日本企業のレアアース脱中国依存戦略と最新動向
はじめに
レアアース(希土類元素)は、スマートフォン、電気自動車(EV)、風力発電機など、現代の先端産業に不可欠な素材です。しかし、日本はレアアース需要のほぼ100%を輸入に依存しており、その約7割を中国から調達しています。2010年の尖閣諸島問題を巡る中国の輸出規制、そして2026年1月に発動された新たな対日輸出規制は、日本企業に脱中国依存の必要性を改めて突きつけました。
本記事では、日本企業が進めるレアアース調達先の多様化、レアアースフリー技術の開発、国内資源開発など、多角的な取り組みの最新動向を詳しく解説します。これらの戦略は、日本の産業競争力を維持するための重要な鍵となっています。
日本のレアアース依存の現状と課題
依存度の推移と現状
日本のレアアース輸入における中国依存度は、2010年の約90%から2024年には約60%まで低下しましたが、依然として7割が中国からの輸入という高い依存状態が続いています。この数字は、過去15年間の努力にもかかわらず、依存度の大幅な改善が容易でないことを示しています。
特に深刻なのは重希土類(ジスプロシウム、テルビウムなど)です。これらはEV用モーターに使用されるネオジム磁石の補助材料として不可欠であり、その供給のほぼ100%を中国に依存しています。重希土類は中国南部に偏在しており、代替調達先の確保が極めて困難な状況です。
2026年の新たな輸出規制
2026年1月6日、中国商務部は軍民両用(デュアルユース)品目の対日輸出を即日禁止する措置を発表しました。これは日本の防衛政策強化に対する牽制措置と分析されています。レアアース輸出規制が3カ月続くと仮定した場合、生産減少額は6,600億円程度で、年間の名目・実質GDPを0.11%押し下げると試算されています。1年間続けば2.6兆円程度の経済損失が見込まれます。
特に影響を受ける産業は、自動車産業、電子部品、風力発電、医療機器(MRI)、航空宇宙の5分野です。これらの分野は日本の輸出競争力の根幹をなしており、レアアース供給の途絶は日本経済全体に深刻な打撃を与える可能性があります。
調達先多様化の取り組み
JX金属のオーストラリア戦略
JX金属は2025年6月9日、オーストラリアのニューサウスウェールズ州に位置する鉱床の開発プロジェクトについて、権益の5%を取得する契約を締結しました。段階的に計2,000万豪ドル(約18億5,000万円)を拠出し、2030年頃に採掘が本格化する見通しです。
この鉱床からは、ジルコン、モナザイト、イルメナイト、ルチルなどの鉱物が獲得できます。特にモナザイトはレアアースを含む鉱物であり、JX金属グループの半導体材料の製造・開発に使用されます。比較的少ない投資規模でサプライチェーンを強化できることや、鉱床が航路などの輸送インフラが整備されている豪南東部に位置していることが、今回の契約締結の決め手となりました。
オーストラリア・ライナス社との連携
日本は、世界最大の非中国系レアアース供給企業であるオーストラリアのライナス社(Lynas Rare Earths)との連携を強化しています。2010年の中国による輸出規制後、日本政府と企業はライナス社のマレーシアにある先進材料プラント(Lynas Advanced Materials Plant)の建設資金を支援しました。
この戦略的パートナーシップにより、日本はオーストラリア産レアアースへのアクセスを確保し、中国依存度を90%から60〜70%に低減することに成功しました。ライナス社は2024年に13,000メトリックトンのレアアースを生産し、中国以外では最大の生産者となっています。
ベトナムとの協力
ベトナムは世界第6位のレアアース埋蔵量を誇り、2030年までに年間200万メトリックトンのレアアース抽出・処理を目標に掲げています。日本はベトナムとレアアース抽出・処理技術の向上に関する共同イニシアチブを展開しており、将来的な供給源の一つとして期待されています。
ただし、2023年10月に発覚した汚職事件により業界トップ幹部が逮捕され、開発計画に遅れが生じているのが現状です。それでも、オーストラリアのEQリソーシズ社がベトナムのパートナー企業に全生産物を送るなど、ベトナムは徐々に重要な処理拠点としての地位を確立しつつあります。
レアアースフリー技術の開発
プロテリアルの重希土類フリーネオジム磁石
プロテリアル(旧日立金属)は、重希土類を全く使用せず、EVの駆動用モーターにも使用可能な高性能重希土類フリーネオジム焼結磁石を開発しました。
NMX-F1SH-HF材は、電動パワーステアリングやコンプレッサー等に加え、駆動用モーターにも使用可能なBr=1.40T、HcJ≧1,671kA/mの磁気特性を有し、既に量産工場での試作サンプルの提供を始めています。
NMX-G1NH-HF材は、高トルク・高耐熱が必要な駆動用モーターにも使える重希土類フリー材であり、100℃以上の環境において使用できるBr=1.42T、HcJ≧1,830kA/mの磁気特性を研究所設備にて達成しました。
これらの技術は、中国に偏在する重希土類(ジスプロシウムやテルビウム)への依存を大幅に軽減する可能性を秘めています。
フェライト磁石によるEVモーター
プロテリアルは、レアアースを一切使用しないフェライト磁石を使ったEV駆動用モーターも試作しています。フェライト磁石は鉄(Fe)とストロンチウム(Sr)、あるいは鉄とバリウム(Ba)を含む複合酸化物で構成された磁石で、レアアースを全く必要としません。
同社が開発したNMF™15フェライト磁石は、フェライト磁石の中で世界最高レベルの磁気特性を持ち、駆動用モーターで約100kWの最高出力を得られることを確認しました。自動車メーカーやモーターメーカーに提案を進め、2030年代前半に駆動用モーターで実用化することを目指しています。
