ブラジルがトランプ新関税で最大の恩恵国に
はじめに
2026年2月、米国の通商政策が大きな転換点を迎えました。連邦最高裁判所が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税を違憲と判断したことを受け、トランプ政権は関税体系の全面的な見直しを余儀なくされました。この結果、かつて最大50%の追加関税を課されていたブラジルが、主要貿易国の中で最も大きな恩恵を受ける国として浮上しています。農産物への関税は10%に引き下げられ、航空機は免税となるなど、ブラジルにとっては劇的な好転です。本記事では、この関税見直しの経緯と背景、ブラジル経済への影響について詳しく解説します。
米最高裁判決と関税体系の大転換
IEEPA関税の違憲判決
2026年2月20日、米連邦最高裁判所は6対3の判決で、トランプ大統領がIEEPAに基づいて課した関税を違法と判断しました。ジョン・ロバーツ最高裁長官が多数意見を執筆し、ゴーサッチ判事とバレット判事が全面的に賛同しました。この判決により、2025年2月から段階的に導入されてきた相互関税10%と、ブラジルなど特定国に対する最大40%の追加関税が無効となりました。
トランプ政権は2025年4月以降、IEEPAを根拠として各国に相互関税を課してきました。ブラジルに対しては、2025年8月に40%の追加関税を上乗せし、合計で最大50%という高率の関税を適用していました。今回の最高裁判決は、この法的根拠そのものを否定するものです。
Section 122による新たな関税体系
判決を受け、トランプ大統領は即座に対応策を打ち出しました。2026年2月21日、1974年通商法第122条(Section 122)に基づく新たなグローバル関税を発表しました。Section 122は、大規模かつ深刻な国際収支赤字に対処するため、大統領に最大15%の輸入課徴金を課す権限を与える条項です。
トランプ大統領はこの権限を用いて、全世界一律15%の関税を設定しました。これはSection 122で認められる上限税率にあたります。ただし、この関税には最長150日間という期限があり、その後は議会の承認が必要となります。重要なのは、航空機やエンジン、航空宇宙関連部品がこの新関税の対象外とされた点です。
ブラジルへの影響が最も大きい理由
貿易加重ベースで見ると、ブラジルの実効関税率は13.6ポイントも低下しました。これは主要貿易国の中で最大の下げ幅です。ブラジルが最大の恩恵を受けた理由は明確です。IEEPAに基づく個別の大統領令で最も重い追加関税を課されていた国の一つだったため、その法的根拠が失われたことで最も大きな恩恵を受けることになったのです。CNBCの報道によれば、米国の同盟国がむしろ高い関税を課される一方、かつて「ライバル」とされた国々が救済を受けるという逆転現象が生じています。
ブラジル主要輸出品目への具体的影響
航空機産業への追い風
ブラジルにとって最も注目すべき変化は、航空機の免税措置です。Section 122に基づく新関税体系において、商用航空機、エンジン、航空宇宙関連部品は課税対象から完全に除外されました。これにより、ブラジルの航空機メーカーであるEmbraer(エンブラエル)の対米輸出は関税ゼロとなります。
Embraerは世界第3位の商用航空機メーカーであり、航空機はブラジルの対米輸出品目の中で第3位に位置する高付加価値製品です。従来、Embraer製の航空機には10%の輸入関税が課されていましたが、カナダのボンバルディアやフランスのダッソーなど競合他社の航空機は無関税で米国市場に参入していたため、Embraerは競争上の不利を強いられていました。今回の免税措置により、この不均衡が解消されることになります。
ブラジル政府はこの決定を歓迎する声明を発表しました。米国の航空会社にとっても、Embraerのリージョナルジェットをより安価に調達できるようになるため、双方にとってメリットのある措置といえます。ただし、業界関係者からは「この免税の窓がいつまで続くかが問題だ」との慎重な声も上がっています。
農産物関税の大幅引き下げ
ブラジルの対米農産物輸出も、劇的な改善を見せています。かつて最大50%の関税が課されていた農産物の多くが、10%の税率に引き下げられました。その経緯を振り返ると、2025年11月14日にトランプ大統領が相互関税の農産品免除を定める大統領令を公布し、コーヒー、茶、熱帯果実、カカオ、香辛料、バナナ、オレンジ、トマト、牛肉、肥料など約200品目が10%関税の対象外となりました。
さらに2025年11月20日には、コーヒー、牛肉、果物を含む249品目を40%追加関税の対象外とする大統領令が追加されました。そして2026年2月の最高裁判決により、残存していたIEEPA関税も無効となったことで、ブラジル産農産物への関税は大幅に軽減されました。
