米・イスラエルのイラン攻撃は合法か?国際法の論点
はじめに
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対して大規模な軍事攻撃を実施しました。両国はこの攻撃を「差し迫った脅威を排除するための正当な自衛行動」と主張していますが、国際法の専門家や多くの国々はその正当性に疑問を呈しています。
国連安全保障理事会の緊急会合では批判の応酬が繰り広げられ、中国やロシアは「国際法違反」と強く非難しました。一方、米国は国連憲章第51条に基づく自衛権の行使だと反論しています。
この記事では、今回の軍事行動が国際法上どのように評価されるのか、「差し迫った脅威」の根拠は妥当なのか、各国の反応はどうなっているのかを多角的に検証します。
攻撃の概要と両国の主張
軍事作戦の実態
米国は「エピック・フューリー作戦」、イスラエルは「ライジング・ライオン作戦」と名付けた共同軍事作戦を2月28日に実行しました。攻撃はイランの核関連施設や軍事拠点を標的とし、首都テヘランを含む複数の都市が空爆を受けました。
トランプ大統領は攻撃後にSNSで動画を投稿し、「目的はイラン政権による差し迫った脅威を排除し、米国民を守ることにある」と主張しました。イスラエル側も「イランの核開発計画への先制攻撃」として攻撃の正当性を訴えています。
自衛権の主張根拠
米国は国連安全保障理事会に対し、国連憲章第51条(自衛権)に基づく行動であると通告しました。両国が主張した根拠は主に3点です。
第一に、イランの指導者がイスラエルの「殲滅」や「アメリカに死を」と繰り返し発言してきたことです。第二に、イランが核開発を放棄しておらず、ウラン濃縮度が兵器級(90%以上)に達したとする報告があることです。第三に、イランがイスラエルや米軍基地への攻撃能力を保有しているという安全保障上の懸念です。
国際法上の3つの論点
論点1:「差し迫った脅威」の基準
国際法において自衛権を行使するためには、「差し迫った脅威」が存在することが不可欠です。この基準の原型は、1837年のカロライン号事件にさかのぼります。
当時の米国国務長官ダニエル・ウェブスターが示した基準では、自衛権の行使が正当化されるためには「即座に」「圧倒的で」「手段選択の余地がない」状況が必要とされています。つまり、脅威は「今まさに起きている、あるいは起きようとしている」ものでなければなりません。
しかし、今回のケースでは複数の事実がこの基準と矛盾しています。米国の国家情報長官は2025年3月の議会証言で「イランは核兵器を追求していない」と述べていました。国際原子力機関(IAEA)の事務局長も同様の見解を示しています。さらに、米国の情報機関はイランが核兵器を完成させるまでに3年かかるとの見通しを示していたとされています。
論点2:外交交渉中の攻撃
今回の攻撃のタイミングも重大な法的問題を提起しています。攻撃のわずか2日前に、ジュネーブで米国とイランの間で最も集中的な核交渉が行われ、双方が交渉の継続に合意していました。
外交的手段が機能している最中に軍事力を行使したことは、「他に手段がない」という自衛権の要件を根本から損なうものです。国際法の専門家からは「外交交渉の最中に攻撃することは、先制的自衛の要件をまったく満たしていない」との批判が出ています。
加えて、米国防総省のブリーフィングでは、議会スタッフに対して「イスラエルが先に攻撃しない限り、イランは米軍の部隊や基地を攻撃する計画を持っていなかった」と認めていたことが明らかになっています。
論点3:国連憲章との整合性
国連憲章は、加盟国に対して紛争の平和的解決を義務付けています。武力行使が許容されるのは、安全保障理事会の承認がある場合か、第51条に基づく自衛の場合に限られます。
今回のケースでは、安全保障理事会は軍事行動を承認していません。自衛権の行使としても、イランから米国やイスラエルに対する武力攻撃は発生しておらず、第51条が規定する「武力攻撃が発生した場合」という前提条件を満たしていないとの指摘があります。
