米関税「違憲」判決の衝撃と代替措置の全容を解説
はじめに
2026年2月20日、米連邦最高裁判所は歴史的な判決を下しました。トランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に課してきた相互関税やフェンタニル関税について、大統領の権限を逸脱しているとして違憲と判断したのです。判決を受けてトランプ政権は即座に代替措置を講じ、1974年通商法122条に基づく10%の一律関税を150日間の期限付きで発動しました。一方で、これまでに徴収された推定1750億ドル(約26兆円)もの関税の還付がどうなるのかは依然として不透明なままです。本記事では、判決の内容、代替関税の仕組み、還付問題の行方について詳しく解説します。
最高裁判決の内容と法的根拠
6対3の多数意見が示した論理
米最高裁は「Learning Resources, Inc. v. Trump」事件において、6対3の多数意見でIEEPAに基づく関税を違憲と判断しました。ジョン・ロバーツ最高裁長官が執筆した多数意見の核心は、IEEPAの条文解釈にあります。1977年に制定されたIEEPAは、国外からの「特異で重大な脅威」に対処するため、貿易を「規制(regulate)」する権限を大統領に付与しています。しかし、同法は「関税」や「税」という文言を一切含んでいません。
ロバーツ長官は、IEEPAにおける「regulate(規制する)」と「importation(輸入)」という言葉だけでは、関税を課す権限を大統領に与えるには不十分であると結論づけました。さらに重要な指摘として、もし「regulate」を「課税する権限を含む」と解釈すれば、IEEPA自体が部分的に違憲になると述べています。なぜなら、IEEPAは輸入と輸出の両方を規制する権限を大統領に与えていますが、米国憲法は輸出への課税を明確に禁止しているためです。
判決が覆した関税の範囲
今回の判決で無効とされたのは、IEEPAを根拠として課されていたすべての関税です。具体的には、2025年2月に中国、カナダ、メキシコに対して課されたフェンタニル関連関税と、2025年4月以降に57か国を対象に拡大された相互関税が含まれます。国別に異なる税率が設定されていた相互関税は、一部の国では最大50%を超える高税率が課されていました。判決を受けて、米税関・国境警備局(CBP)はIEEPAに基づく関税の徴収を停止することを発表しました。
代替関税の発動と150日の時限措置
通商法122条とは何か
トランプ大統領は判決からわずか数時間後、代替措置として1974年通商法122条に基づく新たな関税を発動する大統領令に署名しました。通商法122条は、「大規模かつ深刻な」国際収支赤字に対処するため、大統領に最大15%の輸入課徴金を課す権限を与える法律です。ただし、その適用期間は最長150日間に限定されており、延長には議会の承認が必要です。
この条項が実際に発動されるのは歴史上初めてのことです。課徴金の徴収は米国東部時間2026年2月24日午前0時1分から開始され、7月24日午前0時1分までの150日間が適用期間となります。ホワイトハウスは「一時的な輸入課徴金を課し、基本的な国際収支問題に対処する」というファクトシートを公表し、米国の貿易赤字を課徴金の正当化根拠としています。
10%から15%への引き上げと今後の戦略
当初10%で発動された一律関税ですが、トランプ大統領は翌2月21日に税率を15%に引き上げる意向を表明しました。ただし、実際の徴収は10%で開始されています。これまでの国別相互関税と比較すると、高税率が課されていた中国などにとっては税率の引き下げとなる一方、もともと低税率だった国にとっては新たな負担増となります。
トランプ政権の戦略として注目されるのは、この150日間を「調査期間」と位置づけている点です。政権は期間中に通商法232条(国家安全保障を理由とする関税)や通商法301条(不公正貿易を理由とする関税)に基づく調査を進め、より恒久的な法的根拠を持つ関税体制への移行を目指しているとみられています。また、150日経過後に一度関税を失効させ、新たな国際収支上の緊急事態を宣言してリセットする可能性も指摘されていますが、そのような手法は重大な権力分立上の懸念を引き起こすでしょう。
最大1750億ドルの関税還付問題
還付をめぐる法的・政治的対立
今回の判決で最大の焦点となっているのが、これまでにIEEPAに基づいて徴収された関税の還付問題です。ペンシルベニア大学ウォートン校の予算モデル(Penn Wharton Budget Model)の分析によると、2026年1月までのIEEPA関税の累計徴収額は約1647億ドルに達し、最終的な還付対象額は最大1750億ドル(約26兆円)に上る可能性があります。しかし、最高裁判決は還付の可否や方法について一切言及しておらず、この問題を下級裁判所に差し戻しました。
