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by nicoxz

企業倒産1万件時代 中小企業を襲う人手不足と物価高圧力

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はじめに

2026年4月8日、東京商工リサーチは2025年度の全国企業倒産件数が1万505件になったと公表しました。帝国データバンクの同日集計でも1万425件となっており、民間2社の件数には差があるものの、どちらも「2年連続で1万件超」「前年度比で増加」「小零細企業の倒産が中心」という方向は一致しています。倒産件数だけを見ると景気悪化の話に見えますが、実際には人手不足、賃上げ、物価高、金利上昇、価格転嫁難が同時進行で中小企業を圧迫している構図です。

しかも今回は、単に需要が消えた不況型倒産だけでは説明しきれません。人材を確保できない、最低賃金の引き上げに追随できない、仕入れ高を販売価格へ十分に転嫁できないといった経営課題が重なり、利益の薄い企業から耐えきれなくなっています。この記事では、2025年度の倒産増加を一過性の悪材料としてではなく、日本経済の構造変化として読み解きます。

倒産急増の構図

小零細企業への集中

2025年度の企業倒産は、件数の増加幅以上に「どの規模の企業が倒れているか」が重要です。東京商工リサーチによれば、負債1億円未満の倒産は8,062件で全体の76.7%を占め、1996年度以降の30年間で最も高い構成比となりました。帝国データバンクでも、負債5,000万円未満の倒産が6,475件で2000年度以降最多となり、資本金で見ても「個人+1,000万円未満」が7,580件と全体の72.7%を占めています。倒産増の中心が大企業ではなく、体力の乏しい小規模事業者に偏っていることが分かります。

この点は、2025年度の倒産を景気循環だけで説明できない理由でもあります。帝国データバンクは主因別で「不況型倒産」が8,608件と全体の82.5%を占めたとしていますが、その一方で、業種別ではサービス業と小売業が2000年度以降で最多でした。東京商工リサーチでもサービス業他が3,585件と過去30年で最多です。医療、飲食、小売、生活関連サービスなど、人件費の比重が高く、現場人材がいなければ売り上げ自体を取りこぼす業種が目立っています。

ここから読み取れるのは、現在の倒産増が「資金が尽きたから終わる」という古典的な不況だけではなく、「人も価格決定力も足りない企業が先に脱落する局面」だということです。これは中小企業白書が示す環境認識とも整合的です。2025年版中小企業白書の概要では、円安・物価高の継続と「金利のある世界」の到来が、中小企業の利益を下押しするリスクだと整理しています。借入依存度と輸入比率が相対的に高い企業ほど、収益の余白が一段と削られやすいからです。

さらに注意したいのは、倒産件数が増えても負債総額は減っている点です。東京商工リサーチは2025年度の負債総額を1兆5,687億円、帝国データバンクは1兆5,537億円としていますが、いずれも前年度を大きく下回りました。これは大型倒産が減った一方で、小口の破綻が積み上がったことを意味します。数字の見た目以上に、地域経済の裾野にある小規模企業の撤退が広がっているとみるべきです。

人件費高騰と価格転嫁不足

今回の倒産増を特徴づけるのが、人手不足関連の倒産が過去最多を更新したことです。東京商工リサーチは2025年度の「人手不足」倒産を442件とし、そのうち「人件費高騰」が195件、「従業員退職」が108件と公表しました。帝国データバンクも2025年度の人手不足倒産を441件と集計し、初めて400件を超えたとしています。年間ベースでも、帝国データバンクは2025年の人手不足倒産が427件だったとし、建設業113件、物流業52件が過去最多になったと指摘しました。

なぜ人手不足がここまで倒産に直結するのか。第一に、採用難だけでなく、賃金を上げても人が来ない局面に入っているためです。日本銀行の2026年3月短観では、雇用人員判断DIは全産業で中小企業がマイナス40となり、大企業のマイナス28より不足感が強いままでした。先行きは中小企業でマイナス45まで不足感が強まる見通しです。人が足りない企業ほど値上げや投資の判断が遅れやすく、目先の現場維持のために高コストの採用や賃上げに追い込まれます。

第二に、賃上げ原資の裏付けが弱いまま人件費だけが上がっていることです。中小企業白書の概要は、中小企業の労働分配率がすでに8割近くに達し、さらなる賃上げ余力が厳しいと明記しています。その一方で人手不足は深刻で、業績改善を伴わない賃上げも増えているとされます。これは、従業員を引き留めるための防衛的賃上げが広がっていることを示します。利益率の低い企業では、防衛的賃上げはそのまま資金繰り悪化に変わります。

最低賃金の上昇も重い負担です。厚生労働省が2025年8月4日に示した令和7年度の地域別最低賃金の目安は、Aランク63円、Bランク63円、Cランク64円の引き上げで、目安どおりなら全国加重平均は1,118円となります。上昇額63円は目安制度開始以降で最高です。大企業にとっては人件費増の一部かもしれませんが、パート比率が高い飲食、小売、介護、生活サービスでは収益構造そのものを揺さぶります。

では、賃上げや仕入れ高を価格へ転嫁できているのかというと、そこが弱いままです。2025年版中小企業白書の価格転嫁の章では、原材料・商品仕入単価DIの上昇は落ち着きつつも高水準が続き、売上単価DIとの差はなお埋まっておらず、採算DIはおおむね横ばいと説明しています。言い換えれば、値上げは進んでもコスト上昇を十分に吸収するほどではありません。中小企業庁も、需要の取りこぼしを防ぐために省力化投資支援や価格交渉促進を強化するとしており、政策側も「人手不足と価格転嫁難の同時進行」を主要課題として認識しています。

