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by nicoxz

ビール大国ドイツに誕生した初の酒蔵、その挑戦

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はじめに

ビールの本場として知られるドイツで、日本酒(SAKE)が静かな注目を集めています。首都ベルリンには同国初となる日本酒醸造所「Reigen Fermentation(ライゲン・ファーメンテーション)」が誕生し、ミシュラン星付きレストランからも高い評価を受けるなど、その存在感を増しています。

訪日ドイツ人が過去最高を記録し、日本食文化への関心が急速に高まるなか、欧州における日本酒市場は新たなフェーズに入りつつあります。本記事では、ベルリンの酒蔵の挑戦と、ドイツで日本酒が受け入れられている背景を詳しく解説します。

禅寺で生まれた「ベルリン酒蔵」構想

安泰寺での運命的な出会い

Reigenの物語は、日本の山奥にある禅寺「安泰寺」から始まりました。ベルリン出身のセバスティアン・ムロス氏とイタリア出身のフランチェスコ・トデスカート氏は、禅寺での修行生活のなかで出会います。修行の日々を送るなかで、フランチェスコ氏の実家がイタリア北部で代々営む米農家であることが話題となり、「イタリアの米でヨーロッパの日本酒を造れないか」というアイデアが生まれました。

この構想をさらに後押ししたのが、千葉県の老舗蔵元「寺田本家」との出会いです。セバスティアン氏は寺田本家の「醍醐のしずく」というどぶろくに感銘を受け、自然発酵による酒造りへの情熱を深めていきました。やがて、寺田本家で麹を担当していた杜氏の佐藤潤氏もプロジェクトに参加し、日本とヨーロッパの知見が融合するチームが形成されました。

ボウリング場跡地が酒蔵に

2024年8月、ベルリン中央駅から車で北に約10分のウェディング地区に、Reigenは正式にオープンしました。醸造所があるのは、かつてボウリング場「ケグラークラウゼ」だった建物の地下です。銀色の貯蔵タンクが並ぶ空間は、ベルリンらしい産業遺産のリノベーション文化を体現しています。

ファーストバッチとして発表された「ALINT(アリント)」は、黄金色に輝く独特の色合いが特徴で、従来の日本酒のイメージを覆すものでした。

欧州の味覚に寄り添う革新的な酒造り

菩提酛と自然発酵へのこだわり

Reigenの酒造りの核心は「菩提酛(ぼだいもと)」と呼ばれる古代の醸造技法にあります。これは室町時代に奈良の正暦寺で生まれた製法で、現代の速醸酛とは異なり、天然の乳酸菌を活用した自然発酵を行います。この手法により、従来の日本酒よりも大胆で複雑、そして奥深い風味が生まれます。

使用する米は日本産ではなく、フランチェスコ氏の実家であるイタリア北部の「デ・タッキ農園」で栽培されたリゾット米です。精米歩合を低く抑え、米本来の風味を活かす方針を取っています。水はベルリンの水を使用しており、まさにヨーロッパの素材で造る日本酒といえます。

ワイン樽熟成という新たな試み

Reigenの最大の特徴の一つが、白ワインの木樽で熟成させた日本酒です。ドイツやフランスのワイン文化が根付く欧州の消費者にとって、樽熟成という概念は馴染み深いものです。この手法により、キャラメルやシェリーを思わせる深い風味が加わり、ワイン愛好家にも受け入れられやすい味わいに仕上がっています。

フルーツフレーバーを加えた日本酒やスパークリングタイプなど、伝統にとらわれない多彩な商品展開も行っており、ベルリンのミシュラン星付きレストラン「Nobelhart & Schmutzig」がReigenの酒を推薦するなど、美食界からの評価も高まっています。

欧州で拡大する日本酒市場

過去最高を更新し続ける輸出額

日本酒の海外市場は着実に拡大を続けています。2025年度の日本酒輸出総額は約459億円に達し、前年を上回る実績を記録しました。輸出先も過去最多の81の国と地域に広がっています。

特にEU向けの輸出は好調で、2024年にはEU全体(イギリス含む)への輸出額が約27.2億円と前年比116.2%を記録し、過去最高を更新しました。ドイツ、フランス、イタリアといった主要国がそれぞれ過去最高を達成しており、欧州における日本酒需要の高まりが鮮明になっています。

インバウンドが生む「日本酒体験」の好循環

この背景には、訪日外国人の増加による日本酒の認知度向上があります。2025年の訪日ドイツ人は約43万人と過去最高を記録し、前年比31.8%の大幅増となりました。注目すべきは1人あたりの旅行支出で、ドイツ人は約39万円と全国籍中トップクラスです。平均滞在日数も18日と長期にわたります。

訪日外国人の約45.8%が滞在中に日本酒を飲んだと回答しており、長期滞在するドイツ人旅行者が酒蔵巡りや日本酒テイスティングを体験し、帰国後も日本酒を求めるという好循環が生まれています。

ベルリンに広がる日本酒コミュニティ

Reigenだけでなく、ベルリンには日本酒文化を支えるコミュニティが育ちつつあります。20年以上の実績を持つ日本酒輸入業者「Sake Kontor」はショールームとテイスティング会場を兼ねた店舗を運営し、日本酒の普及活動を続けています。

また、2024年にはベルリンの人気日本酒バー「Sake36」の閉店を受けて、元スタッフらが「Our Sake Club」を設立しました。日本の革新的な若手蔵元から直接仕入れを行い、通常は地元でしか流通しない希少な銘柄をベルリンで楽しめる場を提供しています。

さらに、ジェトロ(日本貿易振興機構)が2025年12月にベルリンで日本酒ペアリングイベントを開催するなど、官民を挙げた取り組みも活発化しています。

注意点・展望

ドイツの日本酒市場は成長途上にあり、いくつかの課題も存在します。まず、ドイツの食文化は保守的な面があり、ビールやワインへの愛着が非常に強いことから、日本酒が主流になるにはまだ時間がかかるでしょう。

また、Reigenのような現地醸造の日本酒は、伝統的な日本酒とは異なるスタイルであるため、日本酒の本来の姿を伝えることと、現地の嗜好に適応することのバランスが問われます。

一方で、欧州全体のオーガニック志向や発酵食品ブームは日本酒にとって追い風です。Reigenが採用する自然発酵の手法や、イタリア産米を活用した地産地消の姿勢は、環境意識の高い欧州の消費者に響くポイントといえます。今後、フランスやイタリアなど他の欧州諸国でも同様の動きが広がる可能性があります。

まとめ

ビール大国ドイツに誕生した酒蔵Reigenは、禅寺での出会いから始まった日独伊の国際的なプロジェクトです。菩提酛による自然発酵やワイン樽熟成など、欧州の食文化に寄り添う革新的な酒造りで、日本酒の新たな可能性を切り開いています。

訪日ドイツ人の増加と欧州向け輸出の過去最高更新が示すように、日本酒を取り巻く環境は確実に変化しています。伝統を尊重しながらも現地の味覚に合わせたアプローチは、日本酒のグローバル展開における一つのモデルケースとなるかもしれません。ベルリンから広がる「SAKE」の新風に、今後も注目です。

参考資料:

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