トランプ氏、武力行使で狙う「旗の下の結束」支持率効果
はじめに
2026年1月3日、トランプ米大統領はベネズエラへの軍事攻撃を実施し、マドゥロ大統領を拘束・国外移送したと発表しました。この攻撃直後、トランプ氏の支持率は39%から42%に上昇し、昨年10月以来の高水準となりました。この現象は「旗の下の結束(Rally ‘Round the Flag Effect)」と呼ばれ、危機や戦争時に国民が政府指導者を支持する傾向を示します。さらにトランプ氏はメキシコの麻薬組織への軍事行動も示唆しており、支持率回復を狙った武力行使のエスカレーションが懸念されています。本記事では、この効果の仕組み、ベネズエラ攻撃の詳細、そして危険な支持率政治のリスクについて解説します。
ベネズエラ軍事攻撃と支持率の変化
トランプ氏の支持率上昇
ロイター通信とイプソスの世論調査によると、トランプ大統領の支持率は2025年12月の39%から、ベネズエラでの軍事作戦実施後の2026年1月には42%に上昇しました。3ポイントの上昇は昨年10月以来の高水準であり、低迷していた支持率に歯止めがかかった形です。
トランプ氏は1月3日のベネズエラ攻撃について「米国史上、最も驚異的で強力な軍事行動だった」と自賛しました。この自信に満ちた発言は、支持率上昇を受けた強気の姿勢を示しています。
世論は賛否拮抗
ただし、軍事作戦そのものへの評価は分かれています。世論調査では以下の結果が出ました。
「ベネズエラのマドゥロ大統領を排除するためのアメリカの軍事作戦を支持するか」という問いに対して、「はい」が33%、「いいえ」が34%、「わからない・回答拒否」が33%と、ほぼ三分されました。
「アメリカがベネズエラに過度に関与することを懸念しているか」という問いに対しては、「はい」が72%に上り、多くの国民が泥沼化への不安を抱いていることが明らかになりました。
党派的な支持構造
英調査会社ユーガブがベネズエラ攻撃後の1月5〜6日に実施した世論調査では、作戦を支持するとの回答は全体の36%でしたが、共和党支持層に限ると74%に達しました。この結果は、軍事行動への支持が党派的に大きく分断されていることを示しています。
過去に米軍が他国に軍事介入した際には、より広範な超党派的支持が得られましたが、今回はそこまでの圧倒的な賛意は示されず、米メディアは「トランプ氏にとって不吉な兆し」と報じています。
「旗の下の結束」効果とは
危機時の支持率上昇メカニズム
「旗の下の結束(Rally ‘Round the Flag Effect)」とは、国家的危機や国際紛争が発生した際に、国民が政治指導者、特に大統領への支持を一時的に高める現象です。米国においては、国が国際危機に巻き込まれた際の大統領支持率の急上昇として測定されます。
この現象が起こる理由として、2つの仮説が提示されています。
愛国心仮説: 外部からの脅威に対応して、個人が国家や大統領という内集団に同一化することで支持が高まる。危機時には国民が一致団結し、リーダーを支えようとする心理が働きます。
オピニオンリーダー仮説: 危機時には野党指導者が批判を控えるか大統領を支持するようになり、情報環境が変化します。国民の一部はそうした政治エリートの党派的合図に従って態度を変えます。
歴史的事例
過去の米国の軍事行動では、開戦直後に大統領支持率が急上昇する例が多数あります。プーチン大統領がクリミア併合で支持率を回復したように、戦争開始直後には指導者の人気が急上昇する傾向があります。2014年のロシアによるクリミア併合時、プーチン大統領は低迷していた支持率を「旗の下の結束」効果で回復させようとした可能性が指摘されています。
効果の短命性
ただし、この効果は歴史的に短命であることが知られています。戦争が長期化したり、泥沼化したりすると、初期の支持率上昇は逆転し、政権は大きく揺らぎます。ベトナム戦争やイラク戦争など、長期化した軍事介入は最終的に大統領支持率の急落を招きました。
メキシコ麻薬組織への攻撃示唆
地上攻撃の宣言
トランプ氏は1月8日のFOXニュースのインタビューで、「カルテルに対する地上攻撃をこれから始める。メキシコを支配しているのはカルテルだ」と述べ、メキシコの麻薬組織への軍事行動を示唆しました。
