地球冷却技術に6000万ドル、民間主導で2026年実験へ
はじめに
地球温暖化対策として、太陽光を人工的に遮って地球を冷やす「ソーラージオエンジニアリング」(太陽地球工学)が注目を集めています。2025年10月、イスラエルと米国に拠点を置くStardust Solutions社が、太陽放射管理(SRM)技術の開発に6,000万ドル(約90億円)という巨額の資金調達を完了しました。
同社は2026年4月にも実験を開始する計画を発表。国際的なルールが整わない中での民間主導の気候介入に、科学者や各国政府から懸念の声が上がっています。
太陽放射管理(SRM)とは
太陽光を反射して地球を冷やす
太陽放射管理(Solar Radiation Management, SRM)とは、成層圏にエアロゾル(微粒子)を散布し、太陽光の一部を宇宙空間に反射させることで、地球の気温上昇を抑制しようという技術です。
この発想は自然現象に基づいています。1991年のフィリピン・ピナツボ火山噴火では、大量の二酸化硫黄が成層圏に放出され、硫酸塩エアロゾルとなって太陽光を反射。その結果、地球全体の平均気温がその後数年間で約0.5℃低下したことが観測されています。
成層圏エアロゾル注入(SAI)
SRMの代表的な手法が「成層圏エアロゾル注入(Stratospheric Aerosol Injection, SAI)」です。航空機などを使って高度約18〜25キロメートルの成層圏にエアロゾル粒子を意図的に散布し、太陽光を反射する「日傘」のような効果を生み出します。
理論上は比較的低コストで地球全体の気温を下げられる可能性がありますが、予期せぬ副作用のリスクも指摘されています。
Stardust Solutionsの計画
SRM分野で過去最大の資金調達
Stardust Solutions社が調達した6,000万ドルは、SRM分野の民間企業としては過去最大規模です。同社は、調達した資金を用いて早ければ2026年4月にも「管理された屋外実験」を開始する計画を発表しています。
ただし、いきなり大気中に粒子を放出するのではなく、高度約18キロメートルを飛行する改造機内で成層圏の空気を取り込んで実験を行うという、より抑制的な方法を予定しています。
他のスタートアップの動き
Stardust社以外にも、地球冷却ビジネスに参入する企業が現れています。Make Sunsetsというスタートアップは、二酸化硫黄を充填した気球を大気圏に打ち上げることを提案。また、「アースガード」と呼ばれる巨大な鏡を宇宙に打ち上げ、太陽光線を反射させる計画を進めるグループも存在します。
各国政府の対応
規制と禁止の動き
2025年5月、米国フロリダ州で気候工学や天候改変行為を犯罪とする法案「SB 56」が可決されました。この法律は、気温、降水、日射量などに意図的に介入する目的で、化学物質や装置を使って大気に影響を与える行為を禁止しており、SRMも対象に含まれています。
欧州連合(EU)も2025年初頭に、SRM技術の使用を一時停止する方針を発表しました。また、ハーバード大学の「SCoPEx」プロジェクトによる成層圏エアロゾル注入実験は、2024年に中止されています。
国際ルールの不在
SRMの最大の課題は、国際的なガバナンス(統治の枠組み)が存在しないことです。ある国や企業が一方的に大気に介入すれば、他国に予期せぬ気候変動をもたらす可能性があります。
しかし、国際的な合意形成は難航しており、2026年には政策立案者や科学者ではなく、資金力のある民間企業や億万長者によって地球規模の気候介入が行われる可能性が高まっているとの指摘があります。
リスクと懸念
予測不能な副作用
成層圏に人為的に物質を散布すれば、予測不能な結果を招く可能性があります。地域の気象パターン、特にアジアのモンスーンなどに壊滅的な影響を与え、農業に打撃を与える恐れがあります。
また、SRMはCO2濃度を下げるわけではないため、大気中の二酸化炭素による海洋酸性化などの問題は解決されません。根本的な温暖化対策にはならないという批判もあります。
「終端ショック」のリスク
最も懸念されるリスクの一つが「終端ショック(Termination Shock)」です。何らかの理由でエアロゾルの散布が急に中断された場合、それまで抑えられていたCO2の温室効果が一気に表れ、急激な気温上昇を引き起こす可能性があります。
農作物や生態系が急激な気候変動に対応できず、壊滅的な被害をもたらす恐れがあるとされています。
トランプ政権の気候政策
脱炭素からの転換
トランプ政権は気候変動対策に懐疑的な姿勢を取っています。バイデン政権の排出規制を撤回し、国産化石燃料の増産を重視する方針を打ち出しています。
一方で、米国政府はNASAを含む複数機関で太陽地球工学の調査研究を行っており、科学的な関心は維持されています。ただし、実際の大規模実験に対しては慎重な姿勢を崩していません。
今後の展望
2026年が転換点に
2026年は、ソーラージオエンジニアリングにとって転換点となる可能性があります。Stardust社の実験が予定通り行われれば、民間企業による初の本格的なSRM実験となります。
国際社会は、民間主導の気候介入をどう規制するかという課題に直面しています。科学的な検証と国際的なルール作りが、急務となっています。
日本への影響
日本を含むアジア地域は、SRMの影響を受けやすいとされています。モンスーンのパターンが変化すれば、農業や水資源に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
日本としても、SRMに関する国際的な議論に積極的に参加し、科学的根拠に基づいた慎重な検討を行うことが求められています。
まとめ
地球冷却技術(ソーラージオエンジニアリング)に、過去最大となる6,000万ドルの資金が集まりました。Stardust Solutions社は2026年4月にも実験を開始する計画です。
国際的なルールが整わない中での民間主導の気候介入には、予測不能な副作用や「終端ショック」のリスクが指摘されています。2026年は地球冷却技術の転換点となる可能性があり、国際社会の対応が注目されます。
参考資料:
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