三井住友FGが米ネット銀行から撤退、金利競争で収益悪化
はじめに
三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)が、2023年に米国で立ち上げたネット銀行「ジーニアス・バンク(Jenius Bank)」の事業から撤退することが明らかになりました。米国の銀行との金利競争が激化し、当初の期待ほど収益が高まらないと判断したためです。
日本のメガバンクにとって、米国市場は成長が期待できる重要な市場です。しかし、デジタルバンク事業での収益化は容易ではないことが改めて浮き彫りになりました。本記事では、ジーニアス・バンク撤退の背景と、三井住友FGの今後の海外戦略について解説します。
ジーニアス・バンクとは
2023年に米国で設立
ジーニアス・バンクは、三井住友フィナンシャルグループの傘下でカリフォルニア州ロサンゼルスに本社を置くマニュファクチャラーズ銀行(SMBC Manubank)が2023年に新部門として設立したデジタル銀行です。
従来型の店舗を持たず、スマートフォンアプリやウェブサイトを通じて預金や個人ローンのサービスを提供していました。米国の個人顧客向けリテールバンキング市場に本格参入する足がかりとして期待されていました。
初年度の実績
設立初年度には10億ドル以上の預金と、約9億ドルの個人ローンを獲得しました。顧客獲得という点では一定の成果を上げていたといえます。
しかし、預金を集めるために高い金利を提示する必要があり、収益性の面では課題を抱えていました。
撤退の詳細と背景
1月8日に新規受付停止
三井住友FGは2026年1月8日、ジーニアス・バンクの新規口座開設とローンの取り扱いを停止しました。米国サウスダコタ州の労働当局に提出した資料で、事業閉鎖の方針が明らかになりました。
今後、既存顧客への対応を進めながら、段階的に事業を終了していく方針です。
161名が解雇対象
この閉鎖により、社長や最高情報責任者(CIO)を含む161名の従業員が解雇されることになります。影響を受ける従業員には、60日間の事前通知期間を経て、2026年3月10日頃に雇用が終了することが通知されました。
通知期間中は通常の給与と福利厚生が維持されます。
収益が期待に届かず
撤退の最大の理由は、収益が当初の期待に届かなかったことです。SMBC Manubankは2024年第1四半期に3,830万ドルの損失を報告しており、これは主にジーニアス・バンクの運営コストが高かったためとされています。
米国では金利競争が激化しており、顧客を獲得するためには高い預金金利を提示する必要がありました。その結果、調達コストが膨らみ、収益を圧迫する構造に陥っていました。
米国金融市場の競争環境
高金利が続く米国市場
米国では、2022年以降の利上げにより政策金利が大幅に上昇しました。2025年現在も4.25〜4.50%という高い水準を維持しており、銀行間の預金獲得競争は激しさを増しています。
特にネット銀行は、店舗を持たないコスト構造を活かして高い預金金利を提示することで顧客を獲得してきました。しかし、大手銀行も対抗して金利を引き上げており、差別化が難しくなっています。
ネット銀行の競争激化
米国では、Ally Bank、Marcus by Goldman Sachs、Capital One 360など、多くのネット銀行が高金利を武器に顧客を集めています。これらの先行プレイヤーに対して、後発のジーニアス・バンクが市場シェアを獲得するのは容易ではありませんでした。
さらに、フィンテック企業やBig Tech企業も金融サービスに参入しており、競争環境は一段と厳しくなっています。
日本との金利差
日本の政策金利は2025年1月時点で0.5%と、米国に比べて大幅に低い水準にあります。この金利差は、日本の銀行が米国でドル調達を行う際のコスト上昇要因となり、収益性を圧迫する一因となっていました。
海外デジタルバンクの課題
収益化の難しさ
デジタルバンクは、店舗を持たないことで固定費を抑えられる一方、顧客獲得のためのマーケティング費用や、システム開発・維持費用がかさむ傾向があります。
また、預金を集めても貸出先の開拓が追いつかなければ、預金金利を払うだけでコストが増える構造に陥ります。ジーニアス・バンクも、この課題に直面していたと考えられます。
海外での事例
