Swift―世界の国際送金を支える金融インフラの全貌
はじめに
国際送金といえば、その裏側で機能しているのが「Swift」です。1973年に設立されたこの国際銀行間通信協会は、世界200以上の国と地域、11,000超の金融機関を結び、1日あたり約3,800万件もの送金情報をやり取りする巨大なインフラとなっています。ベルギーに本部を置く協同組合として運営されるSwiftは、国際金融において不可欠な存在であり、その動向は世界経済全体に影響を与えます。
2022年にはブランドロゴを刷新し、従来の大文字表記「SWIFT」から現在の「Swift」へと変更しました。単なる表記変更に見えますが、これは50年の歴史を持つ組織が新時代に向けた変革を示すシンボルでもあります。この記事では、Swiftの仕組みから最新動向、そして国際政治における役割まで、包括的に解説します。
Swiftの基本的な仕組みと役割
国際送金インフラとしての機能
Swiftは送金そのものを行うわけではなく、金融機関間で送金指示の電文(メッセージ)を安全にやり取りするためのネットワークです。送金元の銀行から暗号化されたメッセージを受け取り、確認後に送金先の銀行へ配達します。資金の実際の移動は、各銀行が保有する「コルレス口座」を通じて行われます。
コルレス銀行とは、送金銀行と受取銀行をつなぐ仲介銀行のことです。海外の銀行同士は直接的なつながりがないことがほとんどで、1回の送金で2つ、時には3つものコルレス銀行を経由することもあります。各コルレス銀行は通常15〜50米ドル(または相当額)の手数料を徴収するため、送金コストが高額になる一因となっています。
送金メッセージの標準化
Swiftが提供する最も重要な価値の一つが、送金メッセージの標準化です。世界中の金融機関が共通のフォーマットでやり取りすることで、言語や通貨、システムの違いを超えた送金が可能になります。2025年11月には、1977年の電子メッセージ交換開始以来初となる大規模な仕様変更が実施されました。
従来の「MT」形式から「MX」形式への移行は、2023年3月から並行運用が始まっていました。MX形式はXMLベースで、より多くの情報を含み、自動処理が容易になるという利点があります。この変更は、国際送金のさらなる高速化と透明性向上を目指したものです。
送金スピードの改善
Swiftは近年、送金スピードの大幅な改善に成功しています。2025年初頭の発表によれば、Swiftネットワークを通じた決済の89%が1時間以内に受取銀行に届いています。これはG20が掲げる「2027年までに国際送金の75%を1時間以内に受益者口座に入金する」という目標を大きく上回る成果です。
従来、国際送金には数日を要することが一般的でしたが、技術革新とプロセス改善により、大幅にスピードアップしています。ただし、最終的な着金までの時間は、経由する中継銀行の数や送金先の国によって依然として異なります。
Swiftと国際政治―制裁の武器化
ロシアへの「経済制裁の最終兵器」
2022年、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、国際社会は「経済制裁の最終手段」としてSwiftからのロシア主要銀行の排除を決定しました。3月12日にはEU規則2022/345により、Bank Otkritie、Novikombank、Promsvyazbank、Bank Rossiya、Sovcombank、VNESHECONOMBANK (VEB)、VTB BANKという7行がSwiftネットワークから除外されました。
VTB銀行はロシア第2位の資産規模を誇り、ロシアの金融機関全資産の約20%を保有しています。一方で、第1位のズベルバンクと第3位のガスプロムバンクは、欧州のエネルギー依存を考慮して対象から外されました。この選択的な制裁アプローチは、経済的圧力と自国経済への影響のバランスを取る難しさを示しています。
Swift排除の効果は過去にも実証されています。2012年には核開発疑惑が浮上したイランに対してこの制裁が発動され、同国の原油輸出額が半減しました。Swiftから排除された国は、国際金融市場へのアクセスが困難になり、輸出入決済、国をまたいだ投資や借り入れが極めて難しくなります。
北朝鮮への対応
北朝鮮に対しても、Swiftは制裁の手段として使用されています。2017年3月、Swiftはベルギー政府の要求に基づき、北朝鮮の3つの銀行をシステムから除外しました。その後、「運営基準に適合しない」という理由で残りの4つの北朝鮮銀行との接続も切断されました。
この措置により、北朝鮮の全銀行が国際決済から締め出される結果となりました。国際的な経済制裁の実効性を高める上で、Swiftという金融インフラのコントロールが重要な役割を果たしていることがわかります。
Swiftの挑戦者たち―代替システムの台頭
中国のCIPS
Swiftからの排除が「金融の核兵器」と呼ばれる一方で、代替システムの開発も進んでいます。最も注目されるのが、中国が2015年10月に運用を開始したCIPS(Cross-border Interbank Payment System、国際銀行間決済システム)です。
CIPSは人民元決済の国際化を目的としており、直接参加銀行は53行、間接参加銀行は1,100行を超えるまで拡大しています。参加行の半数以上は中国大陸外からで、ロシアやトルコなど米国が経済制裁の対象とした国々の銀行が多く参加しています。興味深いのは、CIPSとSwiftが完全な競合関係ではないという点です。域外参加者のCIPS参加方法は基本的にSwiftによる接続であり、両者は協調関係にもあります。
