ビットコイン採掘企業のAI転換が映す収益再編とBTC売り圧力
はじめに
ビットコイン採掘企業の評価軸が、2026年に入って変わっています。以前は保有BTCや採掘能力が主な見どころでしたが、注目点は、電力と変電設備、冷却、用地、許認可を抱える「AI向けデータセンター候補地」としての価値です。S&P Global Market Intelligenceは2月25日、上場マイニング企業がビットコイン依存からAIとHPCへ重心を移していると整理しました。
ただし、この変化は単純な成長物語ではありません。AI向け案件は長期契約とドル建て収入をもたらす一方、建設には先行資金が要ります。その結果、積み上げてきたBTCを売却したり、担保に差し入れたりして資金をつくる動きが増えています。
AIが新鉱脈になる理由
電力と冷却の再評価
ビットコイン採掘企業がAI向けインフラ事業と相性が良いのは、GPUを置くための基盤を持っているからです。Bitdeerは2026年2月の決算で、自社を「Bitcoin mining and AI infrastructure」の企業と位置付け、3.0ギガワットの電力ポートフォリオを「希少で価値が高まる戦略資産」と説明しました。電力確保がAIデータセンター建設の最大ボトルネックになっている現在、既存マイナーの強みは採掘機ではなく、使える電力付きの土地にあります。
S&P Globalも、上場各社が純粋な採掘から徐々に容量を移していると指摘しました。マイニング企業は、コンテナ型設備、変電所、冷却ノウハウ、24時間運用の人員を持っています。AIの計算需要が急増するなかで、これらはゼロから建てるより短時間で収益化できる資産です。
象徴的なのがCore Scientificです。同社は3月2日の2025年通期決算で、2025年10〜12月期のコロケーション売上高が3130万ドルと、前年同期の850万ドルから急増した一方、自社採掘収入は4220万ドルと前年同期の7990万ドルから大きく減ったと開示しました。しかも同社は、既存施設の大半をAI関連ワークロード向けに転換中だと明言しています。すでに採掘会社というより、高密度コロケーション会社に近づいているわけです。
ドル建て長期契約の魅力
AI案件が魅力なのは、収益が読みやすい点にもあります。TeraWulfは2月26日の決算で、522メガワットのAI-HPC向け容量を契約済みとし、契約総収入は128億ドル超になると発表しました。2025年10〜12月期のHPCリース収入は970万ドルで、まだデジタル資産売上高2610万ドルを下回ります。それでも同社は、HPCホスティングを「primary growth engine」と明言しました。将来の見える収入が、価格変動の大きい採掘収益より高く評価されているからです。
Hut 8も同じ方向です。2025年12月にはAnthropicとFluidstack向けに、少なくとも245メガワット、最大2295メガワットのAIデータセンター容量を供給する枠組みを発表しました。2026年2月の決算では、AIインフラ案件の初成約と8500メガワットの開発パイプラインも示しています。
S&P GlobalのVisible Alpha集計では、2026年のHPC売上比率はRiotが13%にとどまる一方、IRENとCore Scientificは71%、TeraWulfは70%に達する見通しです。業界全体が一斉にAI企業へ変わるのではなく、採掘継続派とAIデータセンター化を急ぐ企業へ二極化しているわけです。
BTC売り圧力の発生源
財務転換と換金売り
問題は、AI転換には資金が要ることです。データセンター改修、液冷設備、送配電接続、建屋増設には巨額の先行投資が必要で、全社がCore Scientificのように顧客側負担を引き出せるわけではありません。そこで使われ始めているのが、これまでため込んだBTCです。
MARAの2025年通期10-Kは、この変化をよく示しています。同社は2025年後半から運営資金のためにBTC売却を始め、2026年は資本プロジェクトや戦略案件のためにも機動的に換金を続けると明記しました。しかも2025年末時点の保有量は5万3822BTCに達し、そのうち1万5315BTC、全体の28%が貸し出しまたは担保差し入れに回っています。つまり、採掘会社のバランスシートに積まれたBTCは、以前のような「永久保有」資産ではなく、AI投資と資金繰りを支える流動性の源泉に変わりつつあります。
Cangoでは、この動きがさらに露骨です。同社は2月3日に、1月中に550.03BTCを売却し、推論プラットフォーム拡張など近接成長投資を支える方針を示しました。その直後の2月9日には、4451BTCを市場で売却し、約3億500万ドル相当を調達して借入返済とAI転換資金に充てたと発表しています。こうした売りは、赤字採掘の穴埋めだけでなく、AI事業へ資本を再配分するための売りです。したがって相場から見ると、一時的ではなく構造的な売り圧力になりやすい特徴があります。
すべてがAI化するわけではない現実
ただし、AI転換がすぐ採掘事業を置き換えるわけではありません。Core Scientificですら2025年10〜12月期の売上の多数はまだ採掘由来で、TeraWulfのHPC収入もデジタル資産売上を下回ります。S&P Globalも、現時点ではAI-HPC収入はまだ小さいと説明しており、テナント導入や電力接続が遅れれば収益化は後ろ倒しになります。
さらに、採掘を完全に捨てる企業は少数です。BitdeerはAI向けコロケーションを優先しつつも、自社採掘を「cornerstone」と位置付けています。MARAも、ビットコイン採掘を基盤にしながらAI-HPCへ拡張する戦略を掲げています。実態は「採掘からAIへ全面転業」ではなく、「電力を最も高く売れる用途へ振り向ける資本配分競争」です。BTC相場が強くなれば、AI寄りの企業でも採掘へ戻す判断が出る余地は残ります。
注意点・展望
今後の焦点は三つです。第一に、AI案件の売上寄与が実際に立ち上がるかです。契約総額が大きくても、計上は数年に分散されます。第二に、BTC売却と担保差し入れがどこまで拡大するかです。第三に、電力調達と建設コストです。AI向けの期待が高いほど、送電接続や設備資材のボトルネックも強まります。
まとめ
ビットコイン採掘企業がAIへ向かうのは、流行に乗っているからではありません。すでに持つ電力、冷却、用地、運営ノウハウがAIデータセンター需要と強く結び付くからです。Core ScientificやTeraWulf、Hut 8、Bitdeerの事例を見ると、企業価値の中心は採掘能力から、長期契約を生むインフラ価値へ移り始めています。
一方で、その転換費用はBTC売却や担保設定を通じて賄われます。MARAやCangoの動きが示す通り、採掘企業の保有BTCはもはや象徴的な金庫ではなく、AI投資の資金源です。AIが新鉱脈になるほど、仮想通貨市場には新しい売り圧力が積み上がります。
参考資料:
- Bitcoin miners pivot to AI and HPC as cryptocurrency market slumps
- March 2, 2026 - 10-K: Annual report
- Core Scientific Announces Fourth Quarter Fiscal Year 2025 Results
- TeraWulf Reports Fourth Quarter and Full Year 2025 Results
- Hut 8 Reports Fourth Quarter and Full Year 2025 Results
- Hut 8 Announces AI Infrastructure Partnership with Anthropic and Fluidstack
- Bitdeer Reports Unaudited Financial Results for the Fourth Quarter and Full Year of 2025
- Cango Inc. Announces January 2026 Bitcoin Production and Mining Operations Update
- Cango Inc. Completes Bitcoin Sale to Strengthen Financial Position and Advance AI Transformation
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