中国富裕層の消費心理が持ち直し、実用性重視へシフト
はじめに
景気低迷で冷え込んでいた中国の富裕層消費に、回復の兆しが見え始めています。美容・宝飾品などの高級品市場は2025年末までに前年比プラスに転じ、2026年も緩やかな成長が期待されています。
この回復を支えているのは、直近の株高による資産効果と、消費者行動の変化です。派手なブランドロゴよりも品質や実用性を重視する「クワイエット・ラグジュアリー」と呼ばれる傾向が強まり、高級品市場の構造が変わりつつあります。
本記事では、中国富裕層の消費動向の最新トレンドと、高級品ブランドが直面する課題について詳しく解説します。
2025年の中国高級品市場を振り返る
市場規模の縮小と回復の兆し
コンサルティング大手ベイン・アンド・カンパニーの調査によると、中国本土の個人向け高級品市場は2025年に3〜5%縮小しました。これは2024年の大幅減少と比較すると、縮小幅は大きく改善しています。
特に注目すべきは、2025年第3四半期から回復の兆しが見え始めたことです。この回復を後押ししたのは、有利な前年比較効果に加え、株式市場の上昇による資産効果でした。
消費のリパトリエーション(国内回帰)
2025年、中国の高級品消費の約65%は中国本土内で行われ、35%は海外での消費となりました。これは消費のリパトリエーション(国内回帰)が進んでいることを示しています。
コロナ禍以前は海外旅行先での高級品購入が多かったものの、現在は国内での購入が主流となっています。ブランド各社もこの変化に対応し、中国本土での店舗展開やサービス強化に注力しています。
富裕層の消費心理の変化
「理性消費」の広がり
中国では「理性消費」と呼ばれる消費行動が若年層を中心に広がっています。これは複数のメディアで価格を比較し、コストパフォーマンスを重視する消費スタイルです。
2024年のダブルイレブン(独身の日)セールでは、「理性消費が戻ってきた」との回答が61.6%に達しました。また「平替(ピンティ)」と呼ばれる、高級ブランドと同等の品質を持つ手頃な価格の代替品への支持も高まっています。
「クワイエット・ラグジュアリー」への移行
中国の高級品消費者の嗜好は、ロゴを強調したブランド品から、控えめで洗練された「クワイエット・ラグジュアリー」へと移行しています。派手なロゴよりも、品質、職人技、ブランドの歴史や価値観を重視する傾向が強まっています。
この変化により、手頃な価格帯のラグジュアリーブランドと超高級ブランドの両極が勝ち組となり、中間価格帯のブランドは苦戦する傾向にあります。
実用性と価値保存への関心
宝飾品カテゴリーは2025年に0〜5%の減少にとどまり、他のカテゴリーと比較して堅調でした。これは、価値保存に関心を持つ消費者がファインジュエリーに惹かれ続けていることと、希少金属の価格上昇が宝飾品の資産価値を裏付けていることが要因です。
一方で、高額な腕時計やコレクターズアイテムへの支出は減少傾向にあり、「モノよりコト」への支出シフトが進んでいます。
株高による資産効果
株式市場の回復と消費心理
2025年第3四半期以降、中国の株式市場が回復基調を見せたことで、株式を保有する富裕層の資産が増加し、消費心理が改善しました。この「資産効果」が高級品市場の回復を支えています。
ただし、この恩恵を受けているのは株式投資を行っている一部の層に限られます。不動産価格の下落が続く中、不動産を主な資産とする層の消費心理は依然として慎重なままです。
富裕層の不満と選択肢の拡大
ベインの調査では、富裕層の間でブランドに対する不満の声も聞かれます。「過剰な価格設定」や「サービスの質の低下」を感じている消費者が存在し、彼らには高級品以外にも多くの選択肢(旅行、健康、投資など)があります。
ブランド各社は「トップ顧客だけをターゲットにすることはできない」と認識し、より幅広い顧客層へのアプローチを模索しています。
ブランド各社の対応戦略
体験型サービスの強化
LVMHやエルメスなどの大手ブランドは、VIP顧客向けに特別なディナーや大規模イベントを開催し、パーソナライズされた体験の提供に注力しています。専用のショッピングエリアや専用エレベーターを備えた店舗も展開されています。
これは、富裕層が「モノ」よりも「コト」や「体験」を重視する傾向に対応したものです。単に商品を販売するだけでなく、ブランドとの特別な関係性を構築することで顧客ロイヤルティを高める戦略です。
成長よりも市場シェア確保へ
中国市場が成熟化する中、多くのブランドは急成長を追求するのではなく、市場シェアの確保と維持に軸足を移しています。新規顧客の獲得コストが上昇する中、既存の優良顧客との関係強化が重要視されています。
健康・ウェルネスへの対応
調査によると、中国の消費者の41%が健康関連製品への支出を増やす予定です。高級ブランドもこのトレンドに対応し、ウェルネス関連の商品やサービスを拡充しています。
2026年の市場見通し
緩やかな成長への期待
ベインは2026年の中国高級品市場について、緩やかな成長を予想しています。成長の中産階級、消費者信頼感の改善、政府の景気刺激策などが市場を下支えすると見られています。
ただし、不確実性は依然として高く、地政学リスクや米中関係、不動産市場の動向など、注視すべき要因は多くあります。
長期的な回復ポテンシャル
中国の国内消費全体が改善すれば、長期的な回復の可能性は大きいとされています。14億人の人口を抱え、中産階級が拡大を続ける中国は、高級品ブランドにとって引き続き重要な市場です。
注意点・展望
デフレ圧力の継続
2025年の中国の消費者物価指数(CPI)は前年比0.0%と横ばいで、2009年以来16年ぶりの低水準となりました。需要不足や価格競争の激化でデフレ圧力が強まっており、消費全体の回復にはまだ時間がかかる可能性があります。
倹約令の影響
2025年5月に修正された「倹約令」により、公務における接待での高級料理や酒類の提供が禁止されました。これにより、高級レストランや酒類市場に影響が出ています。政府の方針が高級品消費全体に影響を与える可能性もあります。
消費者の二極化
株高の恩恵を受けた一部の富裕層と、不動産価格下落の影響を受けた層との間で、消費力の二極化が進んでいます。市場全体の回復には、より幅広い層の消費心理改善が必要です。
まとめ
中国の富裕層消費は、2025年末から回復の兆しを見せています。株高による資産効果が一部の層の消費を後押しし、美容・宝飾品などのカテゴリーでプラス成長が期待されています。
消費者の嗜好は大きく変化し、派手なブランドロゴよりも品質や実用性を重視する「クワイエット・ラグジュアリー」や「理性消費」がトレンドとなっています。ブランド各社は体験型サービスの強化やパーソナライズされたアプローチで対応しています。
2026年は緩やかな成長が期待されていますが、デフレ圧力や消費者の二極化など、課題も残されています。中国の高級品市場は「再調整期」にあり、ブランドと消費者の関係性が新たな形に進化していく過渡期といえるでしょう。
参考資料:
- The 2025 Chinese Personal Luxury Goods Market | Bain & Company
- China’s personal luxury market contracts 3%–5% in 2025 but shows signs of recovery | Bain & Company
- China’s Luxury Market Outlook 2026: Growth, Trends, Opportunities | China Briefing
- Six consumer shifts shaping China’s luxury future | Jing Daily
- 中国経済:2025年の回顧と2026年の見通し | 大和総研
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