デジタル人民元の戦略的意義
中国がデジタル人民元の発行を準備する背景には、国際決済において米国の支配から脱するという戦略的意図があります。デジタル人民元にはブロックチェーン技術が用いられることから、Swiftの銀行国際送金ネットワークとは独立した存在となる可能性があります。
これは単なる技術革新ではなく、米国主導の国際決済システムへの対抗という地政学的な意味を持ちます。中国は、制裁の武器としてSwiftが使用される現状に対し、依存しない体制の構築を進めているとみられています。
新興プレイヤー―UDPN
2023年1月、ダボスで開催された世界経済フォーラムで、香港拠点のRed Date Technologyが「UDPN(Universal Digital Payment Network)」を立ち上げました。これはステーブルコインと中央銀行デジタル通貨(CBDC)向けの「Swift型ネットワーク」を目指すプロジェクトです。
デジタル資産の時代に対応した新世代の国際決済インフラとして、既存のSwiftシステムに挑戦する動きといえます。金融のデジタル化が進む中、こうした新興プレイヤーの存在は、Swiftにとって無視できない競争圧力となっています。
CBDCとSwiftの未来
異なるCBDC間の相互運用性
中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発が世界中で進む中、Swiftは異なるCBDCネットワーク間の相互運用性を確保する役割に注目しています。2021年と2022年には、フランスとドイツの中央銀行、HSBC、三井住友銀行などが参加した実証実験を実施しました。
2021年の実験では異なるCBDCネットワーク間での相互運用性を、2022年の実験では2種類のCBDCネットワークと既存の法定通貨を扱うRTGS(即時グロス決済)ネットワーク間での送金メッセージのやり取りを確認しました。これらの実験により、Swiftが既存インフラとデジタル通貨の架け橋となる可能性が示されています。
グローバルCBDCのフレームワーク提供者として
Swiftは、グローバルなCBDCシステムのフレームワークを提示し、異なるネットワーク間の相互運用性問題を解決できると主張しています。50年にわたり構築してきた国際的な信頼とネットワークを活かし、新時代の金融インフラにおいても中心的な役割を果たそうとしています。
CBDCの普及は、従来の銀行間送金とは異なる新しいパラダイムをもたらす可能性があります。Swiftがこの変化に適応し、引き続き国際決済の要として機能できるかどうかは、今後数年の技術開発と国際協調にかかっています。
注意点と今後の展望
セキュリティリスク
Swiftネットワークは高度に暗号化されていますが、完全無欠ではありません。2016年にはバングラデシュ中央銀行にハッカーが侵入し、Swiftネットワークを通じて8,100万ドルが奪われる事件が発生しました。金融機関側のセキュリティ対策が不十分だと、Swiftの仕組みを悪用される危険性があります。
こうしたリスクに対し、Swiftは継続的にセキュリティ強化を図っていますが、利用する金融機関側の対策も不可欠です。サイバー攻撃の高度化に伴い、セキュリティは永続的な課題となっています。
手数料と送金コストの課題
国際送金の手数料は依然として高額です。送金手数料に加え、為替手数料やリフティングチャージ、複数のコルレス銀行手数料が重なり、総コストは送金額の数%から10%近くに達することもあります。しかも、コルレス銀行手数料は事前に確定せず、受取額から差し引かれることがあります。
この状況に対し、WiseやPayPalなどのフィンテック企業は、コルレス銀行を介さない低コストの送金サービスを提供しています。送金スピードも数分から数時間と大幅に短縮されており、従来型の銀行送金に対する競争圧力となっています。
地政学的分断のリスク
Swiftが制裁の武器として使用される現状は、国際金融システムの分断を招くリスクがあります。中国やロシアなど、米欧主導の秩序に懸念を持つ国々が独自の決済システムを構築すれば、グローバルな金融ネットワークが複数の陣営に分裂する可能性があります。
これは、国際貿易や投資の効率性を低下させ、世界経済全体にマイナスの影響をもたらす恐れがあります。Swiftが今後も中立的で包括的なインフラとして機能し続けられるかは、国際政治の動向と密接に関わっています。
まとめ
Swiftは半世紀にわたり国際送金インフラの中核を担ってきました。200以上の国・地域、11,000超の金融機関を結ぶネットワークは、グローバル経済の血管とも言える存在です。2025年のメッセージ仕様変更、送金スピードの大幅改善、CBDC対応への取り組みなど、時代の変化に適応する努力も続いています。
一方で、制裁の武器化による地政学的リスク、中国のCIPSをはじめとする代替システムの台頭、フィンテック企業による低コスト送金サービスの普及など、Swiftを取り巻く環境は大きく変化しています。デジタル通貨時代の到来は、さらなる変革を促すでしょう。
国際送金を利用する企業や個人にとって、Swiftの仕組みを理解することは、コスト管理やリスク対策に不可欠です。代替サービスとの比較検討や、地政学的リスクへの備えも重要になっています。Swiftがどのように進化し、新時代の金融インフラとしての地位を維持するのか、今後も注目が必要です。
参考資料:
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