その他の代替技術開発
デンソーは、レアアースを一切使わず鉄とニッケルのみで構成される「鉄ニッケル(FeNi)超格子磁石」の研究開発を進めています。
大同特殊鋼は、自動車メーカー「ホンダ」と共同で「重希土類完全フリーの熱間加工ネオジム磁石」を開発・実用化しました。
これらの技術は、2008年から2015年にかけてNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による「希少金属代替省エネ材料開発プロジェクト」において委託および助成事業として研究開発が実施され、2021年時点で7件が製品化されています。
課題と展望
レアアースフリー技術の多くはまだ研究段階にあり、完全な商業化の目途は立っていません。特に性能面では、ネオジム磁石と同等の性能を達成することが依然として課題となっています。しかし、日本のモノづくりの国際競争力を高めるためには、これらの取り組みを加速させることが不可欠です。
国内資源開発とリサイクル
南鳥島海底のレアアース泥
南鳥島周辺の海底には、世界需要数百年分のレアアース泥が存在することが確認されています。2026年1月11日には、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球深部探査船「ちきゅう」による世界初の深海採掘が開始されました。
この試験的な掘削は、商業化に向けた重要なステップですが、実際の商業化は2028年以降になる見込みです。深海採掘には技術的なハードルが高く、コスト面でも課題が残されています。それでも、国内資源として期待される南鳥島のレアアース泥は、将来的な供給源の多様化に大きく貢献する可能性があります。
リサイクル技術の進展
JX金属と三菱商事は、都市鉱山(使用済み電子機器など)から銅やレアメタルを回収する技術開発を進めています。使用済み製品からのレアアース回収技術は、新規採掘に比べて環境負荷が低く、持続可能な資源循環の実現に貢献します。
NEDOは「部素材からのレアアース分離精製技術開発事業」を推進しており、リサイクル技術の実用化を支援しています。こうした取り組みは、限られた資源の有効活用と供給リスクの低減を同時に実現する重要な戦略です。
国家備蓄の強化
日本政府は、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じてレアアースの戦略備蓄を拡充してきました。国家備蓄は、供給途絶時の短期的なバッファとして機能し、企業が代替調達先を確保するための時間的余裕を提供します。
2010年の中国輸出規制の経験を踏まえ、日本は特に重希土類の備蓄を強化しています。ただし、備蓄はあくまで一時的な対策であり、根本的な解決には調達先の多様化と代替技術の開発が不可欠です。
注意点と今後の展望
サプライチェーン全体の課題
レアアースのサプライチェーンには、採掘、分離精製、加工という複数の段階があります。中国の支配力は採掘段階以上に、分離精製段階で顕著です。世界の分離精製能力の約91%を中国が占めており、マレーシアが遠い第2位という状況です。
日本企業が鉱山権益を取得しても、分離精製を中国に依存している限り、真の意味での脱中国依存は達成できません。この課題を解決するため、オーストラリア、米国、日本などは国内での分離精製能力の構築を急いでいます。
技術開発の時間軸
レアアースフリー技術の多くは2030年代前半の実用化を目指していますが、それまでの期間は既存のネオジム磁石に依存せざるを得ません。この移行期間における供給安定性の確保が、日本企業にとって最大の課題です。
地政学リスクの高まり
米中対立の激化、台湾問題、南シナ海の緊張など、地政学リスクは高まる一方です。レアアースは戦略物資として政治的な武器に使われる可能性が高く、日本は単一の供給源に依存しないリスク分散戦略を継続する必要があります。
まとめ
日本企業のレアアース脱中国依存戦略は、2010年の輸出規制を契機に着実に進展しています。JX金属によるオーストラリア鉱床への投資、ライナス社との戦略的パートナーシップ、プロテリアルの重希土類フリー磁石開発など、多角的な取り組みが展開されています。
しかし、中国依存度は依然として7割に達しており、特に分離精製段階での依存は91%と極めて高い水準です。真の意味での供給安定性を確保するには、調達先の多様化、代替技術の開発、国内資源開発、リサイクル技術の確立、国家備蓄の強化を総合的に推進する必要があります。
2030年代に向けて、日本はレアアースフリー技術の実用化、南鳥島海底資源の商業化、海外鉱山からの本格的な調達開始など、複数のマイルストーンを控えています。これらの取り組みが成功すれば、日本は資源小国という制約を技術力で克服し、持続可能な産業競争力を維持できるでしょう。
参考資料:
- 中国が日本にレアアース輸出規制を導入した場合の経済損失 | 野村総合研究所
- 中国の対日レアアース輸出規制 | 日本エネルギー経済研究所
- How Japan Quietly Built a Rare Earth Lifeline Beyond China | Quest Metals
- 豪州ミネラルサンド鉱床開発プロジェクト参画に向けた契約締結について | JX金属
- EV駆動モーター用高性能重希土類フリーネオジム焼結磁石を開発 | プロテリアル
- レアアースフリーモーターの開発動向 | アドバンスドテクノロジーX
- Breaking China’s Grip On Rare-Earth Elements | Global Finance Magazine
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