老朽マンション法改正で変わる建て替え・売却の実務
はじめに
古いマンションの建て替えや売却が進まない最大の理由は、老朽化そのものよりも、合意形成の難しさにありました。住民の高齢化、空き家化、相続未了、資金負担への不安が重なると、必要性を感じていても意思決定が止まりやすくなります。2026年4月に本格施行された改正マンション関係法は、まさにこの詰まりをほぐすための制度改正です。
国土交通省と法務省は、建物と区分所有者の「二つの老い」が進む中で、管理から再生までを一体で見直す必要があるとしてきました。実際、国交省統計では2024年末時点で築40年以上の分譲マンションは約148万戸に達し、10年後には約2倍、20年後には約3.3倍へ増える見込みです。この記事では、今回の法改正で何が変わったのか、区分所有者にとっての実務上の意味を整理します。
改正法の核心
建て替え以外の再生手段の拡充
今回の改正で大きいのは、再生の選択肢が「建て替え一択」ではなくなったことです。国土交通省の改正法案概要では、建物・敷地の一括売却、一棟リノベーション、建物の取壊しなどについても、建て替えと同様に多数決決議を可能にし、それぞれに対応した事業手続を整備するとしています。
これは実務上かなり重要です。従来は、老朽マンションの問題を認識していても、「建て替えるには負担が大きすぎる」「この立地なら売却して土地活用したほうが合理的」といったケースに制度が追いつきにくい面がありました。今回の改正は、建物を残すか壊すか、住み続けるか手放すかという選択肢を広げ、現実に即した再生をしやすくする方向です。
加えて、隣接地や底地の権利を、建て替え後のマンションの区分所有権へ変換できる仕組みも整備されました。これにより、敷地条件の悪さや権利関係の複雑さが原因で再生が止まる案件でも、事業として組み立てやすくなります。都市部の小規模マンションほど、この改正の恩恵は大きいとみられます。
多数決のルール変更
制度改正のもう一つの柱は、多数決の再設計です。法務省は、改正の目的を「区分所有建物の管理及び再生の円滑化」と説明しており、その中核に区分所有法制の見直しがあります。国交省の説明でも、修繕等の決議は集会出席者の多数決で行えるようにし、建物更新決議など新たな多数決制度を創設すると整理されています。
ここで意味が大きいのは、「全員を集めて、しかも高い賛成率を確保しなければ何も動かない」という硬直性を和らげることです。老朽マンションでは、所在不明の所有者、意思表示が難しい高齢所有者、投資用区分の所有者などが増え、会議成立自体が難しいことも珍しくありません。出席者ベースの意思決定を広げることは、管理不全の放置を防ぐ効果があります。
ただし、ハードルが下がるからといって「少数意見を切り捨てる法改正」と見るのは正確ではありません。再生決議には事業手続、権利変換、裁判所関与など複数の安全装置があり、むしろ何も決められないまま危険建物が放置されるリスクを減らすのが狙いです。
区分所有者にとっての現実
管理と再生が一本化された意味
今回の法改正は、建て替えだけの法律ではありません。新築時から管理計画を分譲事業者が作成し、管理組合へ引き継ぐ仕組み、利益相反が起きやすい管理受託業者への説明義務、管理不全の専有部分等を管理人に任せる制度など、管理段階の見直しも入っています。つまり、「壊れてから再生を考える」のではなく、「管理不全を早めに防ぎ、再生へ滑らかにつなぐ」という発想です。
この発想転換は実務に直結します。修繕積立金不足、理事のなり手不足、長期修繕計画の未整備が続くと、最終的に建て替えも売却も選べなくなります。改正法はその手前で行政や支援法人が介入しやすくし、管理と再生を同じライフサイクルの問題として扱うようにしています。
2025年11月には、都道府県知事などの権限強化や、マンション管理適正化支援法人の登録制度も先行して始まりました。危険な状態にあるマンションへの報告徴収、助言指導、勧告、あっせんなどのメニューが増えたことは、管理組合にとっては負担にも見えますが、実際には放置コストの可視化でもあります。
それでも残る負担と格差
法改正で手続は進みやすくなりますが、お金の問題が消えるわけではありません。建て替えでも一括売却でも、区分所有者が望む再生案と実際に採算の合う再生案が一致するとは限りません。郊外の低容積率マンションや、住戸が小さく余剰床が取りにくい物件では、制度が整っても事業化が難しいままです。
国交省は改正に合わせ、住宅金融支援機構による更新等資金の貸付制度も創設しましたが、資金調達だけで解ける課題ではありません。高齢の所有者ほど追加負担に慎重になりやすく、投資用オーナーは賃料採算で判断します。管理組合が早い段階から、改修、建て替え、売却、除却の全選択肢を比較し、合意形成の地図を作れるかが差になります。
注意点・展望
このテーマで注意したいのは、「法改正で建て替えが簡単になる」と受け止めすぎることです。正確には、意思決定と事業手続の選択肢が増え、止まりにくくなったということです。どの道を選んでも、権利調整、資金計画、移転先確保、行政との調整は必要です。制度が改善しても、現場の重みは残ります。
一方で、今回の改正には大きな意味があります。これまでは建て替えできないマンションが、危険性を抱えながら宙づりになりやすかったのに対し、今後は売却、除却、リノベーションを含めた複線的な出口が見えやすくなります。築40年以上のマンションが急増する局面では、この「出口の複線化」こそが最も現実的な改革です。
今後の焦点は、管理組合が新制度をどこまで理解し、初動を早められるかです。築年数がさらに進んでからでは、合意形成も資金計画も難しくなります。法改正の価値は、老朽化が深刻化する前に動き出せるようにした点にあります。
まとめ
2026年施行の改正マンション関係法は、老朽マンションの再生を「建て替えだけの問題」から、「管理不全を防ぎながら複数の出口を持つ問題」へと捉え直しました。一括売却、除却、一棟リノベーション、建物更新などの手段が整い、多数決のルールも見直されています。
古いマンションが今後さらに増える以上、問われるのは制度の有無ではなく、制度を使える段階で動けるかです。所有者にとって必要なのは、いつかの建て替え論ではありません。今の管理状況を点検し、将来の再生シナリオを比較し、合意形成を先送りしないことです。
参考資料:
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