EU、中国製EVに最低価格制度を導入へ|関税減免の指針公表
はじめに
2026年1月12日、欧州連合(EU)の欧州委員会は、中国製電気自動車(EV)に関する新たな指針を公表しました。この指針は、中国の輸出業者に対して最低価格の設定を求めるもので、条件を満たせば現在課されている追加関税が減免される可能性があります。
2024年10月にEUが発動した最大45.3%の追加関税は、EU・中国間の貿易摩擦の大きな火種となっていました。今回の指針公表は、対話を通じた解決に向けた重要な一歩といえます。
本記事では、EU・中国間のEV関税問題の経緯、最低価格制度の仕組み、そして今後の見通しについて解説します。
EU・中国EV関税問題の経緯
追加関税発動の背景
EUは2024年10月、中国製EVに対して追加関税を発動しました。従来の10%の関税に最大35.3%を上乗せし、合計で最大45.3%という高率の関税を課しています。
この措置の背景には、中国政府による自国EV産業への手厚い補助金があります。欧州委員会の調査によると、中国政府の補助金によって中国製EVが不当に安く販売されており、欧州の自動車産業にとって脅威になっていると判断されました。
追加関税率はメーカーごとに異なります。BYD(比亜迪)には17.0%、吉利汽車には18.8%、上汽集団には35.3%の追加関税が課されています。調査に協力したその他の企業には20.7%、協力しなかった企業には35.3%が適用されています。
中国の対抗措置
この追加関税に対し、中国は強く反発しました。中国商務省は「保護主義的で、WTOルールに違反する」と批判し、対抗措置としてEU産の豚肉や乳製品に追加関税を課しました。
中国はまた、EUを相手にWTO(世界貿易機関)に提訴し、法的手続きも進めています。こうした対立の激化は、双方にとって経済的コストが大きくなることから、交渉による解決を模索する動きが出てきました。
交渉の再開
2025年4月、アメリカのトランプ大統領による「関税戦争」が契機となり、EU・中国間の交渉が本格的に再開されました。中国商務省の王文濤商務相と欧州委員会のマロシュ・セフコビッチ委員(通商担当)がオンラインで会談し、最低価格制度について交渉を開始することで合意しました。
この最低価格案は、もともと中国側が提案したものです。追加関税の撤廃と引き換えに、中国メーカーがEVの販売価格を一定水準以上に維持するという仕組みです。
最低価格制度の仕組み
指針の概要
今回公表された指針では、中国のEVメーカーが「価格約束(Price Undertaking)」を提出する枠組みが示されています。メーカーが最低販売価格を約束し、それが受け入れられれば、EUは追加関税を免除するという仕組みです。
重要なのは、最低価格が車種ごとに設定される点です。中国側は当初、幅広い車種に適用される画一的な制度を主張していましたが、EUは車種ごとの個別設定を求め、今回の指針ではEU側の主張が採用されました。
最低価格の算出基準
最低価格は、以下の2つの基準を満たす必要があります。
第一に、調査期間中の輸出業者のCIF価格(運賃・保険料込み価格)に、課された相殺関税のマージン分を加算した価格以上でなければなりません。つまり、関税込みの従来価格と同等以上の価格設定が求められます。
第二に、同等または非常に類似した製品タイプのEU製EVの販売価格(販売費、一般管理費、適正な利益を含む)以上でなければなりません。つまり、欧州で生産される同クラスのEVと同等以上の価格が必要です。
消費者価格への影響
この制度が導入されても、消費者にとっての価格は大きく変わらない可能性が高いです。ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙によると、追加料金の水準にはほとんど変化がなく、消費者価格は下がらないとの見方が示されています。
ただし、中国メーカーにとっては、関税として支払っていた金額を自社の利益として確保できるようになるため、欧州市場での事業継続性が高まります。
EU・中国双方の反応
欧州委員会の立場
欧州委員会は、この指針が「補助金による欧州メーカーへの悪影響を排除し、関税と同等の効果を持つ」ものになることを目指しています。欧州の自動車産業を保護しながらも、中国との貿易摩擦を緩和する狙いがあります。
また、EUは中国メーカーによる域内投資も考慮するとしています。中国メーカーが欧州に工場を建設し、現地生産を行う場合は、さらに優遇される可能性があります。
中国の歓迎姿勢
中国商務省は今回の指針を歓迎する意向を示しました。声明では「今回の進展は、中国とEU間の対話の精神と協議の成果を十分に反映している。中国とEUの双方が、協議を通じて相違を適切に解決する能力と意思を持っていることを示している」と述べています。
中国外務省も、対話を通じて解決策が示されたとして、概ね肯定的な反応を示しました。
世界のEV市場への影響
欧州市場における中国製EV
中国製EVは欧州市場で急速にシェアを伸ばしています。欧州自動車工業会(ACEA)とS&Pグローバル・モビリティのデータによると、2025年上半期のEU域内における中国製車両の販売シェアは6%に達しました。これは2024年同期の5%から上昇しています。
BYDをはじめとする中国メーカーは、価格競争力を武器に欧州市場への攻勢を強めてきました。今回の最低価格制度により、価格面での優位性は制限されますが、欧州市場からの撤退ではなく、事業継続の道が開かれたといえます。
欧州自動車産業への影響
欧州の自動車メーカーにとって、今回の制度は一定の保護効果をもたらします。中国製EVとの価格差が縮小し、競争条件が改善される可能性があります。
一方で、欧州メーカーも中国市場でのビジネスを展開しており、貿易摩擦の緩和は歓迎すべき動きです。フォルクスワーゲンやBMW、メルセデス・ベンツなどは中国で大きな売上を上げており、報復措置の連鎖を避けることは重要です。
今後の展望と注意点
交渉の継続
今回の指針公表は、問題解決への重要な一歩ですが、最終的な合意にはまだ時間がかかる可能性があります。個々の中国メーカーが価格約束を提出し、欧州委員会がそれを審査・承認するプロセスが必要です。
また、相殺関税措置の実施期間は5年間とされており、延長も可能です。長期的な制度設計については、今後の交渉次第という面があります。
残る課題
最低価格制度がうまく機能するかどうかは、執行(エンフォースメント)の問題にかかっています。中国メーカーが約束した価格を遵守しているかをどのように監視・確認するのか、違反があった場合にどのような措置を取るのかなど、実務的な課題が残っています。
さらに、アメリカのトランプ政権による関税政策の動向も、EU・中国関係に影響を与える可能性があります。世界的な貿易環境の変化を注視する必要があります。
まとめ
EUが公表した中国製EVへの最低価格制度の指針は、追加関税という「対立」から、価格約束という「協調」へと転換する動きです。中国メーカーが適切な価格設定を約束すれば、最大35.3%の追加関税が免除される可能性があり、貿易摩擦の緩和につながることが期待されます。
消費者にとっては、価格が大きく下がることは期待できませんが、EU・中国間の関係悪化が避けられることは、長期的にはプラスの効果をもたらすでしょう。今後の交渉の行方と、制度の実際の運用に注目が集まります。
参考資料:
- Good-bye tariffs: EU publishes guidance on minimum price mechanism with China - electrive.com
- EU and China take new step to resolve row over subsidised electric vehicles - Euronews
- Europe Weighs Minimum Price on Chinese EVs to Replace Tariffs - Bloomberg
- 中国とEU、中国製EVの「追加関税」めぐる交渉再開 - 東洋経済オンライン
- EU、中国製EVに対する関税を最低価格制度に置き換える可能性 - PU Portal
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