2026年以降の分岐点

人手不足下の労働移動

倒産増加は痛みを伴う現象ですが、人手不足が慢性化する現在は、過去の不況期とは意味合いが少し異なります。厚生労働省の2026年2月の一般職業紹介状況では、有効求人倍率は1.19倍、正社員有効求人倍率は0.99倍でした。数年前に比べればピーク感は薄れたものの、求人数が求職者をなお上回る状態です。企業が退出しても、労働市場全体が余剰人員を大量に抱える状況ではありません。

このため、倒産は単純な雇用喪失ではなく、労働移動の契機にもなります。もちろん、地域や年齢、職種によって移りやすさには差があります。ただ、建設、物流、医療福祉、飲食といった人手不足業種で倒産が増えていることは、低採算の事業者から、賃上げや省力化投資が可能な事業者への人材移動を促す側面もあります。これは筆者の推論ですが、現在の倒産増は「不況による大量失業」よりも、「供給制約下での再編」に近い面が強いと言えます。

もっとも、この再編が自動的に生産性向上へつながるわけではありません。雇用人員判断DIが中小企業で大幅マイナスのままということは、人の取り合いが続くという意味でもあります。離職者を受け入れる側の企業が十分な教育、デジタル化、業務標準化を進めていなければ、単に高い賃金で人を奪い合うだけになりかねません。中小企業白書が強調する省力化投資や経営力の向上は、この点で重要です。倒産件数の増減よりも、退出した企業の人材と資産が成長分野へ再配置されるかどうかが、本当の意味での新陳代謝を左右します。

金利上昇局面と再生支援

もう一つの分岐点は、金利のある世界への適応です。日本銀行短観では、2026年3月時点の資金繰り判断DIは中小企業でプラス7と、なお「楽である」が上回るものの、前回より1ポイント低下しました。借入金利水準判断DIは中堅・中小企業を含めて上昇方向が鮮明で、金融コストの負担感は広がっています。ゼロ金利環境の下で延命できていた低収益企業は、借換えや返済が本格化する局面でふるいにかけられやすくなります。

東京商工リサーチは、2025年度のゼロゼロ融資後倒産を410件とし、ピークアウトの兆しと評価しました。一方、帝国データバンクは625件とし、2年連続の減少としています。ここでも件数差はありますが、重要なのは「コロナ支援切れだけが倒産の主因ではなくなった」ことです。足元では、人件費、物価、金利、後継者難、販売不振が複合的に重なっており、単純な資金繰り支援だけでは延命効果が弱くなっています。

そのため、政策の重点も徐々に変わります。中小企業庁は資金繰り支援を続けつつ、中小企業活性化協議会による事業再生支援や、事業承継・引継ぎ支援センターの強化、省力化投資補助の拡充を打ち出しています。これは、資金を回すだけでなく、再生可能な企業には経営改善を、難しい企業には早期の事業承継や退出を促す方向です。倒産件数の増加を止めること自体より、再生可能な企業を見極め、退出コストを小さくすることへ政策が移りつつあるとみられます。

企業側にとっても、2026年以降は守り方が変わります。過去のように販管費削減と借入延長だけで耐える戦略は限界が近いです。中小企業白書が述べる通り、コストカット戦略はすでに限界に達しています。生き残る企業は、値上げできる取引関係を持つか、省人化投資で人件費の伸びを吸収できるか、あるいは事業承継やM&Aで規模と採算を確保できるかという三つの選択を迫られます。倒産増を単なる景気後退と読むと、この構造転換を見誤ります。

注意点・展望

よくある誤解は、倒産件数の増加をそのまま「景気全面悪化」と捉えることです。実際には、有効求人倍率がなお1倍台を維持し、雇用不足感も強いなかで起きている倒産増ですから、1990年代末やリーマン危機後とは性格が異なります。むしろ、低採算・低賃金・低投資の事業モデルが維持しにくくなった結果として、退出圧力が強まっている面があります。

一方で、「淘汰が進めば自動的に経済が良くなる」とみるのも危険です。地方では1社の退出が雇用、物流、介護、生活インフラに与える影響が大きく、代替企業がすぐ現れないこともあります。特に医療、福祉、運輸、建設のような地域密着業種では、採算性だけで退出を加速させると供給制約がむしろ深刻化します。したがって今後は、成長企業への資源移動を促しつつ、公共性の高い業種では再生や承継を優先する政策の細分化が必要です。

2026年度の焦点は三つあります。第一に、最低賃金引き上げと春闘賃上げの波が、追加の人件費倒産をどこまで増やすか。第二に、価格交渉促進や下請取引適正化が採算改善へ本当に結びつくか。第三に、金利上昇局面で、再生支援が単なる延命ではなく事業転換につながるかです。倒産件数そのものより、退出と再生の質が日本経済の次の局面を決めます。

まとめ

2025年度の企業倒産は、東京商工リサーチで1万505件、帝国データバンクで1万425件と、いずれも2年連続の1万件超でした。共通しているのは、小零細企業への集中、人手不足倒産と物価高倒産の増加、そして価格転嫁不足と賃上げ余力の乏しさです。倒産増は景気悪化のサインであると同時に、低採算モデルが維持できなくなった構造変化の表れでもあります。

2026年以降に問われるのは、件数を無理に抑え込むことではなく、再生可能な企業への投資と、退出する企業から成長分野への資源移動をどう設計するかです。中小企業にとっての生存条件は、価格決定力、省力化投資、人材定着、承継戦略の四つへ収れんしつつあります。倒産1万件時代は、単なる危機ではなく、経営の質が問われる時代の始まりでもあります。

参考資料:

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