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by nicoxz

EU産業加速法が始動、域内生産優遇でEV補助金に条件

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はじめに

2026年3月4日、欧州委員会は「産業加速法(Industrial Accelerator Act、以下IAA)」の法案を正式に発表しました。この法案は、EV(電気自動車)、太陽光パネル、風力発電設備、ヒートポンプ、電解槽といったクリーンテクノロジー分野を中心に、公共調達や補助金の交付条件として「Made in EU(EU域内製造)」基準を導入するものです。

背景には、中国製クリーンテク製品の圧倒的な価格競争力に対する危機感があります。中国は太陽光パネルの全製造工程の最大80%、風力タービンの60%、EVバッテリーの60%を占めており、安価な製品が欧州市場に流入し続けています。こうした状況の中で、欧州の製造業シェアはGDPの約14%にまで低下しました。IAA はこの流れを転換し、2035年までに製造業の比率を20%に引き上げることを目標としています。本記事では、IAA の具体的な内容と国際的な影響を詳しく解説します。

産業加速法(IAA)の概要と対象分野

「Made in EU」基準の導入

IAA の最大の特徴は、公共調達や政府の補助金・税制優遇の適用条件として、製品の域内生産比率(ローカルコンテンツ要件)を設定する点にあります。対象分野ごとに具体的な数値基準が定められており、単なる理念的な政策ではなく、明確な数値目標を持った規制です。

EVについては、バッテリーを除く部品の70%(金額ベース)をEU域内で製造することが求められます。さらに、2027年以降はEU内で販売されるEVの約3分の2に、欧州製バッテリーの搭載が必要となります。バッテリーの「Made in EU」認定基準は段階的に強化される設計で、初期段階ではセルを含む3つ以上の主要部品が欧州製であることが条件です。2030年にはセル、正極活物質(CAM)、バッテリー管理システム(BMS)を含む5つ以上の部品に拡大されます。

移行期間中は、アジア製のバッテリーセルを使用していても、EU域内で最終的なバッテリーシステムの組み立てとBMSの製造を行えば基準を満たすことができます。この段階的アプローチは、欧州のバッテリー産業が成熟するまでの現実的な対応策といえます。

素材・エネルギー集約型産業への適用

IAA の対象はEVだけにとどまりません。鉄鋼、アルミニウム、セメントといったエネルギー集約型産業にも「低炭素」かつ「EU域内製造」の基準が適用されます。具体的には、低炭素アルミニウムは25%のEU域内調達比率、低炭素セメントは5%の域内調達比率が公共調達の条件となります。

鉄鋼については興味深い扱いがされています。当初の草案ではEU原産地規則が含まれていましたが、最終案では原産地要件が削除され、低炭素基準のみが適用されることになりました。これはEU域内の鉄鋼業界からは不十分との批判もありますが、EUの排出量取引制度(EU-ETS)や炭素国境調整メカニズム(CBAM)と整合性のある枠組みを維持するための判断とみられます。

クリーンテクノロジー分野では、太陽光パネル(インバーターやセルの域内製造)、風力発電設備(構造部品や制御部品の段階的な域内比率引き上げ)、ヒートポンプ、電解槽、一部の原子力関連技術にも「Made in EU」基準が適用されます。欧州水素バンクのオークションでは、EU製のスタックを含む電解槽の使用が求められる見通しです。

海外投資への条件付け

1億ユーロを超える海外からの大型投資については、欧州企業との合弁事業(ジョイントベンチャー)が条件とされます。さらに、欧州での雇用比率50%以上、ローカルコンテンツの確保、知識・技術移転、研究開発活動への貢献も求められます。これは中国企業による欧州進出に対する事実上の障壁ともいえる内容です。

中国製品への対抗策と国際的影響

欧州の産業危機と中国依存

IAA が提案された背景には、欧州クリーンテク産業の深刻な競争力低下があります。2024年から2025年にかけて、欧州のEV製造業だけで約10万4,000人の雇用が失われました。中国は巨大な規模の経済、膨大な研究開発投資、政府からの大規模な財政支援を武器に、世界市場に安価な再生可能エネルギー製品を供給し続けています。

