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by nicoxz

漂流する円「もう安全通貨じゃない」の真意

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はじめに

「一切ガードは下げていない」。2026年2月12日、財務省の三村淳財務官は円安への警戒を継続していると強調しました。この発言を受け、円相場は1ドル=153円近辺から152円台前半へと円高方向に振れました。

かつて「有事の円買い」として知られ、リスク回避時に買われる安全通貨だった日本円。しかし近年、その地位は大きく揺らいでいます。「もう安全通貨じゃない」という声が市場関係者のあいだで広がり、円の下落圧力は根強い状態が続いています。

本記事では、円の安全通貨としての地位が失われつつある背景と、乱高下する円相場の構造的な要因を解説します。

円相場の乱高下が続く

159円台から152円台へ急変動

2026年に入ってからの円相場は、激しい値動きが続いています。1月23日には1ドル=159円20銭台まで円安が進みましたが、その直後に急激な円高に転じ、152円10銭台まで約7円も変動しました。

この急変動のきっかけとなったのが、米当局による「レートチェック」です。レートチェックとは、為替介入の前段階として中央銀行や通貨当局が金融機関に為替レートを問い合わせる行為で、実弾介入の準備として市場参加者に強い警戒感を与えます。

今回のケースでは、米国側からレートチェックが実施されたとの観測が広がり、日米が協調してドル高・円安をけん制しているとの見方が浮上しました。ニューヨーク時間に入ってからも突発的な円高が観察されたことから、日米協調介入の可能性も指摘されています。

財務官・財務大臣の連続けん制

三村財務官に加え、片山さつき財務大臣も「あらゆる手段を含めて断固たる措置をとる」と強い口調で口先介入を行っています。実弾介入の一歩手前まで来ていることを市場に印象づける狙いがあります。

ただし、口先介入やレートチェックの効果は一時的なものにとどまりやすく、根本的な円安圧力の解消にはつながりません。三村財務官の緊張感は、円安の背景にある構造的な問題の根深さを反映しています。

なぜ円は「安全通貨」でなくなったのか

経常収支の質的変化

日本は依然として経常収支の黒字国ですが、その中身は大きく変質しています。2023年の経常収支黒字(約21.4兆円)を分解すると、貿易収支は約6.5兆円の赤字、サービス収支は約2.9兆円の赤字で、黒字の大部分は第一次所得収支(約34.9兆円の黒字)、つまり海外投資からの配当や利子収入に支えられています。

問題は、この所得収支の黒字が日本に戻ってきにくいことです。海外子会社の利益は現地で再投資されることが多く、実際の円買い需要にはつながりません。一方、貿易赤字やサービス赤字は直接的な円売り圧力となります。

デジタル赤字の拡大

サービス収支の赤字を押し広げている大きな要因が「デジタル赤字」です。著作権等使用料、クラウドサービス、ソフトウェアライセンスなど、海外のIT大手企業への支払いが年々拡大しています。

日本企業や個人がGoogle、Amazon、Microsoftなどのサービスに支払うコストは増え続けており、この構造的なデジタル赤字が円安の一因となっています。デジタル化が進むほど赤字は拡大する傾向にあり、容易には解消できません。

財政への懸念

円の安全通貨としての地位低下には、日本の財政状況も影響しています。日本の政府債務はGDP比で先進国最悪の水準にあり、高市政権が掲げる積極財政路線のもとで財政規律への懸念が強まっています。

食料品の消費税ゼロ政策をはじめとする大規模な財政支出の拡大は、財政と通貨の信頼性をさらに低下させるリスクがあります。これが「安全通貨」としての円の信認を損ねる一因となっています。

日銀の金融政策と円相場

利上げサイクルのなかでも続く円安

日銀は2024年以降、段階的な利上げを進めており、政策金利は0.75%に達しています。市場では2026年4月の追加利上げの可能性を約7割織り込んでいるとされます。

しかし、日銀が利上げを実施しても、米国の金利水準との差(日米金利差)は依然として大きく、金利差を背景とした円売り・ドル買いの圧力は根強い状態です。日銀の利上げペースが十分に速くなければ、円安圧力を完全に抑え込むことは難しい状況です。

日銀の「ハト派」姿勢が円安を加速

1月23日に159円台まで円安が進んだ背景には、日銀の植田和男総裁の記者会見が市場に「ハト派的」と受け止められたことがあります。金融政策の正常化に慎重な姿勢を示したことで、追加利上げのペースが遅いとの見方が広がり、円売りが加速しました。

為替市場では、日銀の利上げ姿勢と財務省の為替介入のスタンスが交差するなかで、政策のメッセージが一貫しないと見られれば、投機的な円売りを呼び込むリスクがあります。

注意点・展望

円高シナリオも残る

構造的な円安圧力が強い一方で、円高に転じる可能性も完全には排除できません。日米金利差の縮小、米国経済の減速、日銀の利上げ加速といった条件が重なれば、2026年後半にかけて円高方向に動く可能性があります。

三井住友DSアセットマネジメントの予測では、ドル円は155円中心のレンジから徐々に150円中心へ移行し、年末の着地水準を150円と想定しています。一方、JPモルガンのストラテジストは160円超えの円安シナリオも提示しており、専門家のあいだでも見方が分かれています。

「ドル安でも円安」という珍現象

2025年から2026年にかけて、「ドルが下がっても円が上がらない」という珍しい現象が観察されています。従来であればドル安局面では円高になるのが通例でしたが、円固有の構造的な弱さから、ドルと円がともに売られる場面が増えています。これが「新常態」なのか「一過性」なのかが、2026年の為替市場における最大の論点の一つです。

まとめ

円の安全通貨としての地位は、構造的な変化によって大きく揺らいでいます。経常収支の黒字が日本に還流しにくい構造、拡大するデジタル赤字、先進国最悪の財政状況といった複合的な要因が、円の下落圧力を生み出しています。

財務官や財務大臣が警戒を強め、レートチェックや口先介入を繰り返しているのは、こうした構造的な円安圧力に対する危機感の表れです。日銀の利上げ動向、日米金利差の推移、そして財政政策の行方が、円の今後を左右する重要な変数です。為替リスクへの備えを怠らないことが、企業にも個人にも求められています。

参考資料:

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