ウクライナ大統領選と和平国民投票の行方を読む
はじめに
ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシアによる全面侵攻から4年の節目となる2026年2月24日に、大統領選挙と和平合意案を問う国民投票の計画を発表することを検討しています。英フィナンシャル・タイムズ(FT)が2月11日に報じました。
この動きの背景には、トランプ米大統領が5月15日までの選挙実施を求めていることがあります。しかし、戒厳令下での選挙には憲法改正が必要であり、和平協議の進展も見通せない中、実現への道のりは険しいのが現状です。
本記事では、選挙計画の詳細、法的ハードル、世論の動向、そして国際社会の思惑について多角的に解説します。
選挙と国民投票の計画内容
2月24日発表の意味
ゼレンスキー大統領が発表の日程として2月24日を選んだことには、強い象徴的な意味があります。この日はロシアによる全面侵攻が始まった日であり、戦時下のウクライナにとって特別な節目です。侵攻開始から丸4年という区切りのタイミングで、選挙と国民投票という民主的プロセスへの回帰を示すことで、国際社会に対してウクライナの民主主義の健全性をアピールする狙いがあると見られます。
報道によれば、大統領選挙と和平合意案の是非を問う国民投票を同日に実施する案が検討されています。ウクライナの世論調査では、和平合意に関する国民投票の実施に55%が賛成、32%が反対という結果が出ています。
米国からの圧力
トランプ大統領はかねて、ゼレンスキー大統領が戦争を口実に選挙を回避していると批判してきました。米国は5月15日までの選挙実施を求めており、ウクライナへの軍事・経済支援の継続とも関連づける姿勢を見せています。
ゼレンスキー大統領は2025年12月9日に、米欧の協力で安全性を確保できるならば60~90日以内に大統領選を実施する用意があると表明しました。この発言自体が、米国からの圧力に応じたものと受け止められています。
戒厳令下の選挙という法的難問
憲法上の制約
ウクライナの選挙実施には、極めて大きな法的障壁が立ちはだかっています。「戒厳令の法的体制に関する法律」第19条は、戒厳令下での大統領選挙、議会選挙、地方選挙の実施を明確に禁止しています。
戒厳令は2022年2月24日の侵攻開始以降、90日ごとに議会の承認を得て延長され続けています。2025年11月時点で17回目の延長が行われ、少なくとも2026年2月3日まで継続される見通しでした。
特例法の整備に向けた動き
こうした法的課題を克服するため、ウクライナ最高会議(議会)は2025年12月26日に、戒厳令下での大統領選実施に向けた特別作業部会を設置しました。この作業部会では、一回限りの戦時選挙法を制定し、兵士、国内避難民、海外の難民が安全かつ民主的に投票できる仕組みを整備することを目指しています。
ただし、国民投票についても戒厳令下では現行法で禁止されているため、実施にはさらなる法改正が必要です。仮に停戦が実現したとしても、選挙や国民投票の準備には相当な時間と複雑な制度改革が求められます。
世論と政治情勢
ゼレンスキー支持率の陰り
長期化する戦争と政権内部の汚職疑惑が、ゼレンスキー大統領の支持基盤を揺るがしています。ウクライナの調査会社SOCISが2025年12月中旬に実施した世論調査によれば、大統領選が行われた場合の第1回投票でゼレンスキー大統領の支持率は約20.3%にとどまり、対立候補の元ウクライナ軍総司令官ワレリー・ザルジニー氏(現駐英大使)の約19%と僅差です。
さらに決選投票になった場合、ザルジニー氏が約64%の支持を集め、ゼレンスキー氏の約36%を大きく上回るという衝撃的な予測が出ています。2025年11月に明るみに出た側近を巻き込んだ汚職疑惑が追い打ちをかけた形です。
国民の選挙に対する慎重な姿勢
世論は選挙の時期について慎重な見方が優勢です。キーウ国際社会学研究所(KIIS)が2025年9月に実施した調査では、停戦時点での選挙実施を支持する国民は22%にとどまり、63%が戦争終結後の実施を望んでいます。別の調査でも59%が「選挙は戦争終結後にのみ可能」と回答しており、戦時下での民主的プロセスに対する国民の懸念は根強いものがあります。
注意点・展望
実現性の厳しい現実
選挙実施の最大の前提条件は和平協議の進展ですが、ロシアとの交渉は現時点で大きな進展が見られません。ウクライナの領土問題、NATO加盟の是非、安全保障の枠組みなど、交渉のテーマはいずれも極めて難しい問題を含んでいます。
FT自身も報道の中で「選挙の実現性は低い」と指摘しており、5月15日という米国が設定した期限までに選挙を実施することは、法的にも物理的にも極めて困難です。
今後のシナリオ
今後は以下の3つのシナリオが考えられます。第1に、和平協議が進展し、停戦を経て選挙が実現するという楽観的なケースです。第2に、2月24日に計画は発表されるものの、和平の見通しが立たず選挙は再延期されるというケースです。第3に、ゼレンスキー大統領が選挙への意欲を示しつつも具体的な日程の明示を避け、国際社会への姿勢表明にとどめるというケースです。
いずれにせよ、トランプ政権の対ウクライナ政策や、ロシア側の反応が今後の展開を大きく左右することになります。
まとめ
ゼレンスキー大統領が侵攻4年の節目に大統領選と国民投票の計画を発表する見通しとなりましたが、戒厳令下の法的制約、和平協議の停滞、そして自身の支持率低下という三重の課題に直面しています。
米国からの圧力に応じる形で選挙への姿勢を示す一方、国民の過半数は戦争終結後の選挙を望んでおり、実際の選挙実現までには多くのハードルが残されています。2月24日の発表内容と、それに対するロシア・米国の反応が、今後のウクライナ情勢を占う重要な転換点となるでしょう。
参考資料:
- Zelenskyy set to reveal plan for elections and peace referendum on 24 February – Reuters
- FT: Zelensky to announce elections and referendum on peace deal under US pressure — Novaya Gazeta Europe
- Ukraine plans presidential election, referendum in late February: Financial Times - TRT World
- 大統領選ならゼレンスキー氏敗北 政権汚職が追い打ち―ウクライナ世論調査 - 時事ドットコム
- Ukraine’s Presidential Elections Amid War: Political, Legal, and Security Challenges - Wilson Center
- Ukraine Moves to Draft Wartime Election Law to Allow Voting During Martial Law - Kyiv Post
- ウクライナ大統領選挙は? - NHKニュース
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