中国「メガ大使館」ロンドン建設計画|スパイ懸念と英国の判断
はじめに
英国政府は2026年1月20日を期限として、ロンドン中心部に巨大な中国大使館を建設する計画の承認可否を判断します。この計画は「メガ大使館」とも呼ばれ、完成すれば中国の在外公館として欧州最大規模となります。
しかし、建設予定地がロンドン金融街の重要な通信ケーブルに近接していることから、スパイ活動の拠点になるのではないかという懸念が根強く存在します。英政府はこれまで判断を3度延期してきました。
本記事では、この計画の経緯、セキュリティ上の懸念、そして英国の対中外交政策との関連について詳しく解説します。
建設計画の概要
王立造幣局跡地という立地
新大使館の建設予定地は、ロンドン塔に隣接する「ロイヤルミントコート(王立造幣局跡地)」です。この場所は1809年から1967年までロンドン造幣局として使用されていた歴史ある土地です。
中国政府は2018年、この土地を約2億5500万ポンド(約345億円)で取得しました。敷地面積は約2万2000平方メートルに及び、サッカーフィールド約2面分の広さがあります。完成すれば、中国の在外公館として欧州最大となる見込みです。
計画の経緯
中国大使館の建設計画は、2022年にタワーハムレッツ区議会から最初の承認を得ました。しかしその後、英国政府が安全保障上の懸念を理由に計画を「コールイン」(中央政府による再審査)しました。
判断期限は当初2025年9月に設定されていましたが、これまで3度にわたり延期されてきました。現在の期限は2026年1月20日で、スターマー首相の訪中を控えた時期に承認が下される可能性が高いと報じられています。
スパイ活動への懸念
金融街の通信インフラ
建設予定地の直下には、ロンドンの2大金融センターであるシティー・オブ・ロンドンとカナリーワーフを結ぶ光ファイバーケーブルが埋設されています。これらのケーブルはBTオープンリーチ、コルト・テクノロジーズ、ベライゾン・ビジネスなどの通信事業者が所有しています。
このケーブルは金融取引データだけでなく、数百万人のインターネットユーザーの電子メールやメッセージのトラフィックも伝送しています。さらに、ロンドン・インターネット・エクスチェンジを構成する11のデータセンターにも接続しています。
「秘密の地下室」報道
英テレグラフ紙の報道によると、大使館の設計図面には「秘密の地下室」が含まれているとされています。この部屋は光ファイバーケーブルからわずか約1メートルの距離に位置する計画です。
中国側は設計図面の一部を黒塗りにしており、英国政府が用途の説明を求めても「そのような開示は必要でも適切でもない」として拒否しています。この不透明さが、スパイ活動への疑念をさらに強めています。
専門家の警告
ノースイースタン大学ロンドン校のソフィア・エコノミデス教授は、この立地について「正当な技術的懸念がある」と指摘しています。同教授によると、「敷地の下には光ファイバーケーブルが通っており、それらのケーブルを傍受するのは非常に容易で、何が起きているかを見るのも容易です。そして、それは検出されません」とのことです。
さらに、「光ファイバーへの物理的アクセスがあれば、通信を傍受することが非常に容易になる」とし、現代のネットワークには侵入検知システムが含まれているものの、「高度な傍受手法はそれをバイパスする可能性がある」と警告しています。
外交免除という問題
治外法権の壁
大使館が承認されれば、土地の自由保有権は中国政府に移転されます。国際法上、大使館敷地内は法的に中国の領土とみなされ、英国当局は許可なく立ち入ったり、検査したりすることができなくなります。
この外交特権により、敷地内にどのような技術や設備が設置されても、英国の安全保障機関は監視することが困難になります。これは、通常の不動産開発とは本質的に異なるリスクです。
反体制派への脅威
安全保障上の懸念は通信傍受だけにとどまりません。英国に亡命している中国の反体制派や香港民主派活動家への監視・威嚇の拠点になる可能性も指摘されています。
労働党の下院議員9名がスティーブ・リード住宅・コミュニティ担当相宛てに送った書簡では、大使館が「威嚇活動を強化」するために使用される可能性があると警告しています。
国際的な反応
米国の懸念表明
米ホワイトハウスは「中国が新大使館の敷地を通じて、我々の親しい同盟国である英国の機密通信システムに潜在的にアクセスできるようになることを深く懸念する」と表明しました。
