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by nicoxz

熱海の老舗干物店がJTBと挑む「夕食難民」解消の新モデル

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はじめに

東京から新幹線で約45分。アクセスの良さで人気の観光地・熱海が、意外な課題を抱えています。「夕食難民」、つまり夜に食事をする場所が見つからない宿泊客の問題です。日中は賑わう街が夕方以降は閑散とし、18時を過ぎると多くの飲食店が閉まってしまいます。

この課題に挑むのが、創業160年超の老舗干物店「釜鶴(かまつる)」と旅行大手JTBの異色のタッグです。2026年2月から始まった「シェフ・イン・レジデンス」事業では、東京から招いたシェフが熱海に滞在しながら、干物を主役にしたコースディナーを提供しています。

熱海が抱える「夕食難民」問題

昼は賑わい、夜は閑散

熱海は日帰り観光客が大半を占めるという構造的な特徴があります。日中はビーチ沿いや商店街に人があふれますが、夕方になると多くの観光客が帰路につき、街は急速に静まり返ります。

この「昼と夜のギャップ」が飲食店経営にも影響しています。夜間の集客が見込めないため、多くの飲食店が早い時間に閉店してしまうのです。結果として、素泊まりの宿泊客やヴィラの滞在者が夕食を食べる場所に困る「夕食難民」が生まれています。

素泊まり増加が問題を顕在化

近年、旅館やホテルの素泊まりプランの増加も夕食難民問題を深刻化させています。かつての熱海は一泊二食付きの旅館泊が主流でしたが、宿泊スタイルの多様化に伴い、食事なしで自由にディナーを楽しみたいというニーズが高まっています。しかし、その受け皿となる飲食店が不足しているのが現状です。

熱海は1960年代半ばに年間500万人以上の宿泊客を集めた全盛期から長期低迷を経験し、2011年には246万人まで落ち込みました。その後の復活を遂げたものの、夜間経済の活性化は依然として大きな課題として残されています。

「Himono Dining かまなり」の挑戦

5代目が切り開いた干物の新境地

この挑戦の出発点は、約3年前に遡ります。熱海で5代にわたって干物を作り続けている「釜鶴」の5代目社長・二見一輝瑠氏が、「干物の可能性を広げたい」との思いから、干物を使った洋食レストラン「Himono Dining かまなり」を熱海銀座に開業しました。

「かまなり」では、高品質な干物をフレンチやイタリアンの技法で再構築した料理を提供しています。干物を「朝食のおかず」「お土産」という従来のイメージから脱却させ、ディナーの主役に据えるという大胆な発想が話題を呼びました。

JTBとの「シェフ・イン・レジデンス」事業

2026年2月、かまなりにJTBが本格参入する形で「シェフ・イン・レジデンス」の実証事業がスタートしました。実施期間は2月19日から3月22日まで、営業時間は18時から21時30分(水曜定休)です。

「シェフ・イン・レジデンス」とは、料理人が地域に一定期間滞在しながら、地元の食材や生産者と交流し、その土地ならではのメニューを開発・提供する取り組みです。アーティストが地域に滞在して創作活動を行う「アーティスト・イン・レジデンス」の料理版と言えます。

東京から招かれたシェフが熱海に「住まい」ながら、釜鶴の干物をフレンチやイタリアンの技法で仕立てた「HIMONO ガストロノミー」のコースディナーを提供します。厳選されたワインとのペアリングも楽しめる構成です。

JTBが目指す「食を通じたエリア開発」

夜間経済の活性化

JTBがこの事業に取り組む背景には、単なる飲食事業への参入ではなく、「食」を軸にした地域開発への戦略的な狙いがあります。熱海の夜間経済を活性化し、宿泊需要の拡大につなげるという構図です。

素泊まりプランの宿泊客や富裕層のヴィラ滞在者にとって、質の高いディナーの選択肢が増えることは宿泊の動機付けになります。「夕食があるから泊まろう」という流れを作ることが、観光地としての価値を底上げします。

人手不足と空き店舗の課題にも対応

シェフ・イン・レジデンスの仕組みには、地方の飲食店が抱える人手不足や空き店舗問題への解決策としての側面もあります。常時雇用のシェフを確保することが難しい地方都市でも、期間限定でプロの料理人を招くことで質の高い飲食体験を提供できます。

JTBは今回の実証事業の成果を検証し、熱海市内の他のエリアへの展開や、他の観光地への水平展開も視野に入れています。

注意点・展望

観光地の「食」は地元も大切に

宿泊客のための飲食店充実は重要ですが、観光客向けの店ばかりが増えると、地元住民の「夕食難民」が新たに生まれるリスクもあります。観光客と地元住民の双方にとって魅力的な飲食環境の整備が求められます。

今回の取り組みでは、干物という地元に根差した食材を軸にしている点が特徴的です。外から持ち込んだ流行の料理ではなく、地域資源の価値を高めるアプローチは、持続可能な地域活性化のモデルとして注目されます。

地方観光の新しい形

「食」を観光の核に据える動きは全国に広がっています。ガストロノミーツーリズム(美食旅行)は、地方の食材や食文化を体験するために旅をする新しい観光形態です。地域の特産品に新たな価値を加え、観光消費単価を高める手法として、多くの自治体や観光事業者が注目しています。

まとめ

熱海の「夕食難民」問題に対する釜鶴とJTBの挑戦は、単なる新レストランの開業にとどまりません。「干物」という地域の伝統的な食材にガストロノミーの要素を掛け合わせ、夜間経済の活性化と宿泊需要の拡大を同時に狙う、地方観光の新しいモデルです。

「シェフ・イン・レジデンス」という仕組みは、人手不足に悩む地方の飲食業界にとっても示唆に富むものです。3月までの実証期間の成果が、熱海だけでなく全国の観光地の「夕食問題」解決のヒントになる可能性があります。

参考資料:

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