティ関連ページでも、共働き世帯のニーズ変化を踏まえ、「多少狭くても都心にマイホームを」という需要に応え、都心部で4,000万円台の戸建て住宅を提供してきたとしています。
住友不動産も、戸建てブランド「CITY GARDEN」で「マンションで培ったものづくり思想を受け継ぐ」と打ち出しています。これは単なるデザイン表現ではなく、都市型戸建てがマンションと競合しながら、設備水準や見た目の質でも代替可能な商品として磨かれていることを示しています。大手各社が、戸建てを郊外の広い家としてではなく、都市生活向けの商品として再設計し始めた点は見逃せません。
この結果、都市型戸建ては「マンションを買えなかった人の妥協案」だけではなくなっています。管理費や修繕積立金がかからず、上下階の生活音を気にしにくく、玄関から直接出入りできるという戸建てならではの利点が、子育て世帯のニーズと噛み合っているからです。価格だけでなく、暮らし方の自由度でも選ばれている面があります。
注意点・展望
もっとも、都市型戸建てにははっきりした制約があります。第一に、都市部で価格を抑えるほど敷地は小さくなり、3階建て中心となるため、階段移動が多く、将来の住みやすさに課題が残ります。第二に、戸建てなら維持費が不要というのは誤解で、外壁、屋根、防水、給湯設備などの修繕費は自分で計画的に積み立てる必要があります。第三に、狭小地では隣家との距離が近く、防犯やプライバシー、日照の条件を丁寧に確認しないと住み始めてから不満が出やすくなります。
市場の見通しとしては、マンションの供給不足と高価格が続く限り、都市型戸建てへの需要は当面底堅い可能性があります。ただし、全国の着工統計を見る限り、一戸建て市場全体が強いわけではありません。建築コストや金利が上がれば、戸建ても簡単には安くなりません。今後は「広くて安い戸建て」ではなく、「狭くても便利で、総額がまだ届く戸建て」が選ばれる市場が続くとみるべきです。
まとめ
都市部で戸建てが活況に見える背景には、マンション市場の供給不足と価格高騰があります。共働き子育て世帯が重視するのは、都心へのアクセスと毎月の負担であり、その条件を満たしやすい商品として都市型戸建てが浮上しています。狭小戸建ての掲載割合上昇や、大手デベロッパーの戦略転換は、その流れを裏づけています。
ただし、これは住宅市場全体の強さではなく、マンション不足を埋める相対的な需要です。価格だけで判断せず、階段動線、修繕負担、周辺環境まで含めて比較することが重要です。都市型戸建ては、都心で家を持つための有力な選択肢になりつつありますが、万能の解ではありません。これからの住宅選びでは、面積の広さより、立地、総額、暮らしやすさのバランスを見る力がいっそう問われます。
参考資料:
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