中国人「爆買い」は過去の話か?変わる訪日消費の実態
はじめに
2025年、訪日外国人数は初めて年間4,000万人を突破し、約4,270万人を記録しました。インバウンド消費額も前年比16%増の約9.5兆円と過去最高を更新しています。しかしその一方で、かつて「爆買い」で話題をさらった中国人観光客の姿が、各地の観光地から急速に減少しています。
2025年11月、中国政府が日本への渡航自粛を呼びかけたことで、団体客はほぼ消失しました。ところが現地の店舗に取材すると、「影響は意外と少ない」という声も聞こえてきます。中国人観光客の消費構造はどう変わったのか、その実態に迫ります。
渡航自粛の背景と中国人観光客の急減
高市首相の発言がきっかけに
事の発端は2025年11月7日、衆議院予算委員会における高市早苗首相の発言です。台湾有事について「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、存立危機事態になり得る」と述べたことに、中国政府が激しく反発しました。
11月14日には中国政府が国民に対して日本への渡航自粛を呼びかけ、さらに水産物の禁輸措置や日中韓首脳会談の見送りなど、複数の報復措置を講じています。
数字に表れた影響
渡航自粛要請の影響は即座に数字として表れました。2025年11月の訪日中国人客数は前年同月比21.4%の減少を記録しています。中国人の宿泊予約は全国平均で前年比57%減と半分以下にまで落ち込みました。
2025年1〜9月の累計では訪日中国人は749万人と国籍別で首位を維持していただけに、年間1,000万人目前での急ブレーキは大きな転換点です。野村総合研究所の分析では、12月の中国人訪日客数は想定を上回る大幅減少となりました。
「爆買い」から「静かな消費」へ ── 消費構造の変化
買い物中心の旅行は過去のもの
中国人訪日客の消費パターンは、ここ数年で大きく変化しています。買物代が消費全体に占める割合は、2019年の52.9%から2025年1〜9月には37.6%へと大幅に低下しました。
この変化にはいくつかの要因があります。まず、中国国内のEC(電子商取引)の発達により、日本で購入する必要性が薄れたことが挙げられます。化粧品・香水、医薬品、健康グッズ、電気製品といった、かつての爆買い定番商品の購入率は軒並み低下しています。
加えて、中国国内ブランドの品質向上も見逃せません。「国潮(グオチャオ)」と呼ばれる国産ブランドブームにより、わざわざ日本まで来て大量購入する動機が薄れています。
団体から個人へ、モノからコトへ
旅行スタイルの変化も顕著です。2019年には観光目的の中国人訪日客の約3割が団体ツアーを利用していましたが、2025年4〜6月にはわずか11%にまで低下しました。9割近くが個人旅行に切り替わっています。
この変化は消費の質にも影響を与えています。リピーター層を中心に、モノを買う「モノ消費」から体験を楽しむ「コト消費」へのシフトが進んでいます。温泉旅館での宿泊、地方の食文化の体験、自然景観の散策など、日本ならではの体験に価値を見出す旅行者が増加しています。
円安効果の限界も見え始める
人民元建てで見ると、中国人訪日客の旅行支出はほぼ横ばいです。円安で「お得感」が増した面はありますが、日本国内の物価上昇により、宿泊や飲食などの必須支出が増え、買い物に回す余裕が減っているという構図も浮かび上がります。
また、訪日中国人客の世帯年収構成を見ると、10万ドル未満が35%を占めるなど、富裕層だけでなく中間層も多く含まれています。一部で語られる「富裕層だけが来日している」というイメージとは異なる実態があります。
観光地ごとに異なる影響度
影響が限定的な地域
興味深いのは、中国人客の減少が全国一律ではない点です。東京・浅草や北海道・ニセコ、京都といった地域では、比較的落ち着いた状況が保たれています。
これらの地域に共通するのは、顧客の国籍が多様であることです。韓国、台湾、タイ、欧米諸国など幅広い国からの観光客が訪れており、中国人客の減少を他国の観光客が補っている構図です。
また、個人旅行者が中心の地域では、もともと団体客向けの大量販売に依存していなかったため、渡航自粛の影響を受けにくいという特徴もあります。
打撃を受けた地域・業態
一方、中国人団体客に大きく依存していた地域では影響が深刻です。大阪・ミナミ周辺の量販店や免税店、中部地方の団体バスの立ち寄り先、中国人観光客比率が高い静岡県などでは、客数・売上ともに明確な落ち込みが見られます。
静岡県は外国人宿泊客に占める中国人の割合が45%と全国最大であり、渡航自粛の影響がもっとも大きい地域のひとつとなっています。
注意点・今後の展望
経済損失の試算
2012年の尖閣諸島問題時の経験に基づく試算では、中国および香港からの訪日客の自粛が1年間続いた場合、日本の経済損失は1.79兆円に達し、名目GDPを0.29%押し下げるとされています。
ただし、台湾や韓国、欧米からの観光客は増加傾向にあり、日本人の国内旅行需要も回復しています。多角的な誘客戦略により、中国依存度を下げる動きも加速しています。
春節シーズンへの懸念
2026年の春節(旧正月)は2月中旬です。例年、中国人の海外旅行がピークを迎える時期ですが、渡航自粛が継続する中でどの程度の回復が見込めるかは不透明です。日中関係の改善が進まなければ、春節商戦への影響は避けられません。
構造変化は不可逆的
仮に日中関係が改善し渡航自粛が解除されたとしても、「爆買い」時代への回帰は考えにくい状況です。団体から個人へ、モノからコトへという消費構造の変化は不可逆的なトレンドです。観光業界には、こうした変化を前提とした新たなビジネスモデルの構築が求められています。
まとめ
中国人観光客の「爆買い」は、すでに過去のものとなりつつあります。団体旅行から個人旅行へ、大量の買い物から体験重視へと、消費の質的転換が進んでいます。渡航自粛という短期的な要因と、消費構造の変化という長期的なトレンドが重なり、インバウンド市場は大きな転換期を迎えています。
観光関連事業者にとって重要なのは、特定の国に依存しない多角的な集客と、「コト消費」に対応したサービスの充実です。変化を脅威ではなく機会と捉え、新たな付加価値の提供に取り組むことが求められます。
参考資料:
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