日本のレアアース備蓄は半年分?中国依存のリスクと対策
はじめに
2026年1月、中国が日本向けの軍民両用品に対する輸出規制を強化し、レアアース(希土類)が対象に含まれる可能性が指摘されています。レアアースはEV用モーターや医療機器など先端産業に不可欠な戦略物資です。
日本政府はレアアースの備蓄を進めてきましたが、専門家によれば現在の備蓄量は「半年から1年分程度」とみられています。中国が長期にわたる輸出規制を実施した場合、日本経済への影響は避けられません。
この記事では、日本のレアアース備蓄の実態、中国依存のリスク、そして政府・産業界が進める対策について詳しく解説します。
レアアースとは何か
産業に欠かせない17元素
レアアース(希土類)とは、スカンジウム、イットリウム、およびランタノイド15元素の合計17元素の総称です。「レア(希少)」という名称ですが、地殻中の存在量自体は決して少なくありません。しかし、経済的に採掘できる鉱床が世界的に偏在しているため、供給面での希少性が問題となっています。
レアアースは以下のような用途で使用されています。
- ネオジム磁石: EV用モーター、風力発電機、ハードディスク
- 蛍光体: LED照明、液晶ディスプレイ
- 触媒: 自動車排ガス浄化、石油精製
- 光学ガラス: カメラレンズ、光ファイバー
- 医療機器: MRI装置、レーザー治療器
中国への依存度
日本が輸入するレアアースの中国依存度は、2010年の尖閣諸島問題時には約90%に達していました。その後の分散化努力により、現在は約60%まで低下しています。
しかし、EV用モーターに使用されるネオジム磁石の性能を高めるジスプロシウムやテルビウムといった重希土類については、依然としてほぼ100%を中国に依存しています。これらの元素は中国南部の特定地域でしか産出されず、代替調達が極めて困難な状況です。
日本の備蓄体制
JOGMECによる国家備蓄
日本政府は、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じてレアメタル・レアアースの国家備蓄を実施しています。
備蓄制度の概要は以下の通りです。
- 備蓄目標: 国内基準消費量の60日分(一部鉱種は30日分)
- 対象鉱種: レアアースを含む34鉱種
- 備蓄形態: 国家備蓄42日分+民間備蓄18日分
この60日という目標は、1986年に鉱業審議会で設定されたものです。当時と現在では産業構造やリスク環境が大きく変化しており、見直しの議論が進められています。
実際の備蓄量は「半年から1年分」か
野村證券の岡崎康平チーフ・マーケット・エコノミストによれば、日本のレアアース備蓄量は「半年から1年分程度」ではないかと推測されています。政府は安全保障上の理由から正確な備蓄量を公表していませんが、民間備蓄や企業の在庫を含めると、公式目標の60日分を上回る備蓄が存在するとみられています。
ただし、この備蓄量で長期の供給途絶に対応できるかは不透明です。中国が1年間の輸出規制を実施した場合、日本産業への損失は約2兆6,000億円に達するとの野村総合研究所の試算もあります。
中国の輸出規制強化
2026年1月の規制発動
中国商務省は2026年1月6日、日本向けの軍民両用(デュアルユース)品の輸出規制強化を発表しました。防衛目的で使用される可能性のある全ての物品が対象とされ、即時発効となりました。
この規制は、高市早苗首相の台湾有事に関する国会答弁を念頭に置いた経済圧力とみられています。具体的にレアアースが対象に含まれるかは明示されていませんが、複数の専門家やメディアがレアアース規制の可能性を指摘しています。
過去の輸出規制との比較
中国によるレアアース輸出規制は今回が初めてではありません。2010年の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の際にも、中国は日本向けレアアース輸出を事実上停止しました。
当時の「レアアースショック」は日本産業に大きな打撃を与え、以下のような対策が加速するきっかけとなりました。
- 調達先の多様化(オーストラリア、ベトナム、ミャンマーなど)
- 使用量削減技術の開発
- リサイクル技術の向上
- 代替材料の研究開発
しかし、10年以上が経過した現在も、重希土類については中国依存から脱却できていないのが実情です。
経済損失の試算
短期・長期のシナリオ
野村総合研究所の試算によれば、中国がレアアース輸出を規制した場合の経済損失は以下の通りです。
| 規制期間 | 推定損失額 |
|---|---|
| 3カ月間 | 約6,600億円 |
| 1年間 | 約2兆6,000億円 |
この損失は、自動車、電子機器、医療機器など幅広い産業に波及します。特にEV関連産業への影響は深刻で、ネオジム磁石が調達できなければ、電気自動車やハイブリッド車の生産が停滞する可能性があります。
