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by nicoxz

トランプ関税1年で市場の不確実性が常態化した理由と構造変化とは

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はじめに

市場で「不確実性が高い」と言うとき、普通は一時的なショックを想定します。しかしトランプ関税をめぐるこの1年は、そうした理解では足りません。起点を明確にすると、2025年4月2日にホワイトハウスが相互関税の大統領令を出してから、ちょうど1年です。この間、市場は関税そのものよりも、発表と修正が繰り返される政策運営に振り回されてきました。

株価が大きく動くのは、関税率が変わる瞬間だけではありません。大統領の発言や適用除外の観測までが価格材料になります。つまり不確実性は「ショック」ではなく「前提」になったのです。

一時的ショックで終わらなかった理由

2025年4月2日から始まった制度変更の連鎖

出発点は、2025年4月2日の相互関税の大統領令です。ホワイトハウスはこの日、恒常的な巨額貿易赤字を国家安全保障と経済への脅威だとして、広範な追加関税を発動しました。問題はここで終わらなかったことです。4月8日には中国向け少額輸入への扱いを修正し、4月9日には報復や各国との調整を反映するとして税率を再び変更しました。

その後も、5月12日には米中協議を受けて相互関税率を一時的に引き下げ、7月31日にも再修正が入りました。つまり市場は1年間、更新され続けるルールに向き合ってきたわけです。

この頻繁な修正が意味するのは、将来キャッシュフローの割引以前に、そもそも前提条件が安定しないということです。関税率が最終的に何%かだけでなく、どの国に、いつ、どこまで適用されるかが揺れるため、企業の価格設定や投資判断は常に暫定的になります。

発言リスクが資産価格に組み込まれた1年

ロイターは2025年3月31日、4月2日の相互関税発表を前に、ヘッジファンドや資産運用会社が為替オプションを積み増していると報じました。まだ何も決まっていない段階で、すでに「何が出るか分からないこと」自体が取引対象になっていたのです。投資家が織り込むべき対象は関税水準ではなく、「次の変更がある確率」へ移っていきました。

株価変動が示した「不確実性の価格」

急落も急反発も関税交渉次第

2025年4月初旬の市場反応は象徴的でした。ロイターは4月4日、トランプ大統領の広範な関税発表後、S&P500採用企業の時価総額が2日間で5兆ドル失われたと伝えました。しかも同記事では、市場ストレス指標は緊張を示しつつも、まだ全面的なパニックには至っていないと整理されています。投資家が「政策変更の余地」を見続けていたためです。

その後の反発も、同じ構図を裏づけます。5月12日、米中が90日間の関税休戦で合意すると、ロイターは世界株が急騰した一方で、不確実性は残ったと報じました。材料が良化しても、政策が再び反転しうる以上、反発の持続性は常に疑われるわけです。

この1年の特徴は、そのたびに投資家が「今回は本当に持続するのか」を疑い、戻り相場にもヘッジを残し続けた点です。価格は回復しても、安心感は回復しない。このねじれこそが、不確実性の常態化です。

ボラティリティは下がっても不確実性は残った

表面的なボラティリティだけを見れば、2025年4月ショックは数週間で落ち着いたように見えます。OptionMetrics分析では、VIXは2025年4月7日に60.13まで上昇しましたが、14日ほどで元の水準近くまで戻りました。ただし同じ分析は、経済政策不確実性指数が1985年以降で突出して高いと指摘しています。

実際、セントルイス連銀データをもとにした指標では、貿易政策不確実性指数は2025年4月に7955.65と過去最高を付け、2026年1月時点でも2250.26と歴史的に高い水準にあります。ECBも、2025年前半の一連の関税発表によって貿易政策不確実性は2018〜19年の米中摩擦時を大きく上回る水準まで上昇し、その後も高止まりしたと指摘しました。

ここから見えるのは、VIXの低下が安心の回復を意味しないということです。短期の恐怖は薄れても、企業や投資家は「また政策が変わるかもしれない」と考え続けるため、投資や雇用、設備計画にブレーキがかかります。不確実性は、価格の荒さではなく、意思決定の遅れとして経済に残るのです。

マクロ経済へ広がる影響

貿易と投資を冷やす見えにくいコスト

ECBは、2025年の貿易政策不確実性上昇がユーロ圏GDP成長率を平均で約0.3ポイント押し下げたと試算し、設備投資への影響は個人消費の約3倍大きいと説明しています。関税が高いから投資が減るというより、政策が安定しないから投資判断が先送りされるのです。

市場が織り込むのは税率ではなく「可変性」

この1年を通じて、市場参加者が最も学んだのは、関税政策を固定値として扱えないということでした。価格が織り込むのは単一のシナリオではなく、常に複数の分岐です。その結果、発言の一つひとつが株価を大きく動かすようになりました。トランプ関税1年が残した最大の変化は、関税の水準そのものではなく、「政策が予告なく動く政治リスク」が平時の価格形成に組み込まれたことにあります。

注意点・展望

注意したいのは、この状態を単なるトランプ氏個人の発言癖として片づけないことです。ホワイトハウスの文書で見ても、相互関税は発動後に何度も制度的に上書きされています。だからこそ投資家は、次の修正可能性まで含めて価格を付けざるを得ません。

今後の焦点は、関税の完全撤回よりも、政策運営の予見可能性が戻るかどうかです。関税率が多少高くても、ルールが数年固定されるなら企業は適応できます。しかし現状のように、交渉や政治日程で適用範囲が揺れるなら、不確実性プレミアムは残り続けます。市場に必要なのは強気材料ではなく、まずはルールの安定です。

まとめ

2025年4月2日の相互関税発動から1年を振り返ると、トランプ関税が市場に残した最大の爪痕は、株価下落そのものではありません。発表、修正、休戦、再修正が繰り返され、投資家が「次に何が起きるか分からない」状態を前提に売買するようになったことです。市場の不確実性は、もはや一時的ショックではなく構造になりました。

したがって、今後の相場を見るうえでは、個々の関税率だけでなく、政策変更の頻度と予見可能性を追う必要があります。発言のたびに株価が大きく動くのは、市場が過敏だからではなく、この1年でそれが合理的な反応になってしまったからです。

参考資料:

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