国際法学者の多くは、今回の攻撃は「先制的自衛」ですらなく「予防的戦争」に該当すると分析しています。予防的戦争には国際法上の法的根拠がなく、明白な国連憲章違反に当たるという見解が有力です。
割れる国際社会の反応
批判的な立場
中国の王毅外相は「交渉中に攻撃し、主権国家の指導者を公然と殺害し、政権交代を扇動することは容認できない」と強く非難しました。ロシアも同調し、友好国の指導者排除に対する衝撃を表明しています。
国連安保理の緊急会合では、アルジェリアやパキスタンの代表が国際法違反、国連憲章違反として批判しました。グテーレス国連事務総長も「外交の機会が失われた」と遺憾の意を表明しています。
湾岸協力会議(GCC)諸国も、国際法に基づいた地域の平和と安定を重視する立場から、イスラエルの対イラン攻撃を非難しています。
擁護・慎重な立場
米国とイスラエルは「正当な自衛」の主張を維持しています。一部の国際法学者は、イランの核開発がイスラエルにとって「実存的脅威」であり、ウラン濃縮度が兵器級に達していたことを根拠に、一定の正当性を認める立場をとっています。
欧州連合は事態の即時沈静化を呼びかけつつ、外交的解決の必要性を強調する中間的な立場をとりました。核合意体制の維持・再建を支持する姿勢を示しています。
日本の対応
日本政府は「深刻な懸念」を表明し、すべての当事者に自制と緊張緩和を要請しました。中東からの原油輸入依存度が極めて高い日本にとって、ホルムズ海峡の安全確保は死活的な問題です。小泉防衛相は自衛隊による邦人輸送に備える方針を示しました。
注意点・今後の展望
先例としての危険性
今回の攻撃が国際社会で事実上追認されれば、「差し迫った脅威」の概念が際限なく拡大解釈される危険があります。ある国が別の国を「将来的に脅威になりうる」と判断すれば、それだけで軍事攻撃を正当化できる先例となりかねません。
2003年のイラク戦争でも「大量破壊兵器の脅威」を根拠にした先制攻撃が行われましたが、その根拠は後に誤りであったことが判明しました。同様のパターンが繰り返される懸念は拭えません。
国際法秩序への影響
複数の国際法学者は、今回の攻撃が「国際法秩序のさらなる侵食」を意味すると警告しています。武力行使の禁止は国連憲章の根幹をなす原則であり、その例外である自衛権の要件が形骸化すれば、国際秩序そのものが揺らぎかねません。
今後、国連総会での決議や国際司法裁判所への提訴など、法的な場での議論がどのように進展するかが注目されます。
まとめ
米国とイスラエルによるイラン攻撃の正当性をめぐっては、国際法上の重大な論点が存在します。「差し迫った脅威」の根拠は薄く、外交交渉中の攻撃であったこと、安保理の承認がないことなど、自衛権の要件を満たしているとは言い難い状況です。
この問題は単なる法的議論にとどまりません。国際秩序の根幹である武力行使の禁止原則がどこまで維持されるのか、先制攻撃の正当化がどこまで許容されるのかという、国際社会全体に関わる問いを突きつけています。
参考資料:
- Neither preemptive nor legal, US-Israeli strikes on Iran have blown up international law(The Conversation)
- Are US-Israeli attacks against Iran legal under international law?(Al Jazeera)
- US-Israel strikes on Iran: February/March 2026(House of Commons Library)
- Is Israel’s Use of Force Against Iran Justified by Self-Defence?(EJIL: Talk!)
- イラン攻撃をめぐり国連安保理の緊急会合で批判の応酬(東京新聞)
- 中国・ロシア外相、イラン攻撃の即時停止要求(日本経済新聞)
- イスラエルの対イラン攻撃を非難したGCC諸国(笹川平和財団)
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