中国「ネズミ人間」が示す若者の虚無と世界経済への警鐘
はじめに
「鼠人(ネズミ人間)」「躺平(寝そべり)」「擺爛(腐らせる)」——中国のSNSで若者たちが自嘲的に使うスラングが、国境を越えて注目を集めています。
これらの言葉は単なる流行語ではありません。20%を超える若年失業率、熾烈な競争社会、そして手の届かない住宅価格という現実に直面した若者たちの「静かな抵抗」を象徴しています。
さらに深刻なのは、この現象が中国だけの問題ではないという点です。高齢化が進む成熟社会では、2040年代に世界経済の潜在成長率が2%程度まで低下するとの予測もあります。α世代が社会の中核を担う時代、私たちはどのような世界に生きることになるのでしょうか。
「ネズミ人間」とは何か——都市の片隅で生きる若者たち
低エネルギー生活という選択
「ネズミ人間」とは、都市の片隅で目立たず、最小限のエネルギー消費で生活する若者たちを指す中国発のネットスラングです。彼らの生活は「低エネルギー」であることが最大の特徴で、1日の大半をベッドの上で過ごし、スマートフォンをスクロールし続けます。
まるで「壁の割れ目で生き残っている小さなネズミ」のように感じているため、自嘲的に自らをネズミ人間と呼んでいます。中国のSNSプラットフォームでは、この話題が20億回近い閲覧数を記録するなど、2025年最も注目された若者のペルソナとなりました。
「躺平」からさらに進んだ撤退
「ネズミ人間」が注目される以前、中国では「寝そべり族(躺平族)」が話題となりました。2021年頃から広まったこの言葉は、過酷な競争社会から距離を置き、最低限の生活だけを送る若者たちを指していました。
しかし「ネズミ人間」は、躺平よりもさらに消極的です。躺平がまだ趣味や副業の余地を残していたのに対し、ネズミ人間は完全に社会から撤退します。「何もしない」こと自体を一種の誇りとし、誰が最も低エネルギーで1日を過ごせるかをオンラインで競い合う者さえいます。
中には「1日23時間ベッドで過ごす」と投稿する若者もおり、トイレと食事の宅配受け取り以外は一切動かない生活を送っています。
虚無の背景にある構造的問題
深刻化する若年失業
中国の若年失業率(16〜24歳、学生除く)は、2025年8月時点で18.9%に達しました。2023年第2四半期には21.3%という過去最高水準を記録し、事態の深刻さから中国国家統計局は一時的に公表を停止したほどです。
北京大学の張丹丹教授の推計では、実際の若年失業率は46.5%に達している可能性があるとの指摘もあります。2025年には1220万人の大卒者が労働市場に参入し、限られた職を奪い合う構図となりました。ある国有企業では8000人の採用枠に120万人が応募し、倍率は150倍に達したと報じられています。
996文化と報われない努力
背景には、中国特有の過酷な労働文化があります。「996」と呼ばれる働き方——朝9時から夜9時まで、週6日勤務——は多くのホワイトカラー職で当たり前となっています。
しかし、これだけ働いても住宅購入や結婚、より良い生活の実現は困難です。不動産価格と生活費の高騰により、若者たちは「どれだけ頑張っても本当の成功には手が届かない」と感じています。努力と報酬の因果関係が崩れたとき、若者が選んだのは「努力をやめる」という選択でした。
政府の対応と若者の反応
習近平国家主席は2022年の演説で「中国の夢」の実現に向けて努力するよう若者に呼びかけました。「吃苦(苦労に耐える)」という伝統的価値観を強調し、躺平を批判する姿勢を示しています。
しかし、仕事が見つからない若者にとって、このメッセージは空虚に響きます。むしろ「ネズミ人間」アイデンティティを受け入れることは、コントロールを取り戻す手段となっています。キャリアコーチのアドヴィタ・パテル氏は「これは若者の離脱以上のもの。燃え尽き、幻滅、そして敵対的な労働市場への静かな抗議です」と分析します。
成熟社会が直面する世界経済の減速
潜在成長率の長期低下予測
中国の若者が直面する困難は、より大きな構造的変化の一部です。IMFの予測によると、世界の潜在産出成長率は現在の約2.9%から、2030年代前半には2.7%、2040年代初頭には2.1%、そして今世紀後半には約1.3%まで低下する見通しです。
