ベネズエラ民主化の壁、チャベス派が握る議会と司法
はじめに
2026年1月3日、米軍によるベネズエラへの軍事作戦でマドゥロ大統領が拘束されるという衝撃的な事態が発生しました。しかし、独裁者の排除が即座に民主化につながるわけではありません。ベネズエラでは20年以上にわたり、チャベス前大統領から続く権力構造が議会、司法、選挙管理委員会などあらゆる国家機関に深く根を張っています。
トランプ大統領は1月15日、2025年ノーベル平和賞を受賞した野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏と会談しましたが、同氏の政権掌握を支持する姿勢は見せていません。本記事では、ベネズエラの民主化を阻む構造的要因と、今後の見通しについて詳しく解説します。
チャベス主義が築いた権力支配の構造
1999年憲法改革による大統領権限の強化
ベネズエラの現在の政治体制を理解するには、1999年に遡る必要があります。この年、ウゴ・チャベス大統領は新憲法を制定し、国家の根本的な変革を行いました。
新憲法の主な特徴は以下の通りです。二院制から一院制への移行により、立法府に対する牽制機能が弱まりました。また、従来の三権(立法・行政・司法)に加え、選挙権力と市民権力という2つの権力が創設され、形式上は「五権分立」となりました。しかし実態としては、大統領権限が大幅に強化される結果となっています。
国名も「ベネズエラ共和国」から「ベネズエラ・ボリーバル共和国」に変更され、シモン・ボリーバルの理念に基づく「ボリーバル革命」が推進されました。
議会・司法・選管の完全掌握
チャベス政権とその後継であるマドゥロ政権が権威主義体制を維持できた最大の理由は、すべての国家権力を支配したことにあります。
憲法上、最高裁判所、選挙管理委員会、検察などの国家権力メンバーの任命権は国会が持っています。チャベス派が長期にわたり国会を支配したことで、これらすべての機関にチャベス派の人材が配置されました。最高裁判所はチャベス政権下で政権の意向に沿う判決を出す機関と化し、反政府的な判事は解任、投獄、あるいは嫌がらせを受けました。
選挙管理委員会も政府によって支配され、選挙の中立性や公平性は著しく損なわれてきました。2024年の大統領選挙でも、チャベス派が支配する選管や最高裁が反チャベス派の最有力候補の立候補を妨害する事態が起きています。
大統領授権法による立法権の集中
チャベス政権は「大統領授権法」を4回にわたり成立させ、合計4年6カ月もの期間、立法権を大統領に付与しました。この権限を使ってチャベス大統領は200以上の法律を成立させています。「国民が主人公の参加民主主義」というスローガンの裏で、実際には権力の極端な集中が進んでいたのです。
2015年選挙後の権力闘争
野党の歴史的勝利と政権の対抗措置
2015年の国会議員選挙では、反政府派が167議席中112議席を獲得する圧勝を収めました。チャベス派は55議席にとどまり、初めて国会の支配を失いました。これは民主化への大きな一歩となるはずでした。
しかしマドゥロ政権は、2017年8月に与党が全議席を独占する「制憲議会」を設置しました。この制憲議会は、正規の国民議会から立法権を接収することを決議。国民議会はその決議を無効としましたが、チャベス派が支配する最高裁判所が決議を認めたため、野党多数の国民議会は事実上、立法権を奪われました。
反政府派の弾圧と政治犯の収監
チャベス・マドゥロ政権下では、多くの反政府活動家や政治家が逮捕・収監されてきました。マリア・コリナ・マチャド氏率いる野党「ベンテ・ベネズエラ」のメンバーも例外ではありませんでした。2024年の大統領選挙では、マチャド氏自身が立候補を阻止されています。
マドゥロ拘束後の複雑な政治情勢
米軍の軍事作戦とマドゥロの身柄拘束
2026年1月3日、トランプ政権は「ベネズエラへの大規模攻撃」を実施し、マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレス氏を拘束しました。米政府はマドゥロ氏の麻薬取引への関与を拘束の理由として挙げています。
マドゥロ氏はニューヨークのブルックリンにある拘置施設に収監され、麻薬・武器に関する罪で起訴される見通しです。この軍事作戦に対しては、国連安全保障理事会でグテーレス事務総長が「国際法の規則が尊重されなかった」と懸念を表明するなど、国際社会から批判の声も上がっています。
ロドリゲス暫定大統領の就任
