富士フイルムが半導体材料で逆転攻勢をかける理由
はじめに
かつて写真フイルムの世界的メーカーとして知られた富士フイルムが、半導体材料の分野で存在感を急速に高めています。2025年11月には静岡県吉田町の工場に先端半導体材料の開発・評価用の新研究棟が完成し、次世代フォトレジストの研究が本格化しました。
同社は中期経営計画「VISION2030」で、半導体材料事業の売上高を2030年度に5000億円へ引き上げる目標を掲げています。写真フイルムで培った独自の化学技術を武器に、日本勢が強みを持つフォトレジスト市場でさらなるシェア拡大を目指す富士フイルムの戦略を読み解きます。
写真フイルムから半導体材料への転換
技術の連続性がもたらした強み
富士フイルムの半導体材料への参入は、技術的な偶然ではありません。写真フイルムの製造で蓄積した感光材料の技術が、半導体製造に不可欠なフォトレジストの開発に直結しています。フォトレジストとは、半導体チップの表面に微細な回路パターンを描くために使われる感光材料です。光を当てた部分の性質が変化する原理は、写真フイルムと本質的に同じです。
富士フイルムは長年にわたり、分子レベルで材料の特性を制御する技術を磨いてきました。この技術基盤が、ナノメートル単位の精度が求められる最先端半導体の製造プロセスにおいて大きなアドバンテージとなっています。
「流儀」に背いた挑戦
富士フイルムの半導体材料事業の成長には、社内の常識を打ち破った技術者たちの存在がありました。従来の写真フイルム事業の延長線上ではなく、半導体メーカーが求める品質基準や開発スピードに合わせる形で事業を再構築する必要がありました。
既存の事業部門の「流儀」にとらわれず、半導体業界の論理で動ける組織を社内に作り上げたことが、現在の成長の土台となっています。顧客である半導体メーカーの製造拠点の近くに自社の拠点を置く「地産地消地援」戦略もその一環です。
静岡新研究棟とEUVレジストの最前線
約130億円を投じた研究開発拠点
2025年11月に竣工した静岡工場の新研究棟は、約130億円の投資によって建設されました。窓の少ない白い建物の内部には、高度なクリーンルームが整備されており、EUV(極端紫外線)露光向けフォトレジストをはじめとする先端材料の開発・評価が行われています。
EUVリソグラフィは、回路の微細化を進めるための最先端技術です。波長13.5ナノメートルという極めて短い光を使って、従来技術では実現できなかった微細パターンを形成します。この技術に対応したフォトレジストの開発は、世界でもごく限られたメーカーしか手がけることができません。
シェア拡大の具体的目標
富士フイルムは、先端フォトレジスト市場でのシェアを2024年度の8%から2030年度には20%へと引き上げる計画を掲げています。現在、この分野ではJSRやTOKが先行していますが、富士フイルムは写真フイルム由来の独自技術と積極的な設備投資で追い上げを図っています。
加えて、CMPスラリー(化学的機械的研磨材料)の分野では既に世界2位のシェアを獲得しており、銅配線用途では世界1位です。2030年度までにCMPスラリー全体でもシェア1位の獲得を目指しています。
Rapidusとの連携と国内投資の加速
最先端半導体の国産化への貢献
富士フイルムは、2ナノメートル世代の最先端半導体の国産化を目指すRapidusへの出資を完了しています。Rapidusの北海道千歳工場での量産開始に向けて、フォトレジストやプロセスケミカルなどの材料供給体制を構築しています。
この連携は、単なる材料供給にとどまりません。半導体の製造工程で使用する材料は、製造装置やプロセス条件と密接に関連しています。Rapidusの開発段階から参画することで、次世代プロセスに最適化された材料を共同で開発できる点に大きな意義があります。
国内3拠点への大規模投資
富士フイルムは2025〜2026年度の2年間で1000億円以上を半導体材料関連に投資する計画です。投資は国内3つの製造拠点に集中しています。
静岡拠点では先端レジストの開発・生産体制を強化します。大分拠点では約70億円を投じてポストCMPクリーナーの生産能力を約4割拡大し、2026年春の稼働を予定しています。熊本拠点ではTSMCの新工場に近接する立地を活かし、材料供給のスピードと品質管理を強化します。
注意点・展望
富士フイルムの半導体材料事業は成長軌道にありますが、課題も存在します。先端フォトレジスト市場では、JSR(現・JIC傘下)やTOKなど先行企業との技術競争が激しく、シェアの急拡大は容易ではありません。
また、半導体市場自体の景気循環リスクも見逃せません。AI需要の拡大が市場成長を牽引していますが、投資サイクルの波により一時的な需要減退が起こる可能性はあります。
一方で、PFASフリー(有機フッ素化合物を含まない)レジストの開発にも成功しており、環境規制の強化という追い風を受ける可能性もあります。欧州を中心にPFAS規制が厳格化される中、いち早く代替材料を実用化できれば、大きな競争優位を確保できます。
半導体材料は日本企業が世界的に高い競争力を維持している数少ない分野の一つです。富士フイルムの挑戦は、日本の産業競争力の今後を占う試金石でもあります。
まとめ
富士フイルムは写真フイルムの技術を源流に、半導体材料事業で急成長を遂げています。2030年度に売上高5000億円を目指す計画のもと、EUVフォトレジストのシェア拡大、CMPスラリーの世界首位奪取、Rapidusとの連携による最先端プロセス対応と、多面的な成長戦略を展開しています。
静岡新研究棟の稼働開始は、その戦略の具体的な一歩です。写真フイルムという「流儀」から脱却し、半導体産業の論理で勝負する富士フイルムの変革は、日本のものづくり企業にとっての一つのモデルケースと言えるでしょう。
参考資料:
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