ブラジルは世界最大のコーヒー生産国であり、牛肉の輸出大国でもあります。農畜産業振興機構の報告によると、2025年1月から11月までの期間、関税が課されていたにもかかわらず、ブラジルの対米コーヒー輸出額は前年同期比6.8%増、牛肉は20.8%増と堅調に推移していました。関税の大幅引き下げにより、今後さらなる輸出拡大が期待されます。
関税見直しの背景にある戦略的思惑
レアアースと重要鉱物の確保
ブラジルに対する関税が大幅に見直された背景には、単なる法的制約だけでなく、米国側の戦略的な思惑も存在します。ブラジルはレアアース(希土類)や重要鉱物の豊富な埋蔵量を誇る国です。ホワイトハウスがブラジルとの関係正常化を望む最大の動機は、中国産の重要鉱物への依存度を下げたいという安全保障上の要請にあるとされています。
実際、新たな関税体系においても、重要鉱物やエネルギー製品は免除対象に含まれており、米国がブラジルを資源供給パートナーとして重視していることがうかがえます。
ブラジルの外交姿勢
注目すべきは、ブラジルが高関税を課されていた時期にも報復関税を発動しなかったことです。ルラ大統領率いるブラジル政府は、対話による解決を模索する姿勢を維持しました。2025年4月にはブラジル議会で知的財産関連の報復措置を可能とする法案が提出されましたが、政府は慎重な対応を続けました。
この忍耐強い外交姿勢が結果的に功を奏したと見る向きもあります。Bloombergは「ブラジルはトランプとの貿易対決で大敗者から勝者に転じた」と報じており、ブラジルの戦略的な判断を評価する声が高まっています。
注意点・展望
今回の関税見直しはブラジルにとって朗報ですが、いくつかの留意点があります。まず、Section 122に基づく15%のグローバル関税は最長150日間の時限措置です。その後の展開は議会の判断に委ねられるため、恒久的な制度として定着するかは不透明です。
また、鉄鋼やアルミニウムに対する25%の関税は、232条(安全保障条項)に基づくものであり、今回の最高裁判決の影響を受けません。ブラジルの対米鉄鋼輸出は約580万トン(2024年)で、総鉄鋼輸出の約61%を占めるため、この分野では依然として高関税の影響が続きます。
さらに、2025年の高関税期間中にブラジルの輸出市場は大きく変化しました。FTIコンサルティングの分析によれば、米国向け輸出のシェアは2025年10月に前年同月比5.3%減少した一方、中国向けは5.2%増加しています。一度変化した貿易構造が元に戻るには時間がかかる可能性があります。
まとめ
米最高裁によるIEEPA関税違憲判決をきっかけに、ブラジルは主要貿易国の中で最大の恩恵を受ける国となりました。農産物への関税は最大50%から10%へと大幅に引き下げられ、航空機は完全免税となりました。この変化はEmbraerをはじめとするブラジル産業界に大きな追い風となります。ただし、新たな関税体系は時限的な措置であり、鉄鋼・アルミニウム関税は依然として残っています。今後の米議会の動向やトランプ政権の通商政策の方向性を注視する必要があるでしょう。
参考資料
- Some U.S. allies see higher duties under new tariffs, rivals see relief, trade body says - CNBC
- Brazil emerges as the biggest beneficiary of current US tariffs, but caution persists - BNamericas
- Explainer: Trump tariff exemption boosts Embraer, US airlines - Invezz
- Brazil hails zero US tariff on aircraft exports - Free Malaysia Today
- Supreme Court Strikes Down IEEPA Tariffs - Skadden
- Supreme Court Strikes Down IEEPA Tariffs - Holland & Knight
- 米国の関税引き上げがブラジル経済・政治に与えた影響 - ジェトロ
- 牛肉を含む特定の農産物などに対する相互関税およびブラジル向け追加関税を撤廃 - 農畜産業振興機構
- Tariffs Accelerated Brazil’s Export Diversification - FTI Consulting
- Trump tariff pivot could benefit Brazil’s Embraer, US airlines and aerospace industry - Reuters
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