トランプ政権のグリーンランド取得構想:北極圏の資源と安全保障をめぐる攻防

by nicoxz

はじめに

2026年1月、トランプ米政権がデンマーク自治領グリーンランドの取得に向けた情報発信を強めています。バンス副大統領は1月8日の記者会見で、欧州首脳に対してトランプ大統領の意欲を「真剣に受け止めるべきだ」と警告し、近くデンマーク政府やグリーンランド自治政府と協議するとの見通しを示しました。ホワイトハウスは「米軍の活用も選択肢の一つ」と明言し、NATO同盟国であるデンマークとの関係に緊張が走っています。本記事では、トランプ政権がなぜグリーンランドにこだわるのか、その戦略的背景と国際社会の反応を解説します。

トランプ政権の強硬姿勢とバンス副大統領の役割

「所有権が非常に重要」という主張

トランプ大統領は1月8日公開のニューヨーク・タイムズのインタビューで、グリーンランドについて「所有権が非常に重要だ」と述べました。さらに「好むと好まざるとにかかわらず、我々はグリーンランドについて何かをする」と発言し、買収または軍事力の行使も辞さない姿勢を示しています。

ホワイトハウスは「グリーンランド取得は米国の国家安全保障上の優先事項」と位置づけ、「北極圏における敵対勢力の抑止に不可欠」として、様々な選択肢を検討していることを認めました。トランプ大統領は、デンマークがグリーンランド取得に抵抗する場合、「非常に高い」関税を課すと警告しています。

バンス副大統領の欧州首脳への警告

バンス副大統領は1月8日、欧州の指導者たちに「米国大統領の言葉を真剣に受け止めるべきだ」と述べ、トランプ大統領は「米国の利益を守るために必要なところまで行く」と強調しました。バンス氏は、グリーンランドのミサイル防衛インフラにおける役割を挙げ、デンマークと欧州による投資不足が「ロシアと中国」からの潜在的脅威に対して脆弱な状態を生んでいると批判しました。

バンス氏は「デンマークは明らかにグリーンランドの安全保障において適切な仕事をしていない」と述べ、グリーンランド訪問も実施しましたが、現地住民や指導者からは歓迎されていないとの報道もあります。

歯止め役不在の危うさ

トランプ政権内で、グリーンランド取得構想に対する歯止め役が見当たらないことが懸念されています。共和党・民主党の議員の多くがこの構想に否定的ですが、政権内では強硬派が主導権を握っている状況です。ホワイトハウスのスティーブン・ミラー上級顧問らが積極的に推進しており、外交的配慮よりも「取引」としての強硬姿勢が前面に出ています。

グリーンランドの戦略的価値

レアアース資源の宝庫

グリーンランドは、酸化物換算量で年間38,000トンのレアアース鉱石を生産する米国と同等規模の150万トンの埋蔵量が確認されており、未開発地域においては世界最大規模のポテンシャルを持っています。特にクベーンフェルド鉱床は世界最大規模のレアアース鉱床として知られています。

中国が現在、レアアースの生産や加工で大きなシェアを持つため、米国やEUは供給源の多様化を急いでおり、グリーンランドはこうした「非中国系供給源」として戦略的価値があると見られています。中国の対日レアアース輸出規制の動きもあり、西側諸国にとってグリーンランドの資源は安全保障上の重要性を増しています。

ただし、実際の資源開発には多くの困難があります。レアアースの鉱石採掘には、ウラン、トリチウムなどの放射性物質が随伴することが多く、環境規制および操業コストがプロジェクトの進捗に大きな障害となっています。現在、グリーンランドでは商業生産がゼロという現実があり、経済性に問題を抱えています。

北極圏における軍事拠点

米国は既に、1951年のグリーンランド防衛協定に基づき、ピトゥフィック宇宙基地(旧チューレ空軍基地)を運用しています。この基地は北緯76度32分に位置し、北極点から約1,500kmの距離にあります。ミサイル警戒、ミサイル防衛、宇宙監視の任務を担い、米国宇宙軍の基地では最北に位置する戦略的拠点です。

気候変動に伴う北極海の氷の融解により、新たな航路が開かれつつあり、グリーンランドの地政学的重要性は増すばかりです。トランプ大統領は「ロシアと中国の船舶の航行を抑止する必要性」を指摘し、「我々は国家安全保障のためにグリーンランドを必要としている」と述べています。

