サックス経営破綻が示す米高級百貨店の構造的危機
はじめに
2026年1月14日、米高級百貨店「サックス・フィフス・アベニュー」を傘下に持つサックス・グローバルが連邦破産法第11章(チャプター11)の適用を申請しました。1924年にニューヨーク5番街で創業し、ファッションと文化の発信地として100年以上の歴史を持つ老舗の破綻は、米国小売業界に大きな衝撃を与えています。
この経営破綻の背景には、2024年末に完了したニーマンマーカスの買収による巨額負債、高級ブランドの直販戦略へのシフト、そして消費のオンライン化という複合的な要因があります。本記事では、サックス破綻の経緯と要因を分析し、高級百貨店業界全体が直面する構造的課題について解説します。
サックス破綻の直接的要因:ニーマンマーカス買収の重荷
27億ドル買収がもたらした負債地獄
サックス・グローバルの経営破綻を決定づけたのは、2024年12月に完了した競合ニーマンマーカスの27億ドル(約4,000億円)買収です。この買収により、サックス・フィフス・アベニュー、ニーマンマーカス、バーグドルフ・グッドマンという米国を代表する高級百貨店3社が一つの企業グループに統合されました。
買収にはアマゾンやセールスフォースといったテック大手も投資家として参加し、コスト構造の改善と交渉力強化による「高級百貨店の帝国」構築が期待されていました。しかし現実は厳しく、買収に伴う負債が経営を圧迫し続けました。
資金繰り悪化と取引先への未払い
買収完了後、サックス・グローバルは急速に資金繰りが悪化しました。2025年第2四半期の売上高は16億ドルと、前年同期の20億ドル超から13%以上減少。取引先への支払いが滞り、一部のサプライヤーは商品の出荷を停止しました。
この結果、主要店舗の棚には商品が不足する事態が発生。顧客離れを招き、さらなる売上減少という悪循環に陥りました。小売アナリストのニール・サウンダース氏は「サックス・グローバルは日々の事業運営を損なうほど財務的に危険な状態に自らを追い込んだ」と指摘しています。
12月の利払い不履行から破綻へ
2025年12月、サックス・グローバルは1億ドルの利払いを履行できず、債務不履行に陥りました。これが引き金となり、翌月の破産申請に至りました。破産申請に先立ち、同社は債権者グループから17.5億ドルの新規融資を確保。うち10億ドルはチャプター11手続き中の運営資金として、残り5億ドルは再建後の事業資金として活用される予定です。
高級ブランドとの力関係の変化
直販戦略を強化するラグジュアリーブランド
サックス破綻の背景には、高級ブランドと百貨店の力関係が大きく変化したという構造的要因があります。LVMHやケリングといった巨大コングロマリットは、垂直統合戦略を推進し、デザインから製造、流通、小売までを自社でコントロールする体制を強化しています。
これらのブランドは自社の旗艦店やECサイトを通じた直販を拡大し、百貨店への依存度を下げています。2019年時点で、LVMH、ケリング、リシュモン、エルメス、シャネルの5社が高級品市場(2,810億ユーロ規模)の約40%を占めており、この傾向はさらに加速しています。
百貨店に残された選択肢の限界
高級ブランドが直販を強化する理由は明確です。直販であれば、ブランドイメージの管理、顧客データの取得、利益率の向上が可能になります。百貨店は「体験の不足」を指摘されることが増え、単なる商品の陳列場所ではブランドにとっての価値が低下しています。
サックス破綻時の債権者リストを見ると、シャネルが約1億3,600万ドル、ケリング(グッチ親会社)が約6,000万ドルの未払い債権を抱えていました。これは皮肉にも、高級ブランドがいかに百貨店チャネルに商品を供給していたかを示すと同時に、そのリスクの大きさも浮き彫りにしています。
オンライン化の波と百貨店の苦境
ECの台頭がもたらした構造変化
米国百貨店業界は2017年頃からEコマースの台頭により大きな影響を受けてきました。衣料品、アクセサリー、靴、化粧品といった百貨店の主力商品カテゴリーが、オンラインショッピングに侵食されています。
