ホルムズ海峡封鎖でヘリウム危機、半導体供給網への影響
はじめに
2026年2月末、イスラエルと米国がイランへの軍事行動を開始したことを受け、イラン革命防衛隊がホルムズ海峡の通行を事実上封鎖しました。この影響は原油やLNGだけにとどまらず、半導体製造に不可欠な希少ガス「ヘリウム」の供給にも深刻な打撃を与えています。
韓国はヘリウム輸入量の約65%をカタールに依存しており、ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、SKハイニックスやTSMCといった大手半導体メーカーの生産ラインに支障が生じる恐れがあります。本記事では、ヘリウムが半導体製造で果たす役割、アジアの半導体供給網への影響、そして各国の対応策について詳しく解説します。
ヘリウムが半導体製造に不可欠な理由
半導体工程における多様な用途
ヘリウムは半導体製造において複数の重要な工程で使用されています。最も代表的なのがリソグラフィ工程です。最先端の半導体チップの製造に欠かせないEUV(極端紫外線)露光装置の内部では、光の吸収を防ぐためにヘリウムガスが充填されています。
さらに、ヘリウムは優れた熱伝導性を持つため、エッチングやイオン注入などのプロセス後にウェハーを急速冷却する用途にも使われます。半導体チップは高温にさらされると損傷するリスクがあり、ヘリウムによる冷却が品質維持に不可欠です。
加えて、配線工程ではヘリウムをキャリアガスとして使用する場面もあります。ヘリウムは化学的に不活性であるため、製造環境を汚染せずに安定した工程管理を可能にしています。
代替が極めて難しい希少資源
ヘリウムの特性は他のガスでは代替が困難です。ヘリウムは大気中の濃度がわずか約5ppmと極めて低く、大気からの分離抽出は経済的に成り立ちません。工業用ヘリウムは天然ガス田に含まれる微量成分を分離・精製して製造されるため、生産拠点は天然ガスプラントがある場所に限定されます。
世界のヘリウム供給を担う企業は約15社にとどまり、主要生産国は米国(シェア約55%)、カタール(約30%)、アルジェリア・ロシアなど(約15%)に集中しています。この供給構造の偏りが、地政学的リスクに対する脆弱性を生み出しています。
ホルムズ海峡封鎖がもたらす供給危機
カタールのヘリウム生産停止
2026年3月2日、カタールエナジーはラスラファン工業都市のLNG生産コンプレックスの操業を停止しました。ヘリウムはLNG精製の副産物として回収されるため、LNG生産の停止はヘリウム供給の途絶を意味します。
ホルムズ海峡の長期封鎖により、世界のヘリウム供給量の25%以上が市場から消失するとの試算があります。カタールは2013年に第2ヘリウムプラントを稼働させて以降、世界最大級のヘリウム供給国の一つとなっていただけに、その影響は甚大です。
韓国の半導体産業が直面するリスク
韓国はヘリウム輸入の64.7%をカタールに依存しています。韓国大統領府の金容範政策室長は「中東の状況は各国が共通して直面する危機だ」と述べ、関係省庁に対応を指示しました。
SKハイニックスをはじめとする韓国の半導体メーカーは、現時点では備蓄在庫により生産を維持しています。業界関係者によると、主要メーカーのヘリウム在庫は約6カ月分とされています。しかし、封鎖が長期化すれば在庫が枯渇し、生産ラインの稼働率低下は避けられません。
台湾のTSMCも同様のリスクに直面しています。現時点では生産への直接的な支障は報告されていないものの、アジア全体の半導体供給網に影響が波及する懸念が広がっています。
各国の対応と代替調達の可能性
米国・アルジェリアからの調達増加
カタールからの供給が途絶えた場合、最も有力な代替供給源は米国です。米国は世界最大のヘリウム生産国であり、テキサス州やワイオミング州の天然ガス田から安定的に生産しています。ただし、米国産ヘリウムは国内需要も大きく、アジア向けに大幅な供給増が可能かは不透明です。
アルジェリアも代替供給先として注目されていますが、生産規模はカタールには及びません。ロシアは2021年に新プラントを稼働させましたが、ウクライナ情勢に伴う制裁の影響もあり、安定的な供給パートナーとしての信頼性には課題が残ります。
新たな供給源の開発動向
長期的な視点では、新興の供給源にも期待が寄せられています。南アフリカのレナジェン社は、従来の天然ガス田とは異なるヘリウムガス田を発見しました。同社のガス田ではヘリウム濃度が平均3%と、カタール(平均0.04%)や米国(平均0.35%)を大幅に上回ります。ただし、商業生産の本格化にはまだ時間がかかる見通しです。
サプライチェーン多角化の動き
今回の危機を受けて、半導体メーカー各社は調達先の多角化を急いでいます。単一の供給国への過度な依存がリスクであることが改めて浮き彫りになりました。韓国政府も産業界と連携し、戦略物資としてのヘリウムの備蓄体制強化を検討しています。
サウジアラビアが紅海側のヤンブー港経由で原油の迂回輸出を開始したように、エネルギー・素材分野で海上輸送ルートの見直しも進められています。しかし、ヘリウムのような特殊ガスの輸送には専用設備が必要であり、短期間でのルート変更は容易ではありません。
注意点・展望
今回のヘリウム供給危機は、半導体産業が抱える「見えないリスク」を浮き彫りにしました。半導体チップそのものの供給だけでなく、その製造に必要な原材料の調達リスクにも注意を払う必要があります。
短期的には、各メーカーの備蓄在庫(約6カ月分)が緩衝材となり、即座に生産が停止する事態は避けられる見込みです。しかし、カタールエナジーはホルムズ海峡の安全が確保されるまでLNG生産を再開しない方針を示しており、紛争の長期化はメモリやロジック半導体の価格上昇につながる可能性があります。
中長期的には、ヘリウムの代替技術の開発や、新たな供給源の確保が産業全体の課題となります。ヘリウムは核融合炉や量子コンピュータなど次世代技術にも不可欠な資源であり、半導体産業だけでなく先端技術全般の発展にも関わる重要な問題です。
まとめ
ホルムズ海峡の封鎖は、原油市場への影響にとどまらず、半導体製造に不可欠なヘリウムの供給危機を引き起こしています。韓国のヘリウム輸入の約65%がカタールに依存しており、封鎖の長期化は半導体製造コストの上昇や供給の遅延につながりかねません。
当面は備蓄在庫が生産を支えますが、半導体メーカーや各国政府には調達先の多角化と戦略的備蓄の強化が求められます。今回の事態は、グローバルな半導体供給網が地政学リスクに対していかに脆弱であるかを改めて示しました。
参考資料:
- イラン危機は主要チップ製造材料の供給に支障をきたす可能性があると韓国が警告
- Aluminum, helium supply shortage weighs on Korean electronics industry - The Korea Times
- Strait of Hormuz blockade cuts 33% of global helium supply, threatening chipmakers
- The supply of helium for South Korea’s chip makers is now a big problem - PC Gamer
- Shipping disruptions spread beyond oil: Helium, sulfur, and semiconductors - Washington Examiner
- 中東情勢悪化に伴い、ホルムズ海峡の通過に影響 - ジェトロ
- 量子コン、核融合、半導体——先端技術の未来を握るヘリウム - MIT Technology Review
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