日中関係悪化で百貨店に試練、インバウンド依存脱却への道
はじめに
2025年11月以降、日中関係の悪化が日本の百貨店業界を直撃しています。中国政府による訪日自粛要請を受け、主要百貨店各社の2025年12月〜2026年2月期の営業利益は前年同期比で約24%減少する見通しです。
この事態の発端となったのは、高市早苗首相による台湾有事に関する国会答弁でした。中国政府はこれに強く反発し、日本への渡航自粛を呼びかける異例の措置を発動しました。
本記事では、百貨店業界が直面する危機の全体像と、各社が模索する「脱中国依存」戦略について解説します。インバウンド消費に依存してきたビジネスモデルの転換点を迎えた百貨店業界の今後を展望します。
発端となった高市首相の台湾有事発言
国会答弁の内容と波紋
2025年11月7日、高市早苗首相は衆議院予算委員会において、台湾有事に関する重要な発言を行いました。中国が台湾に対して武力行使を行った場合、「日本の存立危機事態になり得る」との考えを示したのです。
この発言は、10月31日の日中首脳会談でわずか1週間前に「戦略的互恵関係の推進」を確認したばかりのタイミングでした。日本政府内からも「手の内を明かす発言だ」との批判が出たほか、前首相の石破茂氏も苦言を呈しました。
中国政府の激しい反応
中国政府は11月14日、国民に対して日本への渡航を控えるよう呼びかける通知を発出しました。外務省は「日本の指導者が台湾に関し露骨に挑発する発言をし、中国人の身体と生命の安全に重大なリスクをもたらしている」と主張しています。
さらに、中国政府は渡航自粛の呼びかけにとどまらず、日本産水産物の輸入停止や日本アニメの上映中止など、複数の制裁措置を次々と発動しました。専門家の間では、中国経済の厳しい状況を背景に、習近平政権が国内世論の目を逸らす狙いがあるとの分析もあります。
百貨店各社への影響と業績見通し
免税売上の急減
中国政府の渡航自粛要請は、百貨店業界に即座に影響を与えました。三井住友カードの調査によると、2025年11月の中国からの訪日客によるカード利用額は前年比8%減と、3カ月ぶりにマイナスに転じました。
2025年12月の国内主要百貨店6社の売上状況を見ると、国内客による売上は冬物衣料やクリスマス商戦で好調だった一方、免税売上は大幅に減少しました。前年実績を上回ったのは6社中3社にとどまっています。
各社の業績見通し
高島屋は2026年2月期の連結営業利益について、当初予想の580億円(前期比1%増)から500億円(同13%減)へと下方修正しました。5年ぶりの減益となる見通しです。中国人客を中心としたインバウンドの高額品消費の低迷が主な要因です。
三越伊勢丹ホールディングスの2026年3月期第2四半期決算では、百貨店業の売上高が前年同期比4.7%減、営業利益は同13.9%減と減収減益となりました。海外顧客売上の反動減が大きく響いています。
エイチ・ツー・オー リテイリング(阪急・阪神百貨店)では、関西国際空港の中国便減少の影響もあり、中国客の売上が約4割減と苦戦しています。
地域別の影響
大阪の黒門市場では、かつて多かった中国人団体客の姿がほぼ消えました。道頓堀では中国語の団体ツアー客は皆無となり、堺筋を占拠していた観光バスもなくなっています。
大阪市西成区で民泊を運営する事業者の例では、年内だけで600組、1000人以上の予約がキャンセルとなりました。中国からの観光客は全体の約半分を占めていたため、収益への影響は深刻です。
百貨店各社が模索する対応策
国内富裕層へのシフト
各百貨店は、中国人観光客への依存度を下げるため、国内富裕層の取り込みを強化しています。
三越伊勢丹は、特定顧客向けに自動車など店頭で取り扱っていない商品も扱うイベントを開催し、2025年2月には過去最高の売上を記録しました。都心部店舗では20〜30代の若い外商客が増えていることを受け、同年代の外商員の増員も進めています。
高島屋は外商やカード事業といった金融サービスで国内顧客の誘致に注力しています。決算説明会では、中国以外のインバウンド強化とともに、アジア各国で展開する現地店舗のVIP顧客を訪日時に送客する戦略を重視していると説明しています。