一人当たり産出成長率(生活水準により密接に関連)で見ると、現在の年率約2%から2050年には1.25%程度まで減速し、その後も横ばいで推移すると予測されています。
中国の急激な減速
新興国の中でも、中国は特に急激な成長減速に直面します。人口動態の悪化と、世界の生産性フロンティアへの急速なキャッチアップの終了により、中国の成長率は2016〜18年比で約2.7ポイント低下する見込みです。
驚くべきことに、中国の潜在成長率は2040〜45年頃にアメリカを下回り、2070〜75年頃にはマイナスに転じると予測されています。中国の生産年齢人口は2024年の9億8400万人から2050年には7億4500万人へと、約2億3900万人——労働力の約4分の1——が失われることになります。
各国への影響の違い
インドは2050年までに生産年齢人口が14.5%増加し、1億4400万人が加わる見込みで、当面は人口動態の恩恵を受けます。一方、日本、ロシア、多くの欧州諸国は2040年までに人口がピークを迎え、その後減少に転じます。
年間人口減少を経験する国の数は、2022年の41カ国から2050年には88カ国に増加すると国連は予測しています。
新たな活力を探る模索
政策対応の可能性
IMFは、人口動態の逆風に対抗する政策パッケージを提案しています。高齢者の機能的能力を向上させる公衆衛生施策、退職制度の改革、職業訓練プログラム、柔軟な勤務条件、そして労働参加における男女格差の縮小などです。
これらの施策を組み合わせることで、今後25年間で年間産出成長率を約0.6ポイント押し上げ、推定される人口動態の足かせの約4分の3を相殺できる可能性があるとしています。
若者世代からの視点転換
興味深いのは、「ネズミ人間」現象が必ずしもネガティブな側面だけではないという見方です。過度な競争と成長至上主義への疑問符として、持続可能な生き方を模索するきっかけとなる可能性もあります。
物質的豊かさの追求から、精神的充足や時間的自由を重視する価値観へのシフトは、成熟社会における新たな生き方の萌芽かもしれません。
注意点と今後の展望
構造的問題への対処が不可欠
虚無スラングの流行を個人の怠惰として片付けることは適切ではありません。若年失業、住宅価格高騰、過労文化という構造的問題に対処しない限り、状況の改善は見込めません。
また、この現象は中国特有のものではなく、日本の「さとり世代」、韓国の「N放世代」、欧米の「大退職時代」など、グローバルに共通する課題の現れです。
成長モデルの転換期
α世代が働き盛りになる2040年代、世界経済は従来の成長モデルでは立ち行かなくなっている可能性があります。人口増加と生産性向上に依存した経済成長から、質的充実と持続可能性を重視したモデルへの転換が求められるでしょう。
まとめ
中国のZ世代・α世代に広がる「ネズミ人間」「躺平」といった虚無スラングは、若者の絶望感の表れであると同時に、成熟社会が直面する構造的課題への警鐘でもあります。
20%を超える若年失業率、報われない努力、そして2040年代に予測される世界経済の減速——これらは相互に関連した問題です。個人の意識改革を求めるだけでなく、労働市場改革、社会保障制度の見直し、そして成長の定義そのものを問い直す必要があるでしょう。
私たちは今、従来の発展モデルから新たな活力の源泉を探る転換点に立っています。
参考資料:
- China’s unemployed Gen Z are proudly calling themselves ‘rat people’—Fortune
- China’s “Rat People” Retreat from the Grind—Newsworthy Women
- Bai Lan movement: Why Chinese youth are ‘lying flat’—Business Standard
- Sustaining Growth in an Aging World—IMF
- Chapter 2: The Rise of the Silver Economy—IMF World Economic Outlook
- 都市の片隅で生きる「ネズミ人間」たち—ダイヤモンド・ビジョナリー
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