加えて、米国のトランプ政権による関税政策の強化が、中国製品の流れを欧州に集中させる効果をもたらしています。米国市場から締め出された安価な中国製クリーンテク製品が欧州に向かうことで、価格競争と輸入依存がさらに深刻化しているのです。こうした二重の圧力に対するEUの回答がIAA です。

WTO整合性への懸念と各国の反応

IAA に対しては、WTO(世界貿易機関)のルールとの整合性について疑問の声が上がっています。欧州環境局(EEB)は、原産地に基づく優遇措置がWTOの枠組みと矛盾する可能性を指摘しています。IAA の法文自体はWTO政府調達協定(GPA)および二国間貿易協定への配慮を明記していますが、実際の運用段階で紛争が生じる可能性は否定できません。

注目すべきは、「Made in EU」の定義にはEUとFTA(自由貿易協定)や関税同盟を結んでいる国の製品も含まれる点です。これは、カナダ、日本、韓国などのFTAパートナー国に一定の配慮を示すものですが、中国はEUとFTAを締結していないため、事実上の排除対象となります。

中国側は早速反応を示しています。新華社は社説でIAA を「高い代償を伴う保護主義的な賭け」と批判しました。中国政府系メディアのChina.org.cnもIAA が「保護主義への懸念を引き起こす」と報じています。興味深いことに、IAA の域内生産要件は、かつてEUが中国に対して批判してきた市場アクセス制限と類似した構造を持っています。この点は、英国の王立国際問題研究所(チャタムハウス)も「欧州の教義が大きく変化している」と分析しています。

経済効果の見通し

欧州委員会の試算によれば、IAA を含む「競争力・産業協定(CID)」全体で1,000億ユーロ以上の投資を動員する計画です。資金源には革新基金、ホライズン・ヨーロッパ、InvestEU、新設の産業脱炭素化銀行が含まれます。低炭素製品の需要拡大により、鉄鋼・アルミ・セメント産業で2030年までに6億ユーロ以上、自動車バリューチェーンで105億ユーロの付加価値創出が見込まれています。雇用面では、バッテリー関連で8万5,000人、太陽光製造で5万8,000人の雇用創出が期待されています。

注意点・展望

IAA はまだ法案の段階であり、今後、欧州議会と理事会での審議・交渉を経て最終採択される必要があります。EU域内でも「Made in EU」基準の厳格さをめぐって加盟国間で意見が分かれており、一部報道では法案公表前に域内生産要件をめぐる調整の遅れが指摘されていました。

また、抜け穴(ループホール)の存在も課題です。環境NGOのTransport & Environmentは、初期段階のバッテリー基準が緩く、アジア製セルを使った「見かけ上の欧州製」が横行する可能性を警告しています。CleanTechnicaも、バッテリーに関する例外規定がIAA の実効性を脅かすと分析しています。

さらに、米国の通商政策やEUの対中追加関税(EVに対する最大45.3%の暫定関税)との相互作用にも注意が必要です。IAA は関税とは異なる「域内優遇」という手法で産業保護を図るものですが、貿易摩擦がさらに激化する引き金となる可能性もあります。

まとめ

EUの産業加速法(IAA)は、補助金や公共調達に域内生産比率の条件を付与することで、欧州のクリーンテクノロジー製造業を再建しようとする画期的な政策です。EVの部品70%域内製造、バッテリーの段階的な欧州製義務化、素材産業への低炭素・域内基準の導入など、具体的かつ野心的な内容となっています。

中国製品の排除と欧州産業の競争力回復という明確な目標を持つ一方、WTOルールとの整合性や加盟国間の利害調整、抜け穴の問題など課題も山積しています。今後の欧州議会・理事会での審議を通じて、どこまで実効性のある制度が構築されるかが注目されます。日本企業にとっても、EUとのFTAを活かした戦略的な対応が重要になるでしょう。

参考資料:

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