グリーンランド獲得に動くトランプ氏、北極圏の戦略的価値とは
はじめに
2026年1月、トランプ米大統領がデンマーク自治領グリーンランドの獲得に向けて大きく動き出しました。欧州8カ国に対して10%の追加関税を課すと表明し、国際社会に衝撃を与えています。
なぜ今、グリーンランドなのでしょうか。その背景には、気候変動によって急速に変化する北極圏の地政学的環境があります。皮肉なことに、トランプ氏自身が「史上最大の詐欺」と呼ぶ地球温暖化こそが、グリーンランドの戦略的価値を飛躍的に高めているのです。
この記事では、グリーンランドをめぐる国際情勢の最新動向と、北極圏が世界の要衝と化している理由を詳しく解説します。
トランプ政権のグリーンランド獲得戦略
欧州8カ国への関税措置
トランプ大統領は2026年1月17日、自身のSNSで衝撃的な発表を行いました。米国がグリーンランドを取得するまで、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フランス、ドイツ、オランダ、フィンランド、英国の8カ国からの輸入品に10%の追加関税を課すというものです。
関税は2月1日に発動し、6月には25%に引き上げる方針も示されました。トランプ氏は「グリーンランドの完全かつ全体的な購入でディールが成立しない限り」関税を課し続けると警告しています。
2019年からの執念
トランプ氏がグリーンランド購入に言及したのは今回が初めてではありません。2019年の第1期政権時にも購入意向を表明し、当時のデンマーク首相メッテ・フレデリクセン氏から「馬鹿げている」と一蹴された経緯があります。
しかし第2期政権では、より強硬な姿勢に転じています。「グリーンランドは国家安全保障のために必要だ」と主張し、「米国による支配以外は受け入れられない」とまで発言しています。
欧州とグリーンランドの反発
この動きに対し、欧州諸国は強く反発しています。対象となった8カ国は共同声明を発表し、「関税の脅しは大西洋を越えた関係を損ない、危険な下降スパイラルを招く恐れがある」と警告しました。
欧州連合(EU)は930億ユーロ(約17兆円)規模の報復措置を検討しています。また、スウェーデン、ノルウェー、ドイツ、フランスはグリーンランドに軍隊を派遣し、欧州としての関与を示す動きも見られます。
グリーンランド自治政府のムーテ・ブールプ・エーゲ首相は「グリーンランドは私たちのものだ。売り物ではなく、これからも売り物になることはない」と明確に拒否の姿勢を示しています。2025年1月の世論調査では、グリーンランド住民の85%が米国への帰属に反対しており、支持はわずか6%にとどまっています。
北極圏の融氷がもたらす地政学的変化
世界平均の4倍で進む温暖化
グリーンランドの戦略的価値が高まっている最大の要因は、気候変動による北極圏の急激な変化です。
最新の研究によると、北極圏の温暖化は地球の他の地域と比べて約4〜4.5倍の速さで進行しています。2021年の北極評議会の報告では、1971年から2019年にかけて地球全体の年平均気温上昇が1℃だったのに対し、北極圏では3.1℃に達しました。
北極海の海氷域面積は10年あたり約10%減少しており、直近5年間の平均は1979〜1983年と比べて約280万平方キロメートル(日本の国土面積の7倍以上)も縮小しています。
北極航路の実用化
海氷の減少は、新たな海上輸送ルートを開きつつあります。従来、ヨーロッパとアジア間の物流はスエズ運河を経由する南回りルートが主流でしたが、北極海航路を利用すれば輸送距離を約3分の2に短縮できます。
2020年には北極海航路の開通期間が88日間と過去最長を記録し、同年の総貨物輸送量は約3,300万トンに達しました。これは10年前の約15倍に相当します。北極評議会によれば、過去10年間で北極圏での貨物輸送は37%増加しました。
2010年代に入ってからは毎年航路が開通するようになり、2050年頃には北極海の海氷域面積がゼロになる可能性も指摘されています。
米中露の覇権争い
この変化に最も敏感に反応しているのが大国です。
ロシアは北極圏に新たな軍事基地を建設し、プレゼンスを強化しています。中国は2018年に自国を「近北極国家」と位置づけ、「一帯一路」構想の一環として「極地シルクロード」計画を推進しています。2024年には中露の海上警備機関が北太平洋で合同監視活動を実施するなど、両国の連携も深まっています。
米国にとって、北極圏での影響力確保は喫緊の課題となっているのです。
グリーンランドの資源的価値
世界有数のレアアース埋蔵量
グリーンランドが注目されるもう一つの理由は、その豊富な鉱物資源です。
米国地質調査所(USGS)によると、グリーンランドのレアアース埋蔵量は世界8位で、約150万トンが確認されています。特に注目されるのは、ジスプロシウムやテルビウムなど希少性の高い重希土類を多く含む点です。これらは電気自動車のモーターや風力発電機に不可欠な素材です。
グリーンランドには、米国の国家安全保障や経済安定に不可欠とされる50種類の重要鉱物のうち、約39種類が存在するとされています。電気自動車のバッテリーに使用されるグラファイトや、その他の戦略的鉱物も豊富です。
クヴァネフェルド鉱床の可能性
グリーンランド南部に位置するクヴァネフェルド(Kvanefjeld)鉱床は、未開発地域として世界最大規模のレアアース埋蔵量を誇ります。推定資源量は約4億5,000万トンで、マインライフ(採掘可能期間)は37年と見積もられています。
この鉱床はジスプロシウムとネオジムを合計約4,000万トン保有すると予測され、将来の世界需要の4分の1以上を満たす潜在力があります。
開発の現実的課題
ただし、グリーンランドの資源開発には大きな課題があります。現時点でレアアースを含む金属資源、原油・天然ガスのいずれも商業生産には至っていません。
その理由は複数あります。まず、国土の大半が氷床や永久凍土に覆われ、探査費用が高額になります。また、港湾施設などのインフラが未整備で、物資の輸送も困難です。さらに、レアアース採掘には放射性物質(ウランやトリウム)が随伴することが多く、2021年にはグリーンランド議会がウランの一次生産を禁止する法律を施行しました