素材大手の構造改革進む、積水化学は曲がる太陽電池
はじめに
日本の素材産業が大きな転換点を迎えています。2026年、大手素材メーカー各社は低収益事業からの撤退を進める一方、次世代技術への投資を加速させています。
AGC(旧旭硝子)はディスプレー事業の構造改革を推進し、UBEはアンモニアなど基礎化学品からの撤退を前倒しで進めています。そして積水化学工業は、次世代太陽電池として注目されるペロブスカイト太陽電池の商用化を2026年3月から開始します。
本記事では、AGC、UBE、積水化学の3社の戦略を軸に、素材産業の構造転換の現状と今後の展望について解説します。
AGC:ディスプレー事業の再建が進展
減損損失からの回復
AGCはテレビや電子機器向けのディスプレー事業で苦戦してきました。テレビ向けなどの需要低迷と、円安進行による収益性悪化により、2022年度には700億円強の減損損失を計上しました。また、医薬品関連のバイオCDMO(医薬品開発・製造受託)事業でも、米国の金利上昇によるバイオベンチャーへの資金流入減少の影響を受け、減損損失が発生しています。
これらの減損や2024年のロシア事業譲渡に伴う損失もあり、AGCのROE(自己資本利益率)は低位で推移してきました。
構造改革プロジェクトの進展
AGCは「ディスプレイ事業構造改革プロジェクト」を発足させ、CFO(最高財務責任者)をトップに据えて収益改善を推進しています。具体的な施策として、大型ディスプレイ用ガラス基板への生産集中、低収益の中小型サイズからの撤退、高砂事業所の液晶用ガラス基板製造ラインの稼働停止などを実施しています。
これにより、生産能力を2022年比で2割程度削減し、高収益が見込める大型パネル用ガラス基板事業に経営資源を集中させる方針です。同社はディスプレイとオートモーティブ(車載ガラス)事業について、2〜3年程度での黒字化を目指しています。
財務目標の修正
AGCは中期経営計画「AGC plus-2026」において、最終年度である2026年の財務KPI(重要業績評価指標)を下方修正しました。欧州や中国における景気低迷など、経営環境が厳しい状況が続くためです。
ただし、構造改革による収益改善は計画どおり進捗しており、2027年以降の早期にROE8%以上の達成を目指しています。株主資本コストを上回る収益性の実現が当面の目標となっています。
UBE:基礎化学品から撤退、スペシャリティへシフト
大胆な事業転換
UBE(旧宇部興産)は、より大胆な構造転換を進めています。2025〜2030年度の6年間で約4,600億円を設備投資・投融資に充て、スペシャリティー化学分野への集中投資を行う新中期経営計画を発表しました。
投資配分は、全体の75%をスペシャリティー化学に充て、10%を構造改革に使う方針です。注力分野は分離膜、窒化ケイ素、高機能コーティング、ポリイミドなど、高付加価値の機能性化学品です。
基礎化学品からの前倒し撤退
基礎化学品事業については、撤退・縮小を加速しています。アンモニアおよび関連製品群は、当初計画より2年強前倒しして2027年度末(2028年3月)に生産停止となります。カプロラクタム(ナイロン原料)およびナイロンポリマーは、さらに早く2026年度末(2027年3月)に生産停止の予定です。
この構造改革に伴う減損損失は約350億円と見込まれ、2025年3月期に一括計上されます。また、設備の解体撤去費用約300億円は2028年3月期以降に計上される予定です。
2030年の業績目標
構造改革の結果、宇部ケミカル工場はスペシャリティ事業中心の拠点に生まれ変わります。UBEは2030年度の業績目標として、売上高5,500億円、営業利益600億円、当期純利益450億円の黒字を掲げています。
また、温室効果ガス排出量の多いアンモニア、カプロラクタム設備の前倒し停止により、GHG(温室効果ガス)の2030年度削減目標(2013年度比50%削減)は2028年度頃に前倒しで達成できる見込みです。
M&A戦略
UBEは成長戦略としてM&A(企業の合併・買収)も積極的に活用しています。ドイツのLANXESS社からウレタンシステムズ事業を約736億円で買収しました。さらに2028〜30年度には、同規模のM&Aを2件程度実施する計画を示しています。
積水化学:ペロブスカイト太陽電池で新市場開拓
2026年3月に商用化
積水化学工業は、次世代太陽電池として注目されるペロブスカイト太陽電池の商用化を2026年3月から開始します。薄くて軽く、曲げることができるという特性を活かし、従来のシリコン太陽電池では設置できなかった場所への展開が期待されています。
2025年1月には新会社「積水ソーラーフィルム株式会社」を設立しました。出資比率は積水化学86%、日本政策投資銀行14%です。
大規模投資計画
積水化学は2027年4月に年間100MW(10万キロワット)の製造ライン稼働を目指し、設備投資額は約900億円とみられています。さらに海外展開も視野に入れ、段階的な増強投資を行い、2030年にはGW(ギガワット)級の製造ライン構築を目指しています。
経済産業省の「GXサプライチェーン構築支援事業」に採択されており、1GW体制整備に向けた総事業費3,145億円のうち、最大1,572.5億円の補助金が交付される予定です。政府も国産ペロブスカイト太陽電池の産業化を強力に支援しています。
技術と性能
積水化学はロール・ツー・ロール方式でのペロブスカイト太陽電池製造技術を確立しています。現在、変換効率15%を達成し、屋外耐久性は10年相当を実現しています。同社は2025年度までに耐久性を20年相当に伸ばし、パネルの製造幅を現行の30cmから1mに拡大する目標を設定しています。
コスト競争力の獲得へ
積水ソーラーフィルムの上脇太社長は、材料・施工・物流・廃棄リサイクルを含めたトータルコストについて、「2030年までには現在主流のシリコン太陽電池と同等まで持っていきたい」と語っています。コスト競争力を獲得できれば、ペロブスカイト太陽電池の普及が一気に加速する可能性があります。
素材産業の転換が示すもの
「選択と集中」の加速
AGC、UBE、積水化学の3社に共通するのは、「選択と集中」の徹底です。低収益の汎用品から撤退し、高付加価値の機能性材料や次世代技術に経営資源を集中させています。
この背景には、中国企業の台頭による価格競争の激化、脱炭素への対応、人手不足など複合的な要因があります。日本の素材メーカーは、コスト競争ではなく技術力で勝負する方向に舵を切っています。
政府支援の重要性
積水化学のペロブスカイト太陽電池に対する大規模な政府補助金に見られるように、戦略的な産業分野への政策支援が重要な役割を果たしています。GX(グリーントランスフォーメーション)関連投資は今後も拡大が見込まれます。
投資家への示唆
素材セクターへの投資を検討する際は、各社の構造改革の進捗状況と、成長事業の収益化時期を見極めることが重要です。短期的には減損損失や構造改革費用の計上が続く可能性がありますが、改革を着実に進めている企業は中長期的な収益改善が期待できます。
まとめ
2026年は日本の素材産業にとって大きな転換点となります。AGCはディスプレー事業の黒字化に向けた構造改革を進め、UBEは基礎化学品からの撤退を前倒しでスペシャリティ化学への転換を加速しています。そして積水化学は、ペロブスカイト太陽電池という次世代技術の商用化に踏み出します。
これらの動きは、日本の製造業が「何を作るか」を根本から見直していることを示しています。汎用品の大量生産から、技術力を活かした高付加価値製品へのシフトが進んでいます。構造改革は痛みを伴いますが、その先に新たな成長の道筋が見えてきています。
参考資料:
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