マドゥロ大統領の拘束を受け、1月5日に副大統領だったデルシー・ロドリゲス氏が暫定大統領に就任しました。ここで重要なのは、ロドリゲス氏がマドゥロ政権を中核として支えてきた人物だということです。
チャベス派が支配する最高裁判所がロドリゲス氏の大統領就任を命じたことからも分かるように、権力構造の本質は変わっていません。トランプ政権もロドリゲス暫定政権との協力を重視する姿勢を示しており、原油権益などをめぐる取引が優先されています。
マチャド氏とトランプ大統領の会談
1月15日、マチャド氏はホワイトハウスでトランプ大統領と初めて対面で会談しました。マチャド氏は自身のノーベル平和賞メダルをトランプ氏に「贈呈」するなど、友好的な姿勢を示しました。
しかしトランプ大統領は会談前から、マチャド氏について「彼女がリーダーになるのは非常に難しいだろう。国内での支持も尊敬も持っていない」と発言しています。マチャド氏は国民からの支持は高いものの、議会や司法といった国家機関を掌握していないことが、トランプ政権の判断に影響しているとみられます。
民主化を阻む構造的要因
チャベス主義のネットワーク
チャベス主義(チャビスモ)は単なる政治イデオロギーではなく、深く根を張ったシステムです。政党組織、軍の利権構造、司法支配、地域組織、経済的利害関係など、大統領職をはるかに超えた広範なネットワークを形成しています。
軍は国家安全保障の重要な側面を引き続き支配しており、選挙管理委員会も改革されていません。司法は依然として与党と連携しており、マドゥロ氏が排除されても、この構造が一夜にして変わることはありません。
野党の分裂と国際的孤立
マチャド氏は2024年の大統領選挙で野党統一候補のエドムンド・ゴンサレス・ウルティア氏を支援し、民主化運動を主導してきました。マドゥロ拘束後、マチャド氏はゴンサレス氏の大統領就任と軍の支持を求めましたが、トランプ政権はこれを支持していません。
むしろトランプ政権は「安定的で実務的」なロドリゲス暫定政権との協力を選択しています。これは、民主化よりも石油などの経済的利益を優先する姿勢の表れともいえます。
今後の見通しと課題
暫定政権下での政治犯釈放
明るい兆候として、マドゥロ拘束後、政治犯の釈放が進んでいることが挙げられます。マチャド氏率いる野党メンバーも釈放されており、政治活動の自由度は一定程度改善しています。
真の民主化への長い道のり
しかし、真の民主化には多くの課題が残っています。選挙管理委員会の改革、司法の独立性回復、軍の政治からの分離など、制度的な変革が不可欠です。これらはいずれも、20年以上かけて構築されたチャベス派の権力構造を根本から変えることを意味します。
国際社会の関与も重要ですが、米国の軍事介入という形での「民主化」は、国際法上の問題に加え、ベネズエラ国民の間に反米感情を高めるリスクもあります。持続可能な民主化には、ベネズエラ国民自身による政治参加と、国際社会の粘り強い支援が求められます。
まとめ
ベネズエラの民主化は、マドゥロ大統領の排除だけでは実現しません。20年以上にわたりチャベス派が構築してきた議会、司法、選管への支配は依然として強固であり、後継のロドリゲス暫定大統領もその体制の中核を担ってきた人物です。
ノーベル平和賞受賞者のマチャド氏は国民的人気を誇りますが、トランプ政権は同氏の政権掌握を支持せず、むしろチャベス派のロドリゲス氏との協力を選んでいます。ベネズエラの真の民主化には、制度改革と国民の政治参加を通じた長期的な取り組みが必要です。今後の動向を注視していく必要があります。
参考資料:
- ノーベル平和賞受賞の栄光と米国トランプ政権の軍事圧力に揺れるベネズエラ - アジア経済研究所
- Trump dismisses María Corina Machado as Venezuela’s next leader - The Hill
- María Corina Machado gives Trump her Nobel Peace Prize medal - NBC News
- Venezuela’s Machado gave Trump her Nobel prize - CNN
- The Constitutional Path to Dictatorship in Venezuela - Stanford Law School
- Chavismo - Wikipedia
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