冷戦時代の1959年には、米軍が氷の下に「キャンプ・センチュリー」という秘密軍事基地を建設していました。現在は気候変動による氷の融解で、当時の汚染物質が漏れ出す懸念も指摘されています。

デンマークとグリーンランドの立場

デンマークの主権と国際法

1933年の国際司法裁判所の判決により、デンマークのグリーンランド全域に対する主権は確立されています。1951年のグリーンランド防衛協定でも、米国は「デンマーク王国のグリーンランドに対する主権」を明確に認めています。専門家たちは、グリーンランドに対するデンマークの法的地位は「極めて強固」であると一致しています。

デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は、米国によるグリーンランドへの軍事攻撃は「事実上NATOの終焉を意味する」と警告しました。カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、スペイン、英国の首脳もデンマークと共にグリーンランドの主権を擁護する共同声明を発表し、「グリーンランドはその人々のものである。デンマークとグリーンランドに関する事項を決定するのは、デンマークとグリーンランドだけである」と強調しました。

グリーンランドの自治と独立の可能性

グリーンランドは2009年の自治法により、高度な自治権を持つデンマークの自治領となっています。1979年の自治開始以降、徐々に権限を拡大してきました。2009年の自治法では、グリーンランド議会と住民投票による承認を経て、デンマークとの交渉により独立する道筋も定められています。

2025年1月の世論調査では、グリーンランド住民の56%が独立を支持していますが、生活水準が悪化する場合は45%が反対するという結果も出ています。グリーンランドは財政の約半分をデンマークからの交付金に依存しており、多くの住民が「独立は支持するが、経済や福祉制度が損なわれるなら反対」という立場を取っています。

独立には、グリーンランド議会の同意、住民投票での承認、デンマーク議会の同意、そしてデンマーク政府との交渉という複雑なプロセスが必要です。

国際社会の反応と懸念

NATO同盟国との関係悪化

デンマークは米国のNATO同盟国であり、イラクやアフガニスタンで米軍と共に戦った歴史があります。軍事力行使も辞さないトランプ政権の姿勢は、NATO同盟国との信頼関係を根本から揺るがすものです。欧州の指導者たちは、トランプ政権の一方的な姿勢に強く反発しています。

中国・ロシアとの競合

米国がグリーンランドを重視する背景には、中国とロシアの北極圏進出があります。中国は2009年にグリーンランドの鉱業権がデンマークからグリーンランドに移った直後から、積極的に鉱物調査を開始しています。ロシアも北極圏での軍事プレゼンスを強化しており、北極海航路の開発を進めています。

トランプ政権の強硬姿勢は、こうした地政学的競争に対する危機感の現れですが、同盟国との関係を損なうことで、かえって中国やロシアに有利な状況を生み出す可能性も指摘されています。

注意点と今後の展望

実現可能性の低さ

国際法上、デンマークのグリーンランド主権は確立されており、米国が軍事力や経済的圧力で一方的に領土を取得することは極めて困難です。トランプ大統領の発言は、実現可能性よりも国内向けの政治的アピールという側面が強いと見られています。

資源開発の現実

グリーンランドが「資源の宝庫」であることは事実ですが、極寒の気候、環境規制、放射性物質の随伴、経済性の問題など、商業的採掘には多くの障害があります。現時点で商業生産はゼロであり、「最後のフロンティア」という期待と現実には大きなギャップがあります。

外交的解決の必要性

グリーンランドの戦略的重要性が高まっていることは事実であり、米国、デンマーク、グリーンランド自治政府の間で、安全保障と資源開発についての建設的な対話が必要です。しかし、トランプ政権の強硬姿勢は対話の道を閉ざしかねません。

まとめ

トランプ政権のグリーンランド取得構想は、北極圏におけるレアアース資源と軍事的価値への関心を背景としていますが、国際法、NATO同盟関係、グリーンランド住民の意思を無視した強硬姿勢は、実現可能性が極めて低いと言わざるを得ません。

バンス副大統領の欧州首脳への警告は、トランプ政権内に歯止め役が不在であることを浮き彫りにしています。デンマークをはじめとする欧州諸国は、グリーンランドの主権を明確に擁護しており、米国の一方的な行動は同盟関係に深刻な亀裂を生む恐れがあります。

グリーンランド問題の本質は、気候変動により開かれつつある北極圏において、米国、中国、ロシアがどのように共存し、資源と航路を管理していくかという21世紀の地政学的課題です。軍事的・経済的圧力ではなく、国際法と多国間協調に基づく解決が求められています。

参考資料:

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