米関税「違憲」で揺れる貿易、還付と新関税の行方
はじめに
2026年2月20日、米連邦最高裁判所はトランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいて課してきた関税を違憲と判断しました。6対3の判決で、大統領が緊急権限を使って関税を課すことは権限の逸脱にあたると結論づけたのです。
この判決を受けて、トランプ政権は即座に代替措置として通商法122条に基づく10%の追加関税を2月24日に発動しました。ただし、この措置は150日間の期限付きです。一方で、これまでにIEEPA関税として徴収された1,290億ドル超の還付がどうなるのか、企業は両面での対応を迫られています。
本記事では、違憲判決の内容、代替関税の仕組み、還付の見通し、そして企業が取るべき対応策を整理します。
IEEPA関税はなぜ「違憲」とされたのか
最高裁の判断のポイント
IEEPAは1977年に制定された法律で、大統領が「異常かつ極めて深刻な脅威」に対して国家緊急事態を宣言した場合、外国との経済取引を規制できると定めています。トランプ大統領はこの法律を根拠に、中国をはじめとする各国に高率の関税を課してきました。
しかし最高裁は、IEEPAの条文に「関税」という語が明示されていない点を重視しました。IEEPAは「輸入の規制」を含む広い表現を使っていますが、関税を課す権限は憲法上、議会に属するものです。大統領が「規制」の名目で実質的に課税を行うことは、三権分立の原則に反するとの判断です。
最高裁は「Learning Resources, Inc. v. Trump」事件で、IEEPA の「規制」権限に関税を含めて解釈すると、大統領に輸出への課税権限も与えることになり、輸出税を禁じた憲法の条項に抵触すると指摘しました。つまり、IEEPAを関税の根拠とすること自体に憲法上の無理があったのです。
判決の影響の大きさ
この判決により、2025年4月以降にIEEPAに基づいて課されてきた相互関税やフェンタニル関税がすべて法的根拠を失いました。米税関・国境取締局(CBP)の集計では、IEEPA関税として徴収された金額は約1,290億ドル(約19兆円)にのぼります。30万社以上の輸入業者が3,400万件を超える申告を行っており、影響は極めて広範です。
代替措置「通商法122条」の10%関税
122条とは何か
最高裁判決の直後、トランプ政権は通商法122条を発動しました。1974年通商法の122条は、米国が「根本的な国際収支問題」に直面した場合、大統領に一時的な追加関税を課す権限を認めています。
122条の主な特徴は以下の通りです。
- 最大税率: 15%まで
- 適用期間: 最長150日間
- 適用方法: 原則として全世界に非差別的に適用
- 過去の適用実績: 制定以来一度も発動されたことがなかった
トランプ政権は2月24日から、日本を含む全世界を対象に10%の追加関税を課しています。適用期限は7月24日までの150日間です。トランプ大統領は15%への引き上げにも言及しています。
除外対象と適用範囲
新関税には一定の除外措置が設けられています。食料品や重要鉱物は対象外となり、すでに分野別の関税が課されている自動車なども除外されています。ただし、10%の一律適用という点では、以前の相互関税が国・地域ごとに異なる税率を設定していたのとは対照的です。
150日後のシナリオ
122条は最長150日という期限があります。トランプ政権は、この150日間を「つなぎ期間」として活用し、並行して通商法301条に基づく調査を進めています。301条は、貿易相手国の不公正な慣行に対して大統領が関税を課す権限を定めた法律で、こちらは期間の制限がありません。
7月24日の期限までに301条関税を発動できる態勢を整え、122条から301条への「主役交代」を図る戦略とみられます。つまり、関税政策そのものを放棄するのではなく、法的根拠を変えて継続する意向です。
1,290億ドルの還付問題
還付は実現するのか
最高裁は、IEEPA関税を違憲と判断しましたが、すでに徴収された関税の還付については言及しませんでした。この点が企業にとって最大の不確実要素です。
トランプ政権は、還付に関する具体的な手続きについて国際通商裁判所(CIT)に委ねる方針を示しています。すでに物流大手のFedExが政府を相手取り、関税の還付と利息の支払いを求める訴訟をCITに提起しました。
企業が取るべき二つの対応
企業には「税関への申請」と「訴訟」の両輪で備えることが推奨されています。
税関への抗議申請(プロテスト) では、輸入品の「精算(リキデーション)」から180日以内にCBPに対して抗議を申し立てることで、還付請求の権利を保全できます。この180日の期限を過ぎると権利を失う可能性があるため、早急な対応が必要です。
訴訟による還付請求 では、FedExの事例のように、CITに対して直接還付を求める訴訟を起こす方法もあります。個別企業での訴訟に加え、業界団体や輸入業者の集団訴訟も検討されています。
日本企業への影響
日本企業にとっても、この還付問題は無視できません。リコーをはじめ、米国に製品を輸出してきた日本のメーカーは、IEEPA関税として多額の追加コストを負担してきました。日系企業も米国側の輸入者を通じて還付請求を進める必要があります。
注意点・展望
122条の合憲性への疑問
122条に基づく新関税にも、法的な疑問が呈されています。122条は「国際収支の深刻な問題」が発動要件ですが、米国の国際収支が122条の想定するような危機的状況にあるかは議論の余地があります。新たな違憲訴訟が提起される可能性も否定できません。
関税政策の不確実性
今回の一連の動きで明確になったのは、トランプ政権の関税政策が法的に極めて不安定な基盤の上に立っているということです。IEEPA関税が違憲とされ、122条は150日の期限付き、301条への移行にも時間がかかります。企業は関税を「一過性の政策リスク」ではなく、恒常的なリスク管理のテーマとして組み込む必要があります。
通関資料でIEEPA・232条・301条・122条など根拠法別にコストを整理し、法的根拠の変更に備えた柔軟なサプライチェーン管理が求められています。
まとめ
米最高裁のIEEPA関税違憲判決は、トランプ政権の関税政策に大きな転換をもたらしました。代替措置として発動された122条の10%関税は150日限定であり、その後は301条関税への移行が見込まれます。
企業にとって最も重要なのは、IEEPA関税の還付請求の権利を保全することです。CBPへの抗議申請は180日の期限があるため、速やかに対応する必要があります。同時に、122条関税への対応と、301条への移行を見据えた中長期的な戦略の構築が求められます。
参考資料:
- トランプ氏の世界一律10%関税、24日発効 - Bloomberg
- 米通商法122条とは何か、適用は最長150日 - Bloomberg
- 最高裁による違法判決でトランプ関税の不確実性が再び高まる - 野村総合研究所
- 米最高裁がIEEPA関税を無効と判断 - ジェトロ
- Supreme Court Strikes Down IEEPA Tariffs - Holland & Knight
- 122条は150日限り、関税の主役交代へ - LOGI-TODAY
- Supreme Court Tariff Ruling: IEEPA Revenue and Potential Refunds - Penn Wharton Budget Model
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