日銀、パウエル議長支持の共同声明を見送り:その背景と意味
はじめに
2026年1月13日、欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行など世界の主要中央銀行が、トランプ政権から刑事捜査を受けているFRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長を支持する緊急共同声明を発表しました。しかし、日本銀行はこの連帯表明に参加しませんでした。
日銀が参加を見送った背景には、「他国の政治的動きには関わらない」という原則論に加え、日米政権との摩擦を避けたいという事情があったとされています。物価の安定に不可欠な中央銀行の独立性を巡り、日銀の微妙な立ち位置が改めて浮き彫りになりました。
本記事では、パウエル議長を取り巻く状況、共同声明の内容と意義、そして日銀が参加を見送った背景について解説します。
パウエル議長を巡る状況
トランプ政権による刑事捜査
2026年1月11日、FRBのパウエル議長は自身が刑事捜査の対象になったことを公表しました。トランプ政権は司法省を通じて、総額25億ドル規模のFRB本部建て替え計画を巡り、パウエル議長が議会で虚偽の証言を行った疑いがあるとして捜査に踏み切りました。
1月9日には大陪審による召喚状がFRBに届けられ、起訴の可能性まで取り沙汰されています。パウエル議長の任期は2026年5月に満了を控えており、この時期の捜査は政治的意図を感じさせるものです。
パウエル議長の反論
パウエル議長は1月11日のビデオ声明で、この捜査は利下げを迫るための「口実」にすぎないと強く反論しました。「前代未聞の措置はトランプ政権の脅しと圧力継続の一環だ」と述べ、大幅利下げという「トランプ氏の好み」に従わなかったことが理由だと断じています。
トランプ大統領はFRBに大幅な金融緩和を求め続け、パウエル氏の利下げ判断が「遅過ぎる」と繰り返し批判してきました。解任をちらつかせることもあり、FRBの独立性は重大な局面を迎えています。
共和党内からも批判
注目すべきは、与党共和党内からも批判が出ている点です。ベッセント財務長官はトランプ大統領に対し、この捜査は金融市場に悪影響を及ぼしかねないと忠告したと報じられています。上院銀行委員会のティリス議員は、この問題が解決するまで新FRB議長の人事案に反対すると表明しました。
世界の中央銀行による共同声明
声明の内容
1月13日、ECBのラガルド総裁を中心に、世界の主要中央銀行首脳がパウエル議長に連帯を示す緊急声明を発表しました。声明には「中央銀行の独立性は、私たちが奉仕する市民のための、物価、金融、経済の安定の礎だ」と明記されています。
さらに「法の支配と民主的説明責任を完全に尊重し、その独立性を維持することが極めて重要となる」と強調し、中央銀行の独立性を脅かす動きに対する明確な警告を発しています。
参加した中央銀行
共同声明にはECB、イングランド銀行(英中央銀行)、韓国中央銀行などの中銀と国際決済銀行(BIS)が参加しました。各国の中央銀行が特定の国の政治問題に対して共同で声明を出すのは極めて異例のことであり、事態の深刻さを示しています。
ニュージーランドでの波紋
ただし、共同声明への参加を巡っては各国内で議論も生じています。ニュージーランドのピーターズ外相は1月14日、共同声明に署名した同国中銀のブレマン総裁を公に非難し、「NZ中銀が米国の国内政治において果たす役割はなく、関与すべきでもない」と述べました。
日銀が参加を見送った背景
政府との事前協議
ロイター通信の報道によると、日銀は共同声明を巡り、事前に政府と非公式に協議していました。しかし発表までの時間が短く、調整に間に合わなかったとされています。
関係者によれば、政府が即答できなかった理由は「米国への配慮を検討する必要があった」ためです。日本政府としては、トランプ政権との関係に影響を与えかねない声明への参加について、慎重な判断が求められたと考えられます。
「政治的な話にはコメントしない」という原則
元日銀審議委員で野村総合研究所の木内登英氏は、「政治的な話にはコメントしないのが日銀の流儀。今回の判断はそれに沿ったもの」と解説しています。他国の政治動向に対して中央銀行が立場を表明することは、通常は避けられる傾向にあります。
一方で木内氏は「根底には日銀が政府から完全に独立していないという問題がある」とも指摘しており、今回の対応が日銀の構造的な課題を浮き彫りにしたという見方もあります。
日米関係への配慮
トランプ政権は日本に対しても様々な要求を行っており、日本政府としては摩擦を避けたいという本音があります。日銀が独自の判断で声明に参加した場合、日米関係に影響を与える可能性があったことも、政府との事前協議が行われた背景と考えられます。
中央銀行の独立性はなぜ重要か
インフレ抑制の要
IMFの研究によると、高い独立性スコアを持つ中央銀行の方が、人々のインフレ期待を効果的に抑制できることが示されています。中南米17カ国の中央銀行を100年間追跡した調査でも、独立性が高いほどインフレ対策の成果が向上することが確認されています。
民主主義の政府は完全雇用を重視する傾向があり、インフレリスクがあっても金融緩和を求めがちです。中央銀行に政府の要求を断る力がなければ、最終的にインフレとそれに伴う経済混乱を招く恐れがあります。
歴史的教訓
第一次大戦後のドイツでは、税収不足を補うために紙幣を大量印刷し、激しいインフレが発生しました。戦前の日本でも、軍事費をまかなうための日銀による国債引き受けが続いた結果、終戦後に物価が数十倍に暴騰する悪性インフレが発生しています。
この反省から、戦後の日本では財政法で日銀による国債引き受けが禁止され、1998年の日銀法改正で中央銀行の独立性が法制度として明確化されました。
現代の課題
今日の中央銀行は独立性に関する多くの課題に直面しています。金利引き下げを求める政治的圧力、人事への干渉リスクなどが高まっており、先進国でも露骨な介入が見られるようになってきました。
FRBの独立性が脅かされれば、世界の金融市場全体に影響が及ぶ可能性があります。金(ゴールド)価格が一時4600ドル超という史上最高値を更新したのも、こうした不安の表れです。
今後の展望
日銀の立ち位置
今回の対応により、日銀は「政治的中立」を保つ一方で、「中央銀行の独立性を守る国際的な連帯」には加わらないという微妙な立場が明らかになりました。これが日銀の独立性に対する信認にどう影響するか、注視が必要です。
FRBの行方
パウエル議長の任期は2026年5月に満了します。トランプ政権がどのような後任人事を行うのか、そしてFRBが独立性を維持できるのかが、今後の焦点となります。共和党内からも批判が出ていることを考えると、トランプ政権の対応にも変化が生じる可能性があります。
まとめ
世界の主要中央銀行がFRBパウエル議長への連帯を表明する中、日銀は参加を見送りました。「他国の政治には関与しない」という原則と、日米関係への配慮が背景にあります。
中央銀行の独立性は、インフレ抑制と経済の安定に不可欠な基盤です。歴史的にも、独立性が損なわれた際には深刻な経済的影響が生じてきました。今回の事態は、先進国においても中央銀行の独立性が脅かされうることを示しており、日本を含む各国の対応が問われています。
参考資料:
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