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by nicoxz

非上場株の相続評価見直しで問われる公平課税と事業承継の均衡

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はじめに

非上場株の相続税評価は、中小企業オーナーにとって最も実務的で、かつ最も難しい論点の一つです。上場株のような市場価格がないため、国税庁の財産評価基本通達に沿って株価を計算しますが、その計算式しだいで税額は大きく変わります。評価方法が複雑で選択肢も多いため、適法な節税と、制度趣旨を外れた評価引下げの境界が曖昧になりやすい分野でもあります。

今回の見直し論が重いのは、単なる増税論ではないからです。公平課税を徹底したい当局と、円滑な事業承継を妨げたくない政策目的が真正面からぶつかるテーマだからです。本記事では、現行ルールの仕組み、なぜ見直し圧力が高まったのか、どこが改正の焦点になりそうかを、公開資料に基づいて整理します。

現行ルールの骨格と評価額が動く仕組み

会社規模と株主属性で変わる三つの評価方式

国税庁のタックスアンサーによると、取引相場のない株式は、まず取得者が同族株主等か、それ以外の少数株主かで分かれます。同族株主等が取得した場合は原則的評価方式が使われ、会社規模に応じて大会社は類似業種比準方式、小会社は純資産価額方式、中会社は両者の併用方式となります。一方、同族株主以外の株主が取得した場合は、原則として配当還元方式が適用されます。

この三つの方式は、同じ会社でも評価額が大きく変わり得ます。税務大学校の研究論文でも、一般に純資産価額方式が最も高く、次いで類似業種比準方式、最後に配当還元方式の順で低くなりやすいと整理されています。つまり、節税の発想は大きく二つに分かれます。評価要素そのものを下げるか、より低く出やすい方式へ評価区分を移すかです。

特定会社区分と少数株主判定がもつ実務上の重み

現行制度が複雑なのは、単純に大会社、中会社、小会社だけでは終わらないためです。国税庁は、株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社など「特定の評価会社」に当たる場合、原則として純資産価額方式などで評価するとしています。資産保有型や不動産保有型の会社は、帳簿や利益の見え方に比べて実質的な資産価値が高くなりやすいため、通常の類似業種比準方式では過度に低く出るおそれがあるからです。

逆に言えば、節税スキームはこの判定の境目を狙いやすいということです。税務大学校の研究では、会社規模の変更、特定会社から一般会社への変更、同族株主等から少数株主等への変更が、代表的な評価引下げパターンとして整理されています。評価式そのものより、「どの式に乗せるか」で株価が大きく動くことが、現行ルールの最大の特徴です。

見直し圧力が高まった背景

会計検査院が示した制度上のゆがみ

見直し論を一気に前へ進めたのが、2024年11月の会計検査院の指摘です。同院は、令和2年、3年の相続税・贈与税申告から延べ1,785社を抽出し、評価の実態を点検しました。そのうち原則的評価方式等を適用していた案件では、評価明細書で要件確認が難しい会社や特定会社を除いた延べ640社の評価額が計186億5521万円余だったと公表しています。

そのうえで会計検査院は、類似業種比準方式の評価額が純資産価額方式に比べて相当程度低く算定されていること、特例的評価方式である配当還元方式の還元率が高いことを問題提起しました。これは、制度が本来想定したよりも株価を低く出しやすい可能性を、公的な検査機関が正面から示したという意味を持ちます。国税庁に対し「評価制度のあり方を様々な視点からより適切なものとなるよう検討することが肝要」と求めた点は、制度改正の直接的な圧力といえます。

裁判では総則6項による否認が安定しない現実

もう一つの圧力は、個別事案を総則6項で否認する運用の限界です。評価通達6項は、通達どおりの評価が「著しく不適当」と認められる場合に別の合理的方法で時価を求めるための規定で、近年は不動産や非上場株の租税回避事案で注目されてきました。しかし、非上場株については2024年1月の東京地裁判決、2024年8月の東京高裁判決、2025年1月の東京地裁判決と、納税者側勝訴が続いています。

