米国株が示す利益成長の裾野拡大、SaaS低迷でも2ケタ増益継続
はじめに
米国の主要企業の2025年10〜12月期決算が出そろいつつあり、S&P500種株価指数の構成企業の1株あたり利益(EPS)は前年同期比で13.2%の増益となっています。これは5四半期連続の2ケタ増益という好記録です。
注目すべきは、この利益成長の中身が大きく変わっている点です。かつてはマグニフィセント・セブンと呼ばれる巨大テック7社が利益成長をけん引していましたが、足元ではソフトウエア株が「SaaSpocalypse(SaaS黙示録)」と呼ばれる急落に見舞われる一方、非テック企業が着実に利益を伸ばしています。この構造変化の背景と投資家への影響を解説します。
SaaS株を襲う「SaaSpocalypse」の衝撃
エージェント型AIが既存ソフトウエアを脅かす
2026年1月30日から2月4日にかけて、アプリケーションソフトウエア銘柄から約3,000億ドル(約45兆円)の時価総額が消失しました。この急落の引き金となったのは、Anthropic社のエージェント型AIツールの発表です。
エージェント型AIとは、人間の指示なしに複雑な業務フローを自動で遂行できるAIのことです。たとえば法律文書のレビューや営業活動など、これまでSaaSツールを使って人間が行っていた業務をAIが代替できるようになりつつあります。Anthropic社が企業内弁護士向けの生産性ツールを発表すると、法務ソフトウエア大手のトムソン・ロイターは16%、リーガルズームは20%の株価下落に見舞われました。
シート課金モデルの崩壊危機
SaaS企業の多くは「シート課金」と呼ばれる、ユーザー1人あたりの月額料金で収益を上げるビジネスモデルを採用しています。しかし、AIエージェントが10人分の営業担当者の業務をこなせるようになれば、企業は10人分のSalesforceライセンスを必要としなくなります。
この懸念からAtlassianは1週間で35%下落し、Intuitも四半期で34%の急落を記録しました。iShares Tech-Software ETF(IGV)は2025年後半の高値から約30%下落しています。S&P北米ソフトウエア指数は1月に15%下落し、2008年10月以来の最大の月間下落率となりました。
SaaSは本当に「死んだ」のか
一方で、この悲観論は行き過ぎだとする見方もあります。バンク・オブ・アメリカは「テック株の急落は理にかなっていない」と指摘し、AI時代においてもソフトウエアの需要自体がなくなるわけではないと主張しています。SaaStr創業者のジェイソン・レムキン氏も「2026年のSaaSクラッシュは皆が思っているものとは違う」と述べ、成長率の鈍化が本質的な問題であり、AIによる完全な代替はまだ先だとの見解を示しています。
非テックセクターが利益成長をけん引
産業セクターの躍進
テック株が低迷する中、S&P500の利益成長を支えているのは非テックセクターです。ファクトセットの集計によると、11セクターのうち9セクターが前年同期比で増益を達成しています。
特に目覚ましいのが産業(インダストリアル)セクターで、12月末時点の予想ではマイナス0.3%だった増益率が、実績では26.0%へと大幅に上方修正されました。建設機械大手のキャタピラーは調整後EPSが5.16ドルと好調で、受注残高は510億ドルと過去最高を記録しています。この好調の背景には、テック企業が建設するデータセンター向けの発電設備需要があります。
生活必需品株の底堅さ
生活必需品セクターも安定した収益を確保しています。レイノルズ・コンシューマー・プロダクツは2025年10〜12月期決算で調整後EBITDAマージン21%を維持し、株価は決算発表後に約10%上昇しました。関税によるコスト上昇を価格転嫁で吸収することに成功しています。
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)も2026年度第2四半期に270ベーシスポイント(2.7%分)の生産性改善を達成し、関税の逆風を相殺しています。同社は2026年度の売上高見通しを維持しており、増配への期待も高まっています。
利益成長の「裾野拡大」
2025年7〜9月期には、マグニフィセント・セブンのS&P500全体の増益率への寄与が4.1%だったのに対し、残りの493銘柄の寄与は9.4%でした。テック以外の企業が利益成長の主役に躍り出た形です。
2026年通年の見通しでも、アナリストはS&P500全体で14.4%の増益を予想していますが、その内訳はマグニフィセント・セブンの5.4%に対し、残り493銘柄が8.9%と、裾野拡大の傾向が続く見込みです。
投資家が注目すべき構造変化
マネーの流れが変わりつつある
この利益成長の裾野拡大は、投資家のマネーの流れにも変化をもたらしています。SaaS株の急落で行き場を失った資金が、産業セクターや生活必需品セクターなど、着実に利益を伸ばす企業に向かっています。
さらに、AI関連の設備投資ブームも非テック企業に恩恵をもたらしています。6,000億ドル規模とされるAIインフラ投資は、データセンターの建設や電力設備など、産業セクターの企業に巨額の受注をもたらしています。
リスク要因にも注意
ただし、米国株全体のリスク要因も存在します。関税政策の不透明感は引き続き企業業績を左右する要因です。エネルギーセクターと一般消費財セクターは前年同期比で減益となっており、すべてのセクターが好調というわけではありません。
また、SaaS株の調整が一時的なものにとどまるか、構造的な下落の始まりかは意見が分かれています。AIによる業務効率化は中長期的にはすべてのセクターに影響を与える可能性があり、現在の「非テック優位」がいつまで続くかは不透明です。
