ベネズエラを支えた「キューバ式」諜報網の崩壊と今後

by nicoxz

はじめに

2026年1月3日、米軍による電撃的な作戦でベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領が拘束されました。この作戦で明らかになったのは、27年にわたりベネズエラの独裁体制を支えてきた「キューバ式」諜報ネットワークの存在です。

キューバは1999年のチャベス政権発足以来、ベネズエラに対して医療支援や教育支援の裏で、高度な諜報活動支援を提供してきました。今回の米軍作戦では、マドゥロ大統領を警護していたキューバ人32人が死亡したとキューバ政府が発表しており、両国の深い結びつきが改めて浮き彫りになりました。

この記事では、キューバ・ベネズエラ間の諜報協力の歴史、その仕組み、そして今回の事態が両国関係と中南米情勢に与える影響について解説します。

キューバ諜報機関の能力と歴史

世界屈指の諜報組織「G2」

キューバの情報総局(Dirección de Inteligencia、通称G2)は、1961年にキューバ革命直後に設立された国家情報機関です。かつてはDGI(Dirección General de Inteligencia)と呼ばれていました。

G2は冷戦期にソ連のKGBから訓練と支援を受けて発展し、その規模に比して世界でも有数の諜報能力を持つとされています。現在も約15,000人の職員を抱え、ラテンアメリカ地域では最も影響力のある諜報組織の一つです。

高度な監視・浸透技術

G2の特徴は、政治・経済情報の収集、対外防諜活動、軍事情報収集の3分野に専門化した組織構造にあります。特に対外防諜部門は、外国の情報機関への浸透や反体制派の監視に長けています。

また、キューバにあったルルデス施設は、無線、電話、データ通信を傍受・監視する高度なSIGINT(信号情報)能力を持ち、西半球諸国の通信を広範に監視していました。

チャベス政権時代の協力関係構築

2000年の包括協力協定

1999年にウゴ・チャベスがベネズエラ大統領に就任すると、両国関係は急速に深まりました。チャベスはキューバの革命的国際主義やアフリカでの軍事介入の歴史を高く評価していました。

2000年10月、両国は包括的協力協定を締結します。表向きは医療や教育分野での協力でしたが、実際にはベネズエラが原油を提供する見返りに、キューバは軍事・諜報支援を行う取り決めでした。

2002年クーデター未遂と諜報協力の本格化

転機となったのは2002年のベネズエラクーデター未遂事件です。この事件でチャベスは自国の情報機関を信頼できなくなり、キューバのG2に全面的に依存するようになりました。

チャベスは自らの「状況室」から信頼できない人員を排除し、代わりにキューバの諜報員を配置しました。これ以降、ベネズエラの情報機関はキューバの指導下に入ることになります。

DGCIM設立とキューバの関与

2008年5月、両国は安全保障協定を締結し、キューバの支援でベネズエラ軍事防諜総局(DGCIM)が設立されました。国連の独立国際事実調査団によると、この協定では軍事情報機関の再編におけるキューバの顧問的監督、防諜将校の訓練、監視・浸透技術の支援が含まれていました。

2015年までに推定4万人のキューバ人技術者がベネズエラに入国しており、その中には医療従事者や教師だけでなく、情報・治安・軍事将校も含まれていました。

マドゥロ政権を支えた諜報システム

「並行諜報構造」の構築

マドゥロ政権下では、キューバの関与はさらに深まりました。国連の調査では、キューバの当局者や顧問がベネズエラのDGCIMやSEBIN(国家情報機関)内で技術的・作戦的役割を果たす「並行諜報構造」の存在が指摘されています。

元ベネズエラ政府高官の証言によると、キューバの顧問は民間情報機関SEBIN、DGCIM、国防省、港湾・空港、さらにはベネズエラの国民識別システムにまで配置されていました。