米下院中国特別委員会のジョン・ムーレナー委員長は計画に「反対」の立場を示し、米国人のデータが「危険にさらされる」可能性があると懸念を表明しています。英国は「ファイブ・アイズ」(米英豪加NZ5カ国の情報共有同盟)のメンバーであり、米国にとっても無関係ではないという認識です。
MI5・MI6の対応
興味深いことに、英国の情報機関であるMI5(国内情報局)とMI6(秘密情報局)は、この計画に対して公式な反対意見を表明していません。これが、スターマー政権が承認に向かうと見られている一因となっています。
英中関係と労働党政権の姿勢
スターマー首相の訪中計画
スターマー首相は2026年1月29日から31日にかけて、北京と上海を訪問する予定と報じられています。これが実現すれば、2018年のテリーザ・メイ首相以来、約8年ぶりの英首相訪中となります。
この訪中を前に大使館建設を承認することで、英中関係改善への姿勢を示す狙いがあると分析されています。
「氷河期でも黄金時代でもない」
スターマー首相は自身の対中政策について、「黄金時代でも氷河期でもない」と表現しています。これは、中国との蜜月を志向したデービッド・キャメロン元首相と、対中強硬姿勢をとったボリス・ジョンソン元首相の双方を意識した発言です。
「安全保障の確保は交渉の余地がない」としつつも、「厳しい措置を講じて安全を確保することで、他の分野での協力が可能になる」というのが労働党政権の基本スタンスです。
経済的な動機
労働党政権が中国との関係改善を急ぐ背景には、経済的な事情があります。英国の対中貿易額は、米国、ドイツ、日本といったG7諸国と比較して相対的に少なく、キャッチアップの余地があるとの認識があります。
ただし、レイチェル・リーブス財務相が2026年1月に訪中した際に獲得した投資額は約6億ポンドにとどまり、湾岸諸国への同様の訪問で得た64億ポンドと比較すると、期待ほどの成果は上がっていません。
注意点・今後の展望
承認されても残る課題
仮に建設計画が承認されたとしても、実際の建設・運用開始までには複数の工程が必要です。また、承認条件として何らかのセキュリティ上の措置が付される可能性もあります。
BT オープンリーチは、堅牢なセキュリティ対策を講じており、政府と協力して資産の保護に取り組んでいると述べています。
先例としての意味
この決定は、英国だけでなく他の西側諸国にとっても先例となる可能性があります。中国が世界各地で外交施設を拡張する中、安全保障と外交関係のバランスをどう取るかは、各国共通の課題となっています。
まとめ
ロンドンの中国「メガ大使館」建設計画は、安全保障と外交の狭間で英国政府が直面する難しい判断を象徴しています。金融街の通信インフラに近接した立地、設計図面の不透明さ、そして外交特権による監視困難という複合的なリスクがあります。
一方で、労働党政権は中国との関係修復を重要な外交課題と位置づけており、スターマー首相の訪中を控えて承認に傾いているとの観測が強まっています。
1月20日の判断期限を前に、英国がどのような決定を下すのか、国際社会が注目しています。この決定は、今後の英中関係はもとより、西側諸国と中国の関係にも影響を与える可能性があります。
参考資料:
- China’s super embassy in London could include ‘secret’ chamber - ITV News
- Is the Chinese embassy a national security risk? - The Week
- China ‘super embassy’ in London could enable spying - Northeastern University
- White House ‘concerned’ about Chinese mega-embassy plans - LBC
- The UK is expected to approve a ‘mega’ Chinese embassy - ABC News
- Starmer Says UK Will Adopt Pro-Business Approach With Beijing - Bloomberg
- 英ロンドン中心部に中国の「スーパー大使館」建設計画 - CNN
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