PwCの解説によれば、2024年判決は最高裁2022年判決後、非上場株で総則6項の適用が認められなかった初めてのケースでした。2025年判決でも、特定の評価会社外しを巡る事案で国の更正処分が取り消されています。つまり当局から見ると、現行ルールの穴を個別訴訟で埋めるやり方は不安定です。であれば、評価通達そのものを見直して、低く出過ぎる構造を前もって塞ぐほうが制度運営として合理的になります。

改正の焦点になりそうな論点

類似業種比準方式と配当還元方式の再設計

最も可能性が高いのは、会計検査院が名指しした二つの論点の見直しです。第一は類似業種比準方式です。現行制度では、大会社ほどこの方式を使いやすく、企業実態に比べて株価が低く出る余地があると指摘されました。利益や純資産だけでなく、直近の実態や企業属性をより反映する補正が議論される可能性があります。

第二は配当還元方式です。これは少数株主向けの特例的評価方式ですが、還元率10%を前提に1年配当を元本化する仕組みのため、無配や低配当の会社では極端に低い評価になりやすい面があります。会計検査院が還元率の高さを問題視した以上、適用対象の絞り込みや還元率の再検討は十分あり得ます。ここが変われば、少数株主持分を使った評価圧縮の余地はかなり狭まります。

「時価」と乖離する場面への補強

税務大学校の論文では、近い時期に第三者との売買がある場合や、M&A交渉が具体化している場合に、通達評価額が実際の交換価値とずれる問題も論点として浮かびます。2024年の東京地裁事案も、被相続人が生前に株式売却交渉を進めていたケースでした。今後の見直しでは、一定の客観的取引価格が存在する場面をどう扱うかが焦点になる可能性があります。

また、株式保有会社や土地保有会社の判定逃れ、会社規模区分の調整、少数株主の作出といった「評価方式変更型」の節税に対して、より明確なアンチアボイダンスのルールを置く選択肢もあります。これは現時点では公開された改正案がないため推測を含みますが、近年の研究、検査、訴訟の流れを踏まえると、評価計算の細部だけでなく、区分判定そのものが改正対象になる可能性は高いです。

注意点・展望

注意したいのは、非上場株の評価厳格化が、そのまま中小企業政策と整合するとは限らないことです。国税庁のタックスアンサーでは、法人版事業承継税制の特例措置は令和9年12月31日までの制度とされ、一定要件の下で相続税の納税猶予や免除が認められています。制度の趣旨は、後継者の資金負担で事業承継が止まることを防ぐ点にあります。

したがって、見直しの成否は「厳しくするか」ではなく、「誰に厳しくするか」で決まります。余剰資産を抱えた資産管理会社や、評価引下げのための形式操作には厳しくしつつ、本業を担う中小企業の承継には過度な負担をかけない線引きが必要です。もし一律に株価が上がる方向へ改正されれば、承継税制の適用外企業や適用要件を満たせない企業に重い負担が出ます。2027年度税制改正で制度設計が詰まるなら、このバランスが最大の争点になります。

まとめ

非上場株の相続評価見直しは、単なる富裕層課税の話ではありません。現行制度は、会社規模、株主属性、特定会社区分の組み合わせで株価が大きく動くため、合法と租税回避の境目が曖昧になりやすい構造を抱えています。会計検査院は類似業種比準方式と配当還元方式の低評価問題を指摘し、裁判でも総則6項による個別否認が安定しない現実が見えてきました。

その結果、当局は「後から否認する」より「最初から低く出過ぎない制度に組み替える」方向へ動きやすくなっています。ただし、本当に必要なのは一律の締め付けではなく、事業承継を阻害しない精密な見直しです。今後の議論では、評価式の変更だけでなく、どの類型の会社や株主にどこまで新ルールを及ぼすのかを見極める必要があります。

参考資料:

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