米国グリーンランド購入問題、デンマークと作業部会設置へ
はじめに
トランプ米政権がデンマーク領グリーンランドの取得に向けて本格的な外交交渉を開始しました。2026年1月14日、バンス副大統領とルビオ国務長官がホワイトハウスでデンマーク、グリーンランド両政府の外相と会談し、「ハイレベル作業部会」の設置で合意しました。
一方で、デンマーク側は売却を明確に拒否しており、「根本的な意見の相違」が残る状態です。購入が実現した場合の価格は最大7000億ドル(約110兆円)との試算もあり、史上最大規模の領土取引となる可能性があります。本記事では、この問題の背景と今後の展望を詳しく解説します。
ホワイトハウス会談の結果
作業部会の設置に合意
1月14日のホワイトハウス会談には、米国側からバンス副大統領とルビオ国務長官、デンマーク側からラスムセン外相、グリーンランド自治政府からモッツフェルト外相が参加しました。
会談後、ラスムセン外相は記者会見で「率直かつ建設的な議論だった」と述べ、米国の安全保障上の懸念に対応しながら、デンマーク王国の「レッドライン」を尊重する道を探るための「ハイレベル作業部会」設置で合意したことを明らかにしました。
ただし、ラスムセン外相は「根本的な意見の相違」が残っていることも認めています。Washington Postは、会談が具体的な成果に乏しいものだったと報じています。
グリーンランド側の明確な拒否
グリーンランドのニールセン首相は、会談に先立ち明確な立場を表明しました。「グリーンランドは米国に所有されることも、統治されることも、米国の一部になることも望んでいない」と述べ、「米国とデンマークのどちらかを選ぶなら、デンマークを選ぶ。NATOを選ぶ。デンマーク王国を選ぶ。EUを選ぶ」と宣言しました。
約5万7000人の人口を持つグリーンランドは、住民の大半がイヌイット系で、独自の自治権を持ちながらもデンマーク王国の一部として外交・防衛政策はデンマーク政府が担っています。
トランプ政権の強硬姿勢
「あらゆる手段」を排除せず
トランプ大統領は、グリーンランド取得について「いかなる方法でも」実現すると主張しています。ホワイトハウスは軍事力の行使も「選択肢のひとつ」として排除しておらず、NATO同盟国に対する異例の圧力となっています。
トランプ大統領はソーシャルメディアで「米国は国家安全保障のためにグリーンランドを必要としている。建設中のゴールデンドーム(ミサイル防衛網)にとって不可欠だ」と投稿し、「これ以外は受け入れられない」と強調しました。
住民への一時金支給案も
ロイター通信によると、トランプ政権はグリーンランド住民1人あたり最大10万ドル(約1500万円)の一時金支給を検討しています。住民全員への支給となれば、総額60億ドル(約9400億円)規模となります。
ただし、最新の世論調査では、グリーンランド取得を支持する米国民はわずか17%にとどまり、49%近くが反対しています。
なぜグリーンランドが重要なのか
軍事戦略上の要衝
グリーンランドには、米軍のピツフィク宇宙基地(旧チューレ空軍基地)があり、ミサイル早期警戒や宇宙監視の重要拠点となっています。ロシアの大陸間弾道ミサイルが米本土に到達する最短経路はグリーンランド上空を通過するため、この早期警戒能力は極めて重要です。
また、グリーンランドは「GIUK ギャップ」(グリーンランド・アイスランド・英国)と呼ばれる北大西洋の対潜水艦作戦の要衝に位置しています。冷戦期から現在まで、ロシア海軍の動きを監視する戦略的重要性を持ち続けています。
豊富な天然資源
グリーンランドは、亜鉛、鉄、銅、ニッケル、コバルト、ウラン、グラファイト、そしてレアアース(希土類元素)など、豊富な未開発資源を抱えています。特にレアアースは、電気自動車やミサイルの製造に不可欠であり、現在中国がサプライチェーンを支配していることから、米国にとって「脱中国依存」の観点からも重要です。
米シンクタンク「アメリカン・アクション・フォーラム」は、グリーンランドの鉱物資源価値を4.4兆ドルと試算していますが、物流面や環境面の課題から実際に採掘可能なのは1860億ドル相当としています。
北極航路の要
気候変動による北極海の氷の減少に伴い、新たな航路が開ける可能性があります。グリーンランドは北西航路や北極横断航路の要衝に位置しており、アジア・欧州間の航行距離を大幅に短縮できる可能性があります。
中国も2018年に「北極圏近接国家」を宣言し、「氷上シルクロード」構想を打ち出しています。米中露の北極圏を巡る競争が激化する中、グリーンランドの戦略的価値はますます高まっています。
購入価格の試算と現実性
最大7000億ドル(約110兆円)の試算
NBCニュースによると、米政府関係者や専門家の試算では、グリーンランド購入価格は最大7000億ドル(約110兆円)に達する可能性があります。これは米国史上最大の領土取得となります。
試算額は分析手法によって大きく異なります。鉱物資源の市場価格をベースにすると約2000億ドル、アイスランドの経済規模を参考にした立地価値で計算すると約2.8兆ドルという試算もあります。
過去の購入提案との比較
米国がグリーンランド購入を試みるのは今回が初めてではありません。1946年にはトルーマン政権が1億ドルで購入を提案しましたが、デンマークに拒否されています。2019年にもトランプ大統領(第1期)が購入意欲を示しましたが、やはり拒否されました。
欧州諸国の反応と今後の展望
NATO同盟国の結束
デンマークの要請を受け、スウェーデンはグリーンランドに軍を派遣し、ノルウェーとドイツも軍事要員の派遣を発表しました。NATO同盟国が結束してデンマークを支援する姿勢を示しています。
国連の専門家グループも、グリーンランド住民の自決権を支持する声明を発表し、領土や憲法上の地位を変更しようとする試みは国際法違反であり、地域の安定を損なう恐れがあると警告しています。
作業部会の行方
設置される作業部会では、米国の安全保障上の懸念に対応しつつ、グリーンランドの自治権と主権を尊重する「共通の道」を模索することになります。ただし、トランプ政権が「取得」以外の結果を受け入れるかは不透明です。
デンマーク側は、防衛協力の強化や資源開発での協力など、領土譲渡以外の選択肢を提案する可能性があります。
まとめ
グリーンランド問題は、単なる領土問題を超えて、北極圏の地政学、レアアース資源、そしてNATO同盟の結束という複合的な要素が絡み合っています。
作業部会の設置により対話のチャンネルは確保されましたが、「根本的な意見の相違」は解消されていません。トランプ政権の強硬姿勢と、デンマーク・グリーンランドの明確な拒否姿勢の間で、今後どのような展開を見せるか、注視が必要です。
参考資料:
- Trump updates: Danish FM says Denmark, US still ‘differ’ over Greenland - Al Jazeera
- Vance’s Greenland meeting ends with ‘fundamental disagreement’ - Washington Post
- Greenland, Denmark: US Form Working Group as Disagreement Remains - Bloomberg
- Buying Greenland could cost as much as $700 billion - NBC News
- Why Trump wants Greenland - CNBC
- The Geopolitical Significance of Greenland - Belfer Center
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