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by nicoxz

クマ駆除と猟銃許可判決を読む 公益と安全の線引きはどこにあるか

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はじめに

2026年3月27日、北海道砂川市でクマを駆除したハンターの猟銃所持許可を取り消した処分をめぐり、最高裁第三小法廷が二審を破棄し、処分を違法とする判断を示したと報じられました。この裁判は、一人のハンターの名誉回復にとどまらず、野生動物対策の現場で「安全確保」と「公益性」をどう両立させるかを問い直す事件です。判決文の公開にはタイムラグがあるため、本稿では公表済みの札幌地裁・札幌高裁判決、弁論段階の報道、環境省の制度資料をもとに、なぜこの判断が重いのかを整理します。

争点は「危険な発砲」だったのか「過重な処分」だったのか

裁判の経緯と一審・二審の違い

事案の発端は2018年です。池上治男さんは砂川市の要請を受け、警察官立ち会いのもとでヒグマを駆除しました。ところが北海道公安委員会は、建物に弾丸が到達するおそれがある方向への発砲だったとして、2019年にライフル銃の所持許可を取り消しました。これに対し池上さんは、処分は銃刀法の要件を満たさず、裁量権の逸脱または濫用にあたるとして提訴しました。

札幌地裁は2021年12月、処分を違法として取り消しました。裁判所の要旨によれば、池上さんの出動は自治体の要請に基づくもので、地域住民の不安に応じた公共性の高い行為でした。現場には警察官もおり、発砲の可能性を認識しながら制止していなかったこと、ヒグマの背後に高さ約8メートルの土手があったこと、射距離が15〜19メートル程度と短く弾丸は実際にクマに命中していたことなどを踏まえ、許可取消は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くと判断しました。

ところが札幌高裁は2024年10月、一審を取り消して逆転敗訴としました。高裁の判例要旨では、発砲方向や弾丸到達の危険性を重く見て、公安委員会の判断に違法はないと整理しています。ここで見えてくるのは、発砲そのものの是非よりも、危険の評価にどこまで行政裁量を認めるかという争点です。最高裁が2026年2月に口頭弁論を開いた時点で、二審判断が見直される可能性は高いと報じられていました。

最高裁判断が示したメッセージ

3月27日の速報では、最高裁は処分が重すぎるとみて、裁量権の範囲を逸脱または濫用したと判断したと伝えられています。この方向性は一審の考え方と整合的です。つまり、違反の有無を抽象的に切り取るのではなく、現場の状況、自治体要請の性質、警察官の関与、実際の危険度、地域防除の必要性を総合評価しなければならないということです。

この点は、行政法の実務でも重要です。猟銃所持許可の取消は、単なる注意や一時停止ではなく、ハンターの活動基盤を奪う最も重い措置に近い効果を持ちます。しかも北海道では、ヒグマ対応の経験を持つ人材は限られています。現場で自治体に協力した結果として、後から最重度の処分を受けるなら、他のハンターも委縮しかねません。3月11日の北海道放送の特集でも、現場を知る弁護士や猟友会関係者が、この裁判が全国のハンターの萎縮につながると懸念していました。

この判決がクマ対策全体に与える影響

クマ対策はむしろ強化局面にある

今回の事件を「ハンター寄りの判決」とだけ見ると、本質を外します。国の制度設計は近年むしろ、クマ対応を厳格化しつつ、現場で迅速に動ける体制を増やす方向にあります。環境省は、2023年度のクマ類による人身被害が過去最多となったことを受け、2024年に四国を除くクマ類を指定管理鳥獣に追加しました。さらに2025年には、日常生活圏に出没したクマやイノシシに対し、市町村が委託した者による銃猟を条件付きで可能にする「緊急銃猟制度」が創設されています。

環境省のガイドラインは、緊急銃猟を無制限に認めているわけではありません。通行規制、住民避難、バックストップの確認、捕獲者の技量確認など、安全対策を細かく求めています。裏を返せば、制度は現場の発砲を必要と認めつつ、その責任を自治体、警察、実施者で分担する方向に進んでいるということです。今回の最高裁判断は、その流れと矛盾しません。必要な発砲を一律に危険視して最重処分にするのではなく、具体的状況を踏まえた判断が必要だという整理だからです。

担い手不足の時代に何が問われるか

もう一つの論点は担い手です。環境省は近年、専門人材の育成や配置を交付金で支援し、クマ対策専門官の募集まで進めています。背景には、クマの出没が広域化し、従来より多くの自治体が対応を迫られている現実があります。北海道も2024年に「ヒグマ対策の手引き」を改訂し、市街地や住宅地まで含めた対策を整理しました。ヒグマの許可捕獲数は高水準で推移しており、現場負担は確実に増しています。

この局面で、行政がハンターに協力を求めながら、現場判断のリスクをほぼ個人に負わせる運用を続ければ制度は回りません。池上さんの訴訟が注目を集めたのは、クマを撃ったかどうかではなく、自治体の依頼で住民の安全確保に動いた人が、後から「危険だった」として切り離された構図に、多くの関係者が危機感を持ったからです。最高裁判断は、行政に対しても、現場の公共性を踏まえた処分選択を求めたものと読むべきです。

注意点・展望

もっとも、この判決は「クマ駆除なら広く発砲してよい」という意味ではありません。環境省の緊急銃猟制度でも、住宅密集地などで第三者被害の危険が高い場面では銃猟はできません。安全確保の手順、射線管理、現場指揮、責任分担は今後さらに厳密に問われるはずです。最高裁が問題にしたのは、危険評価を無視したことではなく、個別事情を踏まえずに最も重い取消処分を選んだ点だとみるのが自然です。

今後の実務では、自治体と警察、猟友会が事前計画をどこまで共有できるかが焦点になります。誰が出動を要請し、誰が安全確認を担い、事故時の責任をどう分担するのか。ここが曖昧なままでは、判決が出ても萎縮効果は残ります。必要なのは、ハンターの善意に依存する運用ではなく、制度としてリスクを管理する設計です。

まとめ

2026年3月27日の最高裁判決は、クマ駆除の現場で起きた一件を超え、行政裁量の限界を示した判断として重要です。争点は単純な「発砲の可否」ではなく、自治体要請による公益的行為に対して、どこまで重い不利益処分を課せるのかにありました。クマ対策が強化される一方で、担い手不足が深まる中、現場で動く人を守りつつ安全も確保する制度設計が欠かせません。今回の判決は、そのバランスを司法が問い直した出来事として受け止める必要があります。

参考資料:

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