デジタルバンクの撤退や縮小は、三井住友FGに限った話ではありません。欧州でも、ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)のネオバンク「Simple」や、サンタンデール銀行のチャレンジャーバンク「Asto」が閉鎖されるなど、大手金融機関が手がけるデジタルバンク事業の難しさが浮き彫りになっています。
低金利環境の長期化や、パンデミック後の顧客行動の変化により、デジタルバンクの中でも成否が分かれつつあります。
三井住友FGの米国戦略
米国市場の重要性は変わらず
ジーニアス・バンクの閉鎖にもかかわらず、三井住友FGは米国市場を重視する姿勢を崩していません。資金需要が旺盛な米国市場は、引き続き成長の機会があると見ています。
三井住友銀行は、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ヒューストン、シカゴ、ダラスの6拠点でフルバンキング機能を提供しており、米国に進出している日系企業の取引先は2,000社を超えています。
法人向け事業に注力
今後は、個人向けのデジタルバンク事業ではなく、法人向けビジネスに経営資源を集中していく方針と見られます。Fortune 500に名を連ねる全米トップ500の大手企業の多くとも取引があり、この分野での強みを活かす戦略です。
また、大手証券会社ジェフリーズとの資本・業務提携を2021年から行っており、投資適格企業向けのキャピタルマーケット業務やM&Aビジネスでの協業を進めています。
海外ROE10%台半ばを目指す
三井住友FGは、海外事業の自己資本利益率(ROE)10%台半ばの達成を目標に掲げています。収益性の低い事業からは撤退し、高収益が見込める分野に経営資源を集中させる「選択と集中」を進めています。
ジーニアス・バンクからの撤退も、この方針に沿った判断といえます。
日本のメガバンクの海外展開
成長市場としての海外
日本のメガバンクにとって、海外市場は成長の原動力です。国内市場が成熟する中、海外での収益拡大が経営課題となっています。
三井住友FGの場合、海外38カ国・140拠点、従業員5万人超の体制を構築しており、業務純益全体に占めるグローバル部門の割合は3割に達しています。
「マルチフランチャイズ戦略」
三井住友FGは「マルチフランチャイズ戦略」を掲げ、アジアの新興国で「第2、第3のSMBCグループ」を作ることを目指しています。インドネシアやベトナム、フィリピンなどで、地場の金融機関との提携や出資を通じて事業基盤を強化しています。
米国での個人向けデジタルバンク事業からは撤退しましたが、アジアでの成長戦略は引き続き推進していく方針です。
注意点と今後の展望
デジタルバンクの難しさ
今回の撤退は、デジタルバンク事業の難しさを改めて示しました。低コスト構造を活かせるはずのデジタルバンクでも、競争激化の中では収益化に時間がかかることがあります。
特に海外市場では、現地の競合との競争に加え、為替リスクや規制対応のコストも発生します。参入前の綿密な市場分析と、撤退基準の明確化が重要です。
事業の選別が進む
メガバンク各社は、海外事業の「選択と集中」を進めています。すべての市場・すべての事業で勝負するのではなく、強みを活かせる分野に経営資源を集中させる動きが加速しています。
三井住友FGの今回の判断も、この流れに沿ったものといえます。
米国金融市場の動向に注目
今後の米国金利の動向は、日本の銀行の海外戦略に大きな影響を与えます。利下げが進めば金利競争が緩和される可能性がありますが、預金金利の引き下げは顧客離れを招くリスクもあります。
米国経済や金融政策の動向を注視しながら、柔軟な戦略の見直しが求められます。
まとめ
三井住友FGによるジーニアス・バンク事業からの撤退は、米国でのデジタルバンク事業の難しさを示す出来事となりました。金利競争の激化により、高い預金金利を提示しなければ顧客を獲得できず、結果として収益性が悪化する構造に陥っていました。
しかし、三井住友FGは米国市場の重要性を変わらず認識しており、法人向けビジネスを中心に事業展開を続けていく方針です。海外事業のROE向上に向けて、収益性の高い分野への経営資源の集中を進めていくことになります。
デジタルバンク事業の成否は、市場環境や競争状況に大きく左右されます。今後も海外での金融サービス展開を検討する日本企業にとって、今回の事例は重要な教訓となるでしょう。
参考資料:
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