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by nicoxz

Bret Taylor氏が語る「SaaSの死」論の核心と企業対応の分岐点

by nicoxz
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はじめに

「SaaSの死」という言葉は刺激的ですが、2026年3月時点で起きているのは、企業ソフトの一斉消滅ではありません。より正確には、席数課金を前提に、画面を人が操作することで価値を生んできた従来型SaaSの成長方程式が揺らいでいます。OpenAIの取締役会議長であり、AIエージェント企業Sierraの共同創業者でもあるBret Taylor氏が警鐘を鳴らすのは、この変化に企業が適応できるかどうかです。

AIエージェントをめぐる市場の熱気は誇張だけではありません。Microsoftは2025年の調査で、82%のリーダーが「今年は戦略と業務運営を見直す転換点」だと答えたと公表しました。Taylor氏の問題提起から「SaaSの死」が何を意味し、何がまだ残るのかを整理します。

「SaaSの死」論を生んだ収益モデルの転換

席課金モデルへの逆風

Taylor氏が率いるSierraは、AIエージェントによってソフトの収益モデル自体が変わると明確に打ち出しています。同社の公式ブログでは、従来SaaSの典型としてCRMや採用管理などの席課金モデルを挙げたうえで、AIエージェントは「成果が出た時だけ支払う」成果課金へ向かうと説明しています。

ここで重要なのは、AIが単なる機能追加ではなく、SaaSの課金単位を崩し始めている点です。Sierraはさらに、既存の顧客対応ベンダーはAIが優秀になるほど必要席数が減り、自分たちの売上基盤を侵食するジレンマを抱えると指摘しています。つまり「SaaSの死」とは、ソフトが不要になる意味というより、席数と利用者数に比例して売上が伸びるモデルが弱くなることを指します。

画面中心ソフトから実行型エージェントへの移行

Sierraは2025年5月、「ほぼすべての企業が、今のウェブサイトやアプリと同じようにAIエージェントを持つようになる」との見方を示しました。これは、企業システムの価値がダッシュボードやフォームの使いやすさだけでなく、顧客や従業員の代わりにタスクを完了する実行能力へ移るという発想です。Taylor氏が語る「SaaSの死」は、UI中心の時代からエージェント中心の時代への移行宣言でもあります。

市場もこの構図を意識しています。TechCrunchは2026年3月1日、2月初旬にソフトウェア・サービス株から約1兆ドルの時価総額が失われたと報じました。背景には、AIエージェントが既存SaaSの中核機能だけでなく、追加オプションや周辺機能まで置き換え得るとの見方があります。

それでもSaaSが消えない理由

記録・統制・統合に残る企業基盤の価値

ただし、「明日からERPやCRMが不要になる」と考えるのは早計です。Gartnerは2026年1月、AIが企業に広がる2026年でも、AIは新規の夢物語としてではなく「既存ソフトウェア提供者から売られることが多い」と述べました。これは、企業が依然として既存ベンダーのデータ、権限管理、監査、ワークフロー、コンプライアンスを重視していることを示しています。

Microsoftの2025年調査でも、46%のリーダーがすでにエージェントで業務プロセスやワークストリームを完全自動化していると回答しています。ただ、その前提には既存システムのデータ連携と業務ルールがあります。AIエージェントは無から仕事を生みません。請求、契約、在庫、顧客履歴といった企業の基幹データを参照し、承認フローや権限制御の上で動くため、裏側のSaaSや業務基盤はむしろ重要性を増します。

この点を踏まえると、筆者の見立てとして、消えるのはSaaSそのものより「人が画面を開いて操作すること自体を価値としていた部分」です。データベース、記録システム、監査証跡、業務ルールの実装は残り、その上に自然言語や自律実行のレイヤーが重なる構図になりそうです。

既存大手による自己破壊型アップデート

既存SaaS企業も手をこまねいているわけではありません。Salesforceは2026年2月25日の決算発表で、総RPOが724億ドル、AgentforceのARRが8億ドル、累計案件数が2万9000件に達したと公表しました。

ServiceNowも同様です。2025年1月には、AI Agent OrchestratorとAI Agent Studio、数千の事前構築済みAIエージェントを発表しました。5月には「any AI, any agent, any model」を掲げる新AI Platformを公開し、社内外のモデルやエージェントを束ねる方向へ踏み込みました。つまり大手は、SaaSを守るというより、自社のSaaSをエージェント基盤へ作り替える「自己破壊」に動いています。

この動きはTaylor氏の主張とも整合します。Sierra自身も2026年2月時点でARRが1億5000万ドル超に達し、顧客の4分の1が年商100億ドル超の企業だとしています。AIネイティブ企業が伸びる一方で、既存大手も再設計を急いでいるため、勝敗は単純な新旧対決ではありません。

注意点・展望

「SaaSの死」を議論するうえで、ありがちな誤解は二つあります。一つは、AIエージェントがあればすぐに大企業システムを置き換えられるという見方です。実際には、業務ルール、セキュリティ、監査、責任分界、失敗時の復旧設計が欠かせません。もう一つは、既存ベンダーは古くて不利だという見方です。Gartnerが示す通り、企業は当面、実績あるベンダー経由でAIを導入する傾向が強いとみられます。

今後の焦点は、どの会社が「AIを載せたSaaS」を超えて、「AIが仕事を終わらせる基盤」へ進化できるかです。席課金、消費課金、成果課金をどう組み合わせるか、エージェントの判断をどう監査するか、既存データ資産とどう結び付けるかが競争軸になります。Taylor氏の警告は、実務的な問題提起です。

まとめ

「SaaSの死」は、企業ソフトが一夜で消えるという話ではありません。席課金モデルの弱体化、画面中心UIからエージェント実行への移行、そして既存大手の自己破壊的な再編が同時に進んでいる局面です。OpenAIの取締役会議長でもあるBret Taylor氏の発言は、この変化を言い表したものといえます。

2026年3月時点でより現実的な見方は、「SaaSは死ぬ」のではなく、「SaaSの勝ち方が変わる」です。企業にとって重要なのは、既存システムを守るか捨てるかの二択ではありません。自社の業務データとルールを土台に、どの領域からエージェント化し、どの課金モデルと運用体制で成果へつなげるかを見極めることです。

参考資料:

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