まとめ
米国株市場は「SaaSの死」という悲観論をよそに、5四半期連続の2ケタ増益を達成しています。その原動力は、テック一極集中から利益成長の裾野拡大へという構造変化です。産業セクターや生活必需品セクターなどがAIインフラ投資や底堅い消費の恩恵を受けて着実に利益を伸ばしています。
2026年も14.4%の増益が見込まれ、その過半をテック以外の企業が担う見通しです。投資家にとっては、テック偏重のポートフォリオを見直し、幅広いセクターに分散投資する好機と言えるかもしれません。ただし、関税リスクやAIの影響範囲拡大には引き続き注意が必要です。
参考資料:
- S&P 500 Earnings Season Update: February 13, 2026 - FactSet
- S&P 500 Will Likely Report Double-Digit Earnings Growth For 5th Straight Quarter - FactSet
- The ‘SaaSpocalypse’ Arrives: Why the Software Sector Is Facing a Brutal Reckoning
- AI fears pummel software stocks: Is it ‘illogical’ panic or a SaaS apocalypse? - CNBC
- The tech stock free fall doesn’t make any sense, BofA says - Fortune
- SaaS stocks are down but B2B software is not dead - Axios
- 3 Consumer Staples Stocks Breaking Out This Month - Yahoo Finance
関連記事
米国株を支える非テック好決算の全貌と投資家の注目点
S&P500構成企業の2025年10〜12月期決算で5四半期連続の2ケタ増益を達成。マグニフィセント7の停滞をよそに、生活必需品や資本財セクターが資金の受け皿となる構造変化を解説します。
米主要企業決算はAI需要で上振れなるか 原油高と信用不安の焦点
米企業の1〜3月期決算が4月13日から本格化します。FactSetはS&P500の利益成長率を13.2%と見込み、AI関連投資が上振れ期待を支えます。一方で原油高、3月の米CPI再加速、拡大するプライベートクレジット不安がガイダンスの重荷です。金融株から始まる決算の読み方と相場の分岐点を詳しく解説。
NVIDIA好決算でも急落、AI不安が米国株を圧迫
NVIDIAが市場予想を大幅に上回る好決算を発表したにもかかわらず株価が5%急落。AI投資への懸念が広がり、マグニフィセント7全銘柄がS&P500をアンダーパフォームしています。
NVIDIA好決算でも株価5%安、AI投資に懸念広がる
2026年2月26日の米国株式市場でNVIDIAが決算発表後に一時5%超下落。売上高73%増の好決算にもかかわらず「売られた」理由と、ダウ平均の失速が示す投資家心理の変化を解説します。
米ソフトウェア株がAI脅威論で急落、売られすぎか転換点か
AI代替懸念で米ソフトウェア株の下落が続いています。SaaS大手4社の時価総額15兆円消失の背景、「シート圧縮」問題、そして好業績にもかかわらず売り優勢が続く市場の構造を解説します。
最新ニュース
ブラジルがBYD「奴隷労働」認定を撤回した背景と波紋
ブラジル政府が中国EV大手BYDを「奴隷労働」企業に認定後わずか2日で撤回し、認定を主導した労働監督局長を解任した。カマサリ工場建設現場で163人の中国人労働者がパスポート没収・賃金搾取の被害に遭った事件の経緯と、中国との外交関係を優先する政治判断が労働者保護を揺るがす構造的問題を読み解く。
AI半導体株高が再点火した理由 世界株高を支える成長と危うさの正体
日経平均は4月14日に5万7877円へ反発し、米ナスダックも戦争ショック後の下げをほぼ吸収しました。なぜAI・半導体株に資金が戻るのか。TSMC、ASML、Broadcom、半導体ETF、原油高との綱引きを手掛かりに、世界株高の持続条件と崩れやすさを解説します。
Amazonのグローバルスター買収 通信衛星戦略と競争環境整理
Amazonは2026年4月14日、Globalstarを総額115.7億ドルで買収すると発表しました。狙いは衛星通信網、Band n53の周波数、Apple向けサービス、そしてDirect-to-Device市場です。Starlink先行の構図の中で、Amazon Leoが何を得て何が課題として残るのかを整理します。
ANA人事騒動は何だったのか 1997年対立と統治改革の起点
1997年のANA人事騒動は、若狭得治名誉会長、杉浦喬也会長、普勝清治社長の対立が表面化し、社長候補の差し替えまで起きた統治危機でした。背景には規制緩和下での旧運輸官僚主導と生え抜き経営のねじれがありました。1999年の無配、取締役31人から19人への削減、スターアライアンス参加へつながる改革の意味を読み解きます。
ANAとJALの上級座席競争を需要回復と機材更新戦略から読む
ANAは2026年8月受領の787-9に個室型ビジネスクラス「THE Room FX」を載せ、JALは2027年度から737-8で国内線ファーストクラスを全国展開します。訪日客4268万人、訪日消費9兆4559億円、国内旅行消費26兆7746億円の時代に、航空会社が座席を上質化する収益戦略を読み解きます。