バーリ氏が円キャリー逆回転に警鐘、米株債券への影響とは
はじめに
2008年のサブプライムローン危機を予見し「世紀の空売り」として名を馳せた米著名投資家マイケル・バーリ氏が、新たな警鐘を鳴らしています。今度のターゲットは「円キャリートレード」です。
バーリ氏は2026年1月、自身のニュースレター「Cassandra Unchained」で、円キャリートレードの逆回転(アンワインド)が米国株式市場と債券市場に「多くの影響」をもたらす可能性があると警告しました。2024年8月には円キャリートレードの解消が日経平均株価の史上最大の下落を引き起こしており、バーリ氏の指摘は市場関係者の間で大きな注目を集めています。
この記事では、円キャリートレードの仕組みとリスク、バーリ氏の警告の背景、そして投資家が取るべき対策について詳しく解説します。
円キャリートレードとは何か
基本的な仕組み
円キャリートレードとは、金利の低い日本円で資金を調達し、金利の高い通貨(主に米ドル)に交換して高金利資産で運用する投資手法です。日本の政策金利が長年にわたり超低金利だったことから、ヘッジファンドや機関投資家、個人投資家に広く利用されてきました。
具体的な流れとしては、まず日本の短期金融市場で円を借り入れ、それを外貨に交換します。この時点で「円売り」が発生するため、円キャリートレードの拡大は円安要因となります。その後、調達した外貨で米国株や米国債などの高利回り資産に投資し、金利差による収益を狙います。
収益の源泉と潜在リスク
円キャリートレードの収益は、日米間の金利差から生まれます。たとえば、日本で0.75%の金利で借り入れ、米国で4%以上の利回りで運用できれば、その差額が利益となります。
しかし、この取引には大きなリスクが潜んでいます。為替変動リスクです。1ドル160円の時に円を借りてドルに交換した場合、もし1ドル140円まで円高が進むと、たとえ高い金利収益を得ていても為替差損で大きくマイナスになることがあります。
さらに深刻なのが「巻き戻しリスク」です。日本で利上げが進んだり、米国で利下げが行われたりすると、金利差が縮小し、円キャリートレードのうまみが失われます。その結果、投資家は一斉にポジションを解消しようとします。これが「逆回転」と呼ばれる現象です。
2024年8月の「令和のブラックマンデー」に学ぶ
史上最大の暴落
円キャリートレードの逆回転がいかに破壊的かは、2024年8月の出来事が如実に示しています。
2024年8月5日、日経平均株価は4,451円28銭(12.4%)下落し、史上最大の終値の下げ幅を記録しました。一部では「植田ショック」や「令和のブラックマンデー」と呼ばれています。わずか16営業日前に付けた史上最高値42,224円から、25.5%も下落したことになります。
暴落の引き金
この暴落の背景には複合的な要因がありました。まず、米国の雇用統計が予想を大幅に下回り、景気後退懸念が高まりました。そして7月31日、日本銀行が政策金利を0.25%に引き上げたことで、円高が急速に進行しました。
円は150円台から140円台半ばまで急上昇し、それまでの円安トレンドが転換したと見られました。その結果、円キャリートレードが一斉に解消され、日本株をはじめとするリスク資産が大量に売られることになりました。
教訓と警戒点
この事例から分かるのは、円キャリートレードの解消が「連鎖的かつ急激に」起こりうるということです。為替市場と株式市場が相互に影響し合いながら下落が加速するため、被害が予想以上に拡大する傾向があります。
マイケル・バーリ氏の警告
バーリ氏とは何者か
マイケル・バーリ氏は、2008年のリーマンショックを事前に予見し、サブプライムローン関連商品の空売りで莫大な利益を上げた投資家です。その経緯は書籍「世紀の空売り」や映画「マネーショート」で描かれ、世界的に知られる存在となりました。
興味深いのは、バーリ氏がもともと医師だったことです。ヴァンダービルト大学医学部を卒業後、16時間勤務の合間にブログで投資分析を発信し、その実績が注目を集めてヘッジファンドを設立した異色の経歴の持ち主です。
2025年11月にはヘッジファンドを閉鎖し、現在はニュースレター「Cassandra Unchained」を通じて市場分析を発信しています。なお「カサンドラ」とはギリシャ神話で「真実を予言しても誰にも信じてもらえない」預言者の名前です。
今回の警告の内容
バーリ氏は2026年1月のニュースレターで、日本円は「長い間、トレンド転換が待たれている」と指摘しました。もしトレンドが転換すれば、資金の流れが大きく変わり、投資マネーが米国から日本へ還流する可能性があると警告しています。
バーリ氏は「日本での金利上昇と米国での金利低下は、米国の株式と債券を傷つけるだろう。逆の状況がこれまで米国の株式と債券を助けてきたのと同じ理屈だ」と述べています。
また「私はこの市場が何かのきっかけを必要としているとは思わないが、これは1年以上にわたって可能性のある要因として指摘されてきた」とも付け加えています。
現在の市場環境
日銀の金融政策
日本銀行は2026年1月の金融政策決定会合で、政策金利を0.75%に据え置きました。これは1995年9月以来の高水準です。
今後の利上げについては、野村證券は2026年6月と12月、さらに2027年6月に0.25%ずつ利上げし、最終的に1.5%に達すると予想しています。第一生命経済研究所は2026年7月に1.0%、2027年前半に1.25%との予測を示しています。
いずれにせよ、日銀は緩やかながらも利上げを継続する方向であり、円キャリートレードの環境は徐々に悪化していく見通しです。
為替介入の警戒感
2026年1月下旬、ニューヨーク連邦準備銀行がディーラーにドル円レートを確認したとの報道がありました。これは「レートチェック」と呼ばれ、一般的に為替介入の前段階と見なされます。
この報道を受けて円売りポジションの解消が急速に進み、円は2営業日で約3%上昇しました。これは2024年8月以来の大きな動きであり、市場が円キャリートレードのリスクを再認識したことを示しています。
投資家が考慮すべきポイント
過度な懸念は不要か
一方で、円キャリートレードの規模は過大評価されているとの見方もあります。国際決済銀行(BIS)の分析によれば、キャリートレードの規模は約40兆円(2,610億ドル)と、一部で言われる「数兆ドル規模」よりはるかに小さいとされています。
また、2024年8月以降、円キャリートレードは徐々に解消が進んでおり、直近四半期では前年同期比でポジションの増加は見られないとの分析もあります。
それでも注意が必要な理由
しかし、完全に楽観視するのは危険です。2024年8月の暴落は、比較的小さなきっかけから予想以上の連鎖反応が起きた事例です。日銀の利上げ継続、米国の利下げ観測、地政学的リスクなど、複数の要因が重なれば、再び急激な巻き戻しが起こる可能性は否定できません。
特に注意すべきは、米国債市場への影響です。円キャリートレードの解消時には、米国債が売却されることで金利上昇圧力がかかります。これは株式市場にも波及し、世界的なリスクオフムードを引き起こしかねません。
まとめ
マイケル・バーリ氏が警告する円キャリートレードの逆回転リスクは、2024年8月の暴落を経験した市場にとって決して他人事ではありません。日銀の利上げ継続と米国の金融政策の変化により、円キャリートレードの環境は変わりつつあります。
投資家としては、ポートフォリオの分散化を確認し、急激な為替変動や株価調整に備えることが重要です。バーリ氏の警告が的中するかどうかは分かりませんが、リスク管理を怠らない姿勢が、変動相場を生き抜く鍵となるでしょう。
参考資料:
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