IBISWorldの分析によると、米国百貨店業界の売上高は過去5年間で年率0.8%の成長にとどまり、2026年には推定2,241億ドルに達する見込みですが、近年はアマゾンをはじめとするオンライン小売業者の台頭により売上を失っています。
ニューヨークでも進む小売店舗の減少
ニューヨーク市内でもチェーン店舗の減少傾向が続いています。消費者がファストファッションやディスカウントチェーンを好む傾向が強まり、従来の百貨店が価格競争で不利な立場に置かれています。
デロイトの2026年小売業界見通しでは、AI関連企業が成長する一方、消費者の購買力低下により専門小売業者が苦戦すると予測されています。ムーディーズは2026年の実質個人消費支出の伸びが約1.5%にとどまると見込んでおり、2023〜2024年の年率2.5〜3%成長から大幅に減速する見通しです。
米百貨店業界全体の危機
相次ぐ店舗閉鎖と経営再編
サックスの破綻は孤立した事例ではありません。メイシーズは「Bold New Chapter」再建計画の一環として、2024年から2026年にかけて最大150店舗の閉鎖を進めています。2025年には66店舗を閉鎖し、2026年にはさらに14店舗を閉鎖予定です。JCペニーも2025年に約8店舗を閉鎖、ノードストロームも複数店舗を閉鎖しました。
Business of Fashion・マッキンゼーの調査によると、ファッション業界幹部の46%が2026年の業界環境悪化を予想しており、2025年の39%から上昇しています。関税問題が小売業者にとって最大の課題になるとの見方も広がっています。
「K字型経済」と小売業の二極化
PitchBookの2026年見通しでは、米国経済は「K字型」の回復を示すと予測されています。AI関連企業など一部は成長を続ける一方、消費者の購買力低下に直面する企業は苦戦を強いられるという二極化です。
高級百貨店は、高所得層向けビジネスでありながら、オンライン化や直販シフトの影響を避けられず、中途半端なポジションに追い込まれています。富裕層はブランド直営店や高級モールでの買い物を好み、価格重視の消費者はオンラインやディスカウントストアに流れるという状況です。
今後の展望と注意点
サックスの再建シナリオ
チャプター11申請後もサックス・フィフス・アベニュー、ニーマンマーカス、バーグドルフ・グッドマンなど全店舗は営業を継続しています。新CEOに就任したジョフロワ・ヴァン・ラームドンク氏(元ニーマンマーカスCEO)のもと、再建が進められる予定です。
ただし、構造的な課題が解決されない限り、再建後も厳しい競争環境が続くことは避けられません。店舗網の縮小、オンライン事業の強化、独自体験の提供強化が求められます。
日本への示唆
米国高級百貨店の苦境は、日本の百貨店業界にとっても他人事ではありません。インバウンド需要に支えられている面はあるものの、オンライン化の波や高級ブランドの直販戦略強化は世界共通のトレンドです。独自の価値提案と体験提供ができなければ、同様の運命をたどる可能性があります。
まとめ
サックス・フィフス・アベニューの経営破綻は、単なる一企業の失敗ではなく、高級百貨店ビジネスモデルの限界を象徴する出来事です。ニーマンマーカス買収による過剰負債が直接の引き金となりましたが、その背景には高級ブランドの直販シフト、消費のオンライン化、百貨店の体験価値低下という構造的な問題があります。
1924年にニューヨーク5番街で開業し、ファッションと文化の発信地として君臨してきたサックス。その破綻は、小売業界における時代の変化を如実に示しています。今後、百貨店が生き残るためには、単なる商品販売の場から脱却し、ブランドやオンラインでは得られない独自の価値を提供できるかが問われることになります。
参考資料:
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