監査法人の会計士人数要件を厳格化、中小の合併加速へ
はじめに
日本公認会計士協会は2026年1月26日、上場企業を監査する監査法人の登録要件を厳格化し、最低5人としている公認会計士の必要人数を引き上げる方針を発表しました。この動きの背景には、2025年に発覚した中小監査法人が担当したオルツの会計不正問題があります。
中小監査法人に監査を依頼する上場企業が増加する中、監査品質の底上げが喫緊の課題となっています。今回の規制強化は、中小監査法人の合併や規模拡大を促し、監査業界の構造改革を加速させる可能性があります。
本記事では、規制強化の背景にある監査品質の問題と、今後予想される業界再編の動向を詳しく解説します。
規制強化の背景:オルツ会計不正事件
上場10ヶ月で発覚した大規模不正
AI関連スタートアップのオルツは、2024年10月に東証グロース市場へ上場しました。しかし上場からわずか10ヶ月後の2025年4月、証券取引等監視委員会(SESC)による調査を契機に、売上高の大規模な過大計上が発覚しました。
第三者委員会の調査によると、オルツが開示していた売上高の大部分が架空でした。2024年12月期の売上高60億円のうち82%(49億円)、2023年12月期の売上高41億円のうち91%(37億円)、2022年12月期の売上高26億円のうち91%(24億円)が過大計上だったとされています。
不正の手口は「循環取引」と呼ばれるものでした。オルツは広告代理店や研究開発業者に資金を支出し、その資金が最終的にオルツへの売上代金として戻ってくるスキームを構築していたのです。
中小監査法人は不正を見抜けず
問題となったのは、監査を担当した中小監査法人「監査法人シドー」の対応です。同法人は2022年9月にオルツと監査契約を締結し、会計監査人に就任しました。
実は、前任の監査法人から監査法人シドーへの引き継ぎの際、「循環取引の疑義が生じた」との指摘があったことが明らかになっています。監査法人シドーはこの時点で不正の疑いを認識していたものの、オルツ側が提出した虚偽の資料により実態があるように見せかけられ、無限定適正意見を表明してしまいました。
刑事事件への発展と上場廃止
東証は2025年7月にオルツの上場廃止を決定。同年10月には元役員らが金融商品取引法違反容疑で逮捕・起訴され、会計不正問題は刑事事件に発展しました。オルツは民事再生法の適用を申請し、上場から1年足らずで市場から姿を消すことになりました。
中小監査法人を取り巻く課題
大手から中小へのシフト
近年、上場企業の監査を担う主体に変化が生じています。大手監査法人では監査を行う会計士の不足に加え、必要な監査手続きの増加により1社あたりの監査工数が増えています。その結果、大手のリソース不足を中小監査法人がカバーする構図となり、中小監査法人の監査割合は上昇傾向にあります。
2023年3月末時点で監査法人数は280法人に達し、増加傾向が続いています。ただし、所属する常勤公認会計士数が25人未満の中小法人が全体の90%超を占めており、規模の小さい法人が大多数を占める構造となっています。
相次ぐ行政処分
中小監査法人の中には監査品質が不十分なケースもあり、ここ数年で行政処分が相次いでいます。2023年3月には金融庁がひびき監査法人に対し、監査法の運営が著しく不当だとして業務改善命令を発出。同年6月には赤坂有限責任監査法人にも業務改善命令が出されました。
2024年9月には、公認会計士・監査審査会が爽監査法人に対して行政処分を勧告。同法人は監査対象企業の情報を私用メールに転送するなど、情報セキュリティの内部管理に不備が見つかりました。
品質管理体制の脆弱性
中小監査法人の多くは、限られた人員で業務を回しているため、品質管理体制の構築が十分でない場合があります。大手監査法人と比較して、複数の目でチェックする体制や、専門的な知見を持つ人材の確保が難しい状況にあります。
オルツの事例では、循環取引という古典的な不正手法が見抜けませんでした。複雑な取引の実態を検証するためには、十分な人員と専門性が必要であることが改めて浮き彫りになりました。
上場会社等監査人登録制度の現状
2023年から始まった新制度
上場会社等監査人登録制度は、2022年5月の公認会計士法改正を受けて2023年4月から運用が開始されました。上場会社の財務書類について監査証明業務を行う監査法人や公認会計士に対する登録制度で、日本公認会計士協会が運営しています。
従来は協会の自主規制として監査法人の登録・管理が行われていましたが、監査品質への懸念を踏まえて登録が法定化されました。登録時の審査がより専門的に行われるようになり、規制が強化されています。
現行の登録要件
現行制度では、監査法人が上場会社等監査人として登録するためには、5人以上の公認会計士を有し、監査証明業務を組織的に行う体制を整備していることが必須条件とされています。体制に不備がある場合は登録を取り消される可能性があります。
2024年9月30日までに登録申請があった全ての「みなし登録上場会社等監査人」について審査が終了し、2025年7月時点で登録上場会社等監査人は127事務所となりました。経過措置期間中の133事務所から6事務所減少しており、登録要件を満たせなかった法人が存在することがわかります。
品質管理レビューの強化
日本公認会計士協会は、登録上場会社等監査人に対する品質管理レビューを強化しています。2024年度以降、品質管理体制の整備状況に加え、運用状況についても「より高い規律付け」が果たされているかの確認を進めています。
中小監査事務所においても、改訂品質管理基準への対応や、監査事務所のガバナンス・コードの適用およびその状況の公表などが順次求められています。
今後の見通し:合併・再編の加速
規模拡大への圧力
今回の登録要件厳格化により、中小監査法人は規模拡大を迫られることになります。最低人数要件の引き上げは、単独では要件を満たせない小規模法人に対し、合併や統合を促す効果があります。
近年の監査法人再編の背景には、テクノロジーの進化によりデジタルツールを活用した監査業務が求められていることもあります。小規模の法人では対応が難しい場合があり、競争力強化のために規模拡大を目指す動きが加速しています。
過去の合併事例
2023年12月にはPwCあらた監査法人がPwC京都監査法人を吸収合併し、「PwC Japan有限責任監査法人」として新スタートを切りました。この合併により75社の上場企業の監査法人異動が発生し、2023年の「監査法人異動」開示企業数264社の約3割を占めました。
準大手・中小監査法人の間でも、競争力強化を目的とした合併が相次いでいます。今回の規制強化により、この流れはさらに加速すると予想されます。
監査難民問題への懸念
一方で、規制強化には副作用も懸念されています。中小監査法人も大手と同様に内部管理体制の強化が求められるようになれば、1社あたりの監査工数が増加します。その結果、監査を受けられない「監査難民」がさらに増える可能性が指摘されています。
特にIPO準備企業にとっては、監査法人の確保が一層困難になる恐れがあります。監査の担い手不足に対する懸念が高まる中、質と量の両面で監査へのニーズに応える体制づくりが課題となっています。
まとめ
日本公認会計士協会による監査法人登録要件の厳格化は、オルツ会計不正事件を教訓とした監査品質向上への取り組みです。中小監査法人に上場企業の監査を依頼するケースが増える中、監査品質の底上げは投資家保護の観点から不可欠といえます。
今回の規制強化は、中小監査法人の合併・統合を促進し、業界の構造改革を加速させる契機となるでしょう。一方で、監査の担い手不足という課題も顕在化しており、監査業務の魅力向上と人材確保の両面からの対応が求められています。
上場企業を取り巻く監査環境は大きな転換期を迎えています。投資家としても、投資先企業の監査法人の体制や品質に注目することが重要になってきています。
参考資料:
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