反体制派監視と政権維持

米ワシントンのInter American Trends部長アントニオ・デ・ラ・クルス氏は「キューバからの諜報活動による支援がなかったならば、マドゥロはもうかなり以前に政権を放棄していたはずだ」と分析しています。

キューバの諜報網は野党や軍部内のあらゆる陰謀を探知し、政権転覆の試みを未然に防いできました。国際刑事裁判所へ提出された報告書には、キューバ当局者がDGCIMやSEBIN内での拷問や監視活動に関与していたとする多数の宣誓証言が含まれています。

石油と引き換えの諜報支援

この協力関係は相互利益に基づいていました。キューバは諜報活動と医療サービスを提供し、その見返りにベネズエラから原油を受け取っていました。経済危機に苦しむキューバにとって、ベネズエラからの原油供給は国家運営に不可欠なものでした。

2026年1月の米軍作戦とその影響

電撃作戦の全容

2026年1月3日未明、米軍は「麻薬テロリスト」に指定していたマドゥロ大統領の拘束作戦を実行しました。CIAは2025年8月から工作員をベネズエラに潜入させ、マドゥロの行動を監視していました。

作戦直前にはサイバー攻撃でカラカス市内を停電させ、カリブ海に展開していた空母からデルタフォースがヘリコプターで急襲。午前2時1分に突入を開始し、約143分後にはマドゥロ夫妻の身柄を確保して米国へ移送しました。

キューバ人警護要員の壊滅

トランプ大統領は作戦中にマドゥロ側の警護を行っていたキューバ人が多数死亡したと発表しました。キューバ政府は軍や警察で任務についていたキューバ人32人が死亡したと認め、2日間の国家追悼期間を宣言しました。

この事実は、ベネズエラ大統領の身辺警護にまでキューバ軍・情報機関の人員が配置されていたことを示しています。自国の大統領を外国の軍人が警護していたという事実は、ベネズエラの国防における主権喪失を如実に物語っています。

両国関係への打撃

今回の作戦でキューバ・ベネズエラ間の諜報協力体制は壊滅的な打撃を受けました。27年間にわたって構築されてきたネットワークの中核が破壊され、両国の特殊な関係は岐路に立たされています。

今後の展望と課題

ベネズエラの政権移行

マドゥロ拘束後、ベネズエラ最高裁は副大統領のロドリゲス氏を暫定大統領に指名しました。暫定政権は当初は米国に抵抗する姿勢を示しましたが、トランプ大統領の再攻撃警告を受けて一転して「米国との協力」を表明しています。

1月10日以降は政治犯の釈放が続いており、ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリナ・マチャド氏率いる野党メンバーも釈放されました。

キューバの孤立化

マドゥロ政権の崩壊は、キューバにとって深刻な経済的・戦略的打撃となります。ベネズエラからの原油供給が途絶えれば、すでに経済危機に苦しむキューバはさらなる困難に直面します。

また、ラテンアメリカにおける影響力拡大の拠点を失うことで、キューバの国際的孤立は一層深まる可能性があります。

国際法上の議論

国連のグテーレス事務総長はこの軍事作戦を「危険な前例」と呼び、国際法の遵守を求めました。1月5日の国連安全保障理事会では中国・ロシアが米国の作戦には法的根拠がないと非難しましたが、米国は「戦争ではなく麻薬テロリストの逮捕」と反論しています。

この事態は、主権国家の指導者を外国が武力で拘束することの是非について、今後も国際社会で議論を呼ぶことになるでしょう。

まとめ

27年間にわたりベネズエラの独裁体制を支えてきた「キューバ式」諜報ネットワークは、2026年1月の米軍作戦で壊滅的な打撃を受けました。チャベス政権時代に構築された両国の特殊な関係は、石油と諜報支援の交換という相互依存に基づいていました。

今回の事態は、中南米の地政学的バランスを大きく変える可能性があります。ベネズエラの今後の政治体制、キューバの孤立化、そして米国の「力による解決」アプローチへの国際社会の反応など、注視すべき点は多くあります。

参考資料:

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