消費構造の変化を逆手に
興味深いのは、インバウンド減少がすべてマイナスではないという点です。高島屋では、免税売上高の減少により利益率の低いラグジュアリーブランドの売上比率が下がり、結果として商品利益率が向上するという効果も出ています。
都心旗艦店の売上高に占める外商シェアは20〜40%に達しており、富裕層ビジネスへの転換が進んでいます。コロナ禍を経て、消費の対象がより付加価値の高いモノやサービスにシフトしたことも、この流れを後押ししています。
2026年春節と今後の見通し
春節の予約動向に変化
2026年の春節(旧正月)は2月15日から23日までの9連休となります。注目すべきは、中国政府の渡航自粛要請にもかかわらず、ホテル予約は好調だという点です。
宿泊施設向け予約管理システムを手掛けるtriplaの調査によると、中国からの宿泊予約数は前年を6割上回っています。客室単価も2割前後の上昇が見込まれており、政府の呼びかけが「空砲」に終わったかのような状況です。
個人旅行へのシフト
この現象の背景には、中国人観光客の旅行形態が「団体ツアー」から「FIT(個人旅行)」へと完全に移行したことがあります。現在、訪日中国人の約9割が個人旅行客で、団体旅行客はわずか1割にとどまります。
中国政府の呼びかけは「自粛」にとどまり、個人の海外渡航を強制的に止めるものではありません。「政治とは関係なく予定通り日本に行きたい」という中国人旅行者も少なくないようです。
過去の事例との比較
2012年の尖閣諸島国有化に伴う日中関係悪化時には、中国人観光客が元の水準に戻るまでに1年以上を要しました。今回も長期化の懸念はありますが、当時とは異なり、日本のインバウンド市場は中国以外からの訪日客がコロナ前を大きく上回る伸びを見せています。
注意点・今後の展望
構造的なリスクの顕在化
今回の事態は、中国依存のインバウンドビジネスが抱える構造的なリスクを改めて浮き彫りにしました。政治状況によって一気に需要が消えるリスクがあることを、多くの事業者が痛感しています。
専門家からは「欧米などの長期滞在層、リピーター、文化・体験型観光といった質の高い観光へシフトすべき時期」との指摘が出ています。
百貨店業界の課題
少子高齢化で国内の購買層が減少する中、百貨店業界は若年層へのアプローチやインバウンド依存度の低減が求められています。各社はデジタルシフトの加速や新興市場への進出を通じて成長機会を模索しています。
かつてのように分厚い中間層によって百貨店が成長することは難しい状況であり、富裕層ビジネスへの転換は今後も続くと見られます。
まとめ
日中関係の悪化により、百貨店業界はインバウンド消費の急減という試練に直面しています。2025年12月〜2026年2月期は約24%の減益が予想されており、影響の長期化も懸念されています。
一方で、各社は国内富裕層の取り込み強化や中国以外のインバウンド開拓を進めており、この危機を契機とした事業構造の転換が進んでいます。政治リスクに左右されにくい多角的な収益基盤の構築が、今後の百貨店業界の持続的成長の鍵となります。
消費者としては、百貨店各社のサービス品質向上や新たな顧客体験の提供に期待しつつ、日中関係の動向にも注目していく必要があります。
参考資料:
- 渡航自粛要請を受けて中国の訪日観光客数の増加ペースは11月に大きく鈍化 - 野村総研
- 日中関係が本格悪化なら訪日消費額は3年で2.3兆円減少も - 日本総研
- 訪日中国人のカード利用額11月8%減 百貨店の免税売上高も減少 - 日本経済新聞
- 中国インバウンド急減で関西観光に打撃、春節に懸念 - Bloomberg
- 国内主要百貨店 25年12月度売上 - FASHIONSNAP
- 高市早苗による台湾有事発言 - Wikipedia
- 中国、日本への渡航回避を通知 - 時事ドットコム
- 国内ホテル予約、26年春節は中国発57%増 - 日本経済新聞
- 日中関係に翻弄される2026年の春節旅行需要 - SOMPOインスティチュート・プラス
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