「有事の円買い」消滅、中東緊迫で進む2022年型円安とは
はじめに
中東情勢の急激な緊迫化を受けて、外国為替市場で円安が進行しています。2026年3月に入り、円は1ドル157円台まで下落しました。注目すべきは、地政学リスクが高まっているにもかかわらず「有事の円買い」が起きていない点です。市場関係者の間では、2022年のロシアによるウクライナ侵攻時と同じパターン、いわゆる「2022年型円安」が再現しつつあるとの見方が広がっています。日本円の「安全資産」としての地位に何が起きているのでしょうか。
「有事の円買い」はなぜ消えたのか
かつての常識が覆った背景
かつて地政学リスクが高まると、投資家はリスク回避のために円を買う傾向がありました。日本が世界最大の対外純資産国であり、経常黒字を継続していたことが、円の「安全通貨」としての信頼を支えていました。しかし、この構図は2022年を境に大きく変わりました。
最大の要因は、日本の貿易収支の構造変化です。2022年、日本の貿易赤字は19.97兆円と過去最大を記録しました。ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の高騰が、円安と相まって輸入額を押し上げた結果です。国際商品取引はドル建てで行われるため、エネルギー価格が上がればドルの需要が増加し、円売り圧力が強まります。
「有事のドル買い」という新構造
現在の為替市場では、地政学リスクが高まると「有事のドル買い」が優先されます。ドルは世界最大の軍事力を持つ米国の通貨であり、国際決済における流動性も円を大きく上回ります。ユーロやポーランドズロチなど複数の通貨に対して広範なドル買いが進む中で、円も例外ではありません。
今回の中東危機でも、米国とイスラエルによるイラン攻撃を受けてリスク回避のドル買いが進み、同時に原油価格の高騰が日本の貿易赤字拡大懸念を呼んで円売りが加速するという、二重の円安圧力が働いています。
2022年型円安の再現
ウクライナ危機との類似点
2022年にロシアがウクライナに侵攻した際、円は急激に下落し、同年10月には1ドル151円台まで円安が進みました。今回の中東危機との類似点は明確です。
第一に、エネルギー価格の高騰です。ホルムズ海峡の封鎖により原油価格が急騰しており、原油価格が130ドルまで上昇する最悪のシナリオでは、日本の実質GDPを1年目に0.58%、2年目に0.96%押し下げるとの試算があります。第二に、地政学リスクによるドル買いです。有事における資金の逃避先として、円ではなくドルが選ばれています。
日本市場の「トリプル安」懸念
2026年3月2日の日本市場では、株式・債券・円がそろって売られる「トリプル安」の様相を呈しました。日経平均株価は3%超の下落となり、円は157円台に下落、債券市場でもインフレ懸念から先物が下落しました。
この「トリプル安」は、日本経済の脆弱性を如実に示しています。エネルギー自給率が低く、中東への原油依存度が約94%に達する日本は、ホルムズ海峡の封鎖によるエネルギー価格高騰の影響を最も受けやすい先進国の一つです。原油高はインフレを加速させ、日銀の金融政策にも影響を与える可能性があります。
注意点・展望
円安の長期化リスク
現在の円安は一時的なパニック売りではなく、日本経済の構造的な問題を反映している点に注意が必要です。日本の貿易赤字体質が定着し、国内の製造業が空洞化した結果、かつてのような「有事に円が買われる」メカニズムが機能しなくなっています。
中東情勢が長期化すれば、2022年のような1ドル150円超えの円安が常態化する可能性があります。為替ディーラーの間では「ホルムズ海峡の封鎖で原油高が懸念される中、積極的に円を買い進める雰囲気ではない」との声が聞かれます。
個人への影響
円安の進行は輸入物価の上昇を通じて、食料品やエネルギーの価格上昇として家計に直結します。すでにガソリン価格や電気代の高騰が見込まれており、インフレの再燃が現実味を帯びています。外貨建て資産の保有がリスク分散として注目される一方、為替変動リスクも大きいため、慎重な判断が求められます。
まとめ
中東情勢の緊迫化は、「有事の円買い」という為替の常識がすでに過去のものであることを改めて証明しています。エネルギー価格の高騰と貿易赤字の拡大が円売り圧力を生む「2022年型円安」の構造が再現されており、日本の為替市場は新たな常態に入りつつあります。エネルギー自給率の低さや中東依存度の高さといった構造的課題を抱える日本にとって、今回の危機は短期的な為替変動にとどまらない重い問いを突きつけています。
参考資料:
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