影響を受ける主要産業
レアアース供給途絶で特に影響を受ける産業は以下の通りです。
自動車産業: EVモーター、HVシステム、各種センサーにレアアースが使用されています。日本の自動車生産の相当部分が影響を受ける可能性があります。
電子機器産業: スマートフォン、パソコン、テレビなどの電子機器にもレアアースは不可欠です。
医療機器産業: MRI装置やCTスキャナーなどにもレアアースが使用されており、医療現場への影響も懸念されます。
風力発電産業: 洋上風力発電の発電機にはネオジム磁石が使用されており、再生可能エネルギー政策にも影響が及びます。
日本の対策
短期的対策:備蓄活用と代替調達
供給途絶が発生した場合の短期的対策として、以下が想定されています。
国家備蓄の放出: JOGMECが保有する備蓄を産業界に放出し、当面の需要を賄います。
代替調達ルートの確保: オーストラリア、ベトナム、マレーシアなど、中国以外からの調達を拡大します。ただし、これらの国からの調達量には限界があり、完全な代替は困難です。
在庫の融通: 産業界全体で在庫情報を共有し、優先度の高い用途に振り向ける仕組みの構築が検討されています。
中期的対策:リサイクル技術の実用化
使用済み製品からレアアースを回収するリサイクル技術の実用化も進んでいます。
都市鉱山の活用: 廃棄されたスマートフォン、パソコン、ハイブリッド車のモーターなどには、相当量のレアアースが含まれています。これらを効率的に回収・精製する技術開発が進められています。
回収コストの課題: 現時点では、リサイクルによるレアアース回収は新規採掘に比べてコストが高く、経済性の改善が課題となっています。
長期的対策:国産資源開発
日本近海には、将来の国産レアアース供給源として期待される資源が存在します。
南鳥島沖レアアース泥: 南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)の海底には、国内需要の数百年分に相当するレアアース泥の埋蔵が確認されています。2026年1月11日には、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球深部探査船「ちきゅう」が清水港を出港し、世界初となる深海レアアース泥の試掘を開始しました。
この南鳥島沖のレアアース泥には、いくつかの優位性があります。
- 放射性物質の含有量が低い可能性(処理コスト面で有利)
- 日本のEEZ内であり、地政学リスクが低い
- 重希土類も含む可能性
ただし、水深5,000〜6,000メートルの深海からの採掘には技術的・経済的な課題が多く、商業化には時間を要する見通しです。
注意点・展望
リスクの過小評価に注意
備蓄があるからといって、レアアース供給リスクを過小評価することは危険です。以下の点に注意が必要です。
備蓄量の限界: 半年から1年分の備蓄は、あくまで短期的な供給途絶に対するバッファです。長期にわたる規制には対応できません。
重希土類の脆弱性: ジスプロシウムやテルビウムといった重希土類は、中国以外からの調達が極めて困難です。これらの備蓄状況は特に重要です。
グローバルな争奪戦: レアアースを巡っては、日本だけでなく米国や欧州も調達確保に動いています。供給が逼迫した場合、価格高騰や調達競争が激化する可能性があります。
今後の展望
中国との関係改善が見込めない中、日本はレアアースの安定確保に向けた取り組みを加速させる必要があります。
多角的なアプローチ: 調達先の多様化、使用量削減、リサイクル、国産資源開発といった複数の対策を同時並行で進めることが重要です。
国際連携の強化: 米国、オーストラリア、カナダなど同志国との連携により、中国に依存しないサプライチェーンの構築が進められています。
技術革新への期待: レアアースを使用しない、あるいは使用量を大幅に削減する代替技術の開発も長期的な解決策として期待されています。
まとめ
日本のレアアース備蓄は「半年から1年分程度」とみられていますが、中国の長期的な輸出規制には対応が困難です。特に重希土類については依然として中国への依存度が高く、経済安全保障上の脆弱性が残っています。
政府・産業界は、備蓄の拡充、調達先の多様化、リサイクル技術の実用化、南鳥島沖の国産資源開発など、多角的な対策を進めています。しかし、これらの取り組みが実を結ぶには時間がかかります。
レアアース問題は、日本の産業競争力と経済安全保障に直結する重要課題です。今後の動向を注視しつつ、官民一体となった対策の加速が求められています。
参考資料:
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