スコット・ベッセント財務長官は還付に否定的な姿勢を示しています。「アメリカ国民がその金を目にすることはないだろう」と述べ、企業への関税還付は「究極の企業福祉(ultimate corporate welfare)」になると主張しました。一方、民主党議員らは1750億ドルの全額還付を求める書簡をベッセント長官に送付しています。
FedExが先陣を切る還付訴訟
判決からわずか3日後の2月23日、物流大手のFedExが米国際貿易裁判所(CIT)に関税還付を求める訴訟を提起しました。FedExは通関手続きの迅速化にかかったコストの補償と、支払済み関税の利息付き全額還付を求めています。FedExは関税による業績への打撃を10億ドル規模と見積もっており、今回の訴訟は大企業による初の本格的な還付請求として注目を集めています。
NPRの報道によれば、中小企業を含む多くの輸入業者が還付を待ち望んでいますが、実際の還付プロセスには数週間から数年かかる可能性があります。輸入業者には通常、貨物の「清算(liquidation)」後180日以内に異議申し立てと還付請求を行う権利がありますが、ベッセント長官は「数週間、数か月、あるいは数年かかる可能性がある」と述べ、迅速な還付に消極的な姿勢を示しています。
注意点・今後の展望
今回の判決と代替関税の発動は、複数の不確実性を生み出しています。まず、通商法122条に基づく代替関税自体の合法性にも疑問が呈されています。同条は「大規模かつ深刻な国際収支赤字」を要件としていますが、現在の米国の状況がこの要件を満たすかどうかは法的に争われる可能性があります。同条が過去一度も発動されたことがないため、司法判断の前例も存在しません。
150日の期限が切れる7月24日以降の展開も不透明です。議会が延長を承認する可能性は現時点では低く、トランプ政権が232条や301条に基づく新たな関税体制を構築できるかどうかが鍵となります。日本企業にとっては、国別の高税率が一律10%に置き換わったことで短期的な負担軽減となる可能性がありますが、7月以降の制度設計次第では再び高関税のリスクが浮上します。還付請求についても、日系企業を含む輸入業者は法的対応の準備を進める必要があるでしょう。
まとめ
米最高裁によるIEEPA関税の違憲判決は、大統領の通商権限に明確な歯止めをかける歴史的な判断となりました。トランプ政権は通商法122条を根拠に10%の代替関税を150日限定で発動しましたが、これはあくまで時間稼ぎの暫定措置です。最大1750億ドルに上る関税還付の行方は、FedExをはじめとする企業の訴訟と裁判所の判断に委ねられています。7月の期限切れに向けて、米国の通商政策は新たな転換点を迎えることになりそうです。日本の企業や投資家にとっても、今後の法的・政策的動向を注視し続けることが不可欠です。
参考資料
- Supreme Court strikes down tariffs - SCOTUSblog
- What the Supreme Court’s tariff ruling changes, and what it doesn’t | PIIE
- Supreme Court Strikes Down IEEPA Tariffs | Holland & Knight
- Supreme Court Tariff Ruling: IEEPA Revenue and Potential Refunds | Penn Wharton Budget Model
- Trump announces new 10% global tariff after Supreme Court loss | CNBC
- FedEx sues for refund of Trump tariffs | CNBC
- Scott Bessent has ‘got a feeling’ that $175B in IEEPA tariffs is lost | Fortune
- From IEEPA to Section 122: What Changed on 20 February 2026 | Global Trade Alert
- トランプ米大統領、IEEPA関税の停止と122条に基づく10%の課徴金賦課を発表 | JETRO
- The Supreme Court Got It Right on IEEPA | Cato Institute
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