JALがJR東日本と協業へ、対新幹線戦略を実利優先に転換
はじめに
2026年2月6日、日本航空(JAL)とJR東日本は「東日本エリアの地方創生に向けた連携強化」に関する協定を締結しました。航空と鉄道という長年のライバル同士が手を組むこの協業は、業界関係者に大きなインパクトを与えています。
JALにとって、定時性に優れた新幹線を擁するJR東日本は、全日本空輸(ANA)以上の宿敵とも言える存在でした。しかし国内線の経営環境が急速に悪化する中、特に東北路線は維持すら困難な状況に追い込まれています。JALは「意地の張り合い」を捨て、「協業による実利」を選ぶ戦略転換に踏み切りました。
国内線を襲う構造的な危機
航空6社が実質赤字に転落
JALとJR東日本の協業の背景には、日本の国内航空が直面する深刻な経営環境の悪化があります。国土交通省が2025年5月に開催した有識者会議で明らかになったのは、衝撃的な数字でした。
ANA、JAL、スカイマーク、エア・ドゥ、ソラシドエア、スターフライヤーの主要6社の国内線事業は、2024年度に実質的な営業赤字に転落しています。旅客数はコロナ前の水準まで回復しているにもかかわらず、営業損益はコロナの影響を受けていない2018年度を100とした場合、2024年度は-15.7まで落ち込みました。
表面上は黒字に見える会社もありますが、実は2024年度に航空業界全体で約290億円分の航空機燃料税や空港使用料の減免措置が適用されていたのです。この公的支援がなければ、多くの航空会社の国内線が赤字だったことになります。
コスト増と需要構造の変化
赤字の原因は複合的です。まず、円安の進行により燃油費や整備費などドル建てコストが大幅に上昇しています。次に、コロナ禍を契機としたリモートワークの定着により、ビジネス出張需要が構造的に減少しました。さらに、北陸新幹線の敦賀延伸(2024年3月)などにより、航空と鉄道の競合がさらに激化しています。
特に東北方面は、東北新幹線が東京から仙台まで最速約1時間30分、新青森まで約3時間で結んでおり、航空機の競争力が著しく低下しています。空港へのアクセス時間や搭乗手続きを考慮すると、所要時間で新幹線に太刀打ちできない路線が増えているのです。
JAL × JR東日本の協業の全容
「地域未来創生戦略」の始動
両社が締結した連携協定は、単なる部分的な業務提携ではなく、「地域未来創生戦略」と名付けられた包括的な取り組みです。観光、モビリティ、物流、地域産品など多分野にわたる協業を推進します。
人口減少が進む東日本エリアにおいて、航空と鉄道が共に旅客を奪い合うのではなく、地域全体のパイを拡大することを目指す発想の転換がなされています。
一体チケットで訪日客を地方へ
協業の目玉の一つが、鉄道と航空のチケット一体化です。主にインバウンド(訪日外国人)観光客を対象に、飛行機で日本に到着した後、そのまま新幹線で地方へ移動できるシームレスなチケットの開発を進めています。
現在、訪日客の多くは東京・大阪・京都などの大都市圏に集中しています。航空と新幹線を組み合わせた一体チケットにより、東北地方への訪日客の誘致を促進する狙いです。海外では鉄道と航空を組み合わせた「Air-Rail」サービスが普及している国もあり、日本での実現が期待されています。
「JAL de はこビュン」で物流革新
旅客だけでなく物流分野でも協業が始まっています。2026年1月13日に販売を開始した「JAL de はこビュン」は、JR東日本グループの列車荷物輸送サービス「はこビュン」とJALの国際航空貨物輸送を組み合わせた新サービスです。
新幹線の高頻度・定時性と航空便の長距離高速輸送を掛け合わせることで、輸送時間の大幅な短縮が実現します。例えば、仙台からシンガポールへの輸送は一般的な24時間超から約19時間に、新潟から香港へは30時間超から約18時間に短縮できます。東北の農産物や水産物など、鮮度が重要な地域産品の輸出拡大に大きく貢献する見込みです。
二地域居住の推進
さらにユニークな取り組みが「東日本、二地域暮らし(仮称)」の推進です。新幹線と航空を併用して移動負担を軽減し、都市と地方の二地域居住を促進する構想です。2027年度に予定されるJR東日本の「地方版Suica」との連携により、二地域居住者向けの限定サービスや地域割引の提供も検討されています。
注意点・今後の展望
競合から「共創」への転換が示す業界の行方
今回の協業は、航空と鉄道の関係が「競争」から「共創」へ変わりつつあることを象徴しています。しかし、この転換が順風満帆に進むかどうかには注意が必要です。
まず、チケット一体化には両社のシステム統合や運賃体系の調整など、技術的・制度的なハードルがあります。次に、JALのライバルであるANAも2019年からJR東日本とMaaS分野で連携しており、競合他社との差別化が課題になります。
国内線の構造改革は待ったなし
国土交通省は2026年春をめどに国内航空路線網の維持・拡充策を取りまとめる予定です。JALも機材の小型化や不採算路線の運休を進めつつ、国内線の営業利益率10%を目標に掲げています。
しかし公的な減免措置に依存した経営は持続可能ではありません。JR東日本との協業のように、異業種との連携によって新たな収益源を生み出すモデルが、国内航空の生き残り戦略の一つの解になるかもしれません。
まとめ
JALとJR東日本の協業は、「ライバルと手を組む」という大きな戦略転換を意味します。国内線の赤字体質が深刻化し、東北路線の維持すら危ぶまれる中、意地の張り合いを続ける余裕はもうありません。
チケット一体化による訪日客の地方誘致、「はこビュン」による物流革新、二地域居住の推進など、協業の具体的な取り組みは多岐にわたります。航空と鉄道が共に地域の価値を高める「共創」モデルが成功すれば、日本の交通業界全体の新たなロールモデルになる可能性があります。
参考資料:
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