トランプ大統領は以前から、メキシコに拠点を置く複数の麻薬カルテルを「外国テロ組織」に指定しており、メキシコ国内にアメリカ軍を展開させる必要があるという主張を繰り返してきました。詳細は明らかにしていませんが、メキシコ側の同意なしに軍事行動に踏み切る可能性が指摘されています。
メキシコ政府の反発
メキシコのシェインバウム大統領は「我々は他国による内政への介入を断固として拒否する」と強く反発しています。メキシコとアメリカは北米自由貿易協定(USMCA)で結ばれた重要な貿易パートナーであり、軍事介入は両国関係に深刻な亀裂をもたらす可能性があります。
軍事力行使のエスカレーション
ベネズエラに続くメキシコへの軍事行動は、米国による武力行使の大幅なエスカレーションとなります。トランプ氏が「米国史上、最も驚異的で強力な軍事行動」と自賛したベネズエラ攻撃の「成功体験」が、次なる軍事行動への心理的ハードルを下げている可能性があります。
危険な支持率政治のリスク
国際法よりも国益優先
トランプ政権のベネズエラへの武力行使は、国際法よりも国益を優先する姿勢を鮮明にしました。国連憲章は武力行使を原則として禁じており、ベネズエラ攻撃は国際秩序を自ら破壊する行為と批判されています。
メキシコへの軍事介入も同様に、主権国家への一方的な武力行使となり、国際法違反となる可能性が高いです。同盟国や友好国への攻撃は、米国の国際的信用を大きく損なうリスクがあります。
泥沼化のリスク
ベネズエラやメキシコでの軍事作戦が長期化・泥沼化すれば、初期の支持率上昇は逆転します。世論調査で72%の国民が「アメリカがベネズエラに過度に関与することを懸念している」と回答したように、多くの米国民は長期介入への不安を抱いています。
ベトナム戦争やイラク戦争の教訓が示すように、泥沼化した戦争は政権を崩壊に導きます。短期的な支持率上昇を狙った軍事行動が、長期的には政権の致命傷となる危険性があります。
党派的分断の深化
今回のベネズエラ攻撃への支持は党派的に大きく分断されており、全体では36%の支持にとどまりました。過去の軍事介入時のような超党派的支持が得られなかったことは、米国社会の分断が深刻化していることを示しています。
党派的支持のみに依存した軍事行動は、国民の団結を促すどころか、分断をさらに深める可能性があります。
注意点と今後の展望
支持率回復の持続性は不透明
トランプ氏の支持率が39%から42%に上昇したとはいえ、これが持続的な回復につながるかは不透明です。歴史的に「旗の下の結束」効果は短命であり、数週間から数ヶ月で効果が薄れることが多いです。
メキシコへの軍事行動がさらに支持率を押し上げるかどうかも未知数です。すでにベネズエラ攻撃で72%の国民が過度な関与を懸念しており、次の軍事行動への支持はさらに低くなる可能性があります。
同盟国への影響
米国の一方的な軍事行動は、NATO同盟国や日本などのアジア太平洋地域の同盟国に不安を与えます。国際法を無視した行動は、「米国は信頼できるパートナーか」という疑問を生み、同盟関係の弱体化につながる恐れがあります。
高市政権が発足したばかりの日本にとっても、米国の予測不可能な軍事行動は安全保障上の不確実性を高める要因となります。
まとめ
トランプ大統領のベネズエラ攻撃後の支持率上昇は、「旗の下の結束」効果の典型例です。危機や戦争時に国民が指導者を支持する傾向は歴史的に確認されていますが、その効果は短命であり、戦争が長期化すれば逆に政権を揺るがします。
トランプ氏がメキシコの麻薬組織への軍事行動を示唆していることは、支持率回復を狙った武力行使のエスカレーションを示唆しています。しかし、世論調査では軍事作戦への支持は賛否拮抗しており、過度な関与への懸念が72%に達しています。
国際法を無視した一方的な軍事行動は、米国の国際的信用を損ない、同盟国との関係を弱体化させるリスクがあります。短期的な支持率上昇を狙った「危険な支持率政治」は、長期的には米国内外に深刻な影響を及ぼす可能性が高いです。
今後、トランプ政権がどこまで武力行使をエスカレートさせるのか、そして「旗の下の結束」効果がどれだけ持続するのか、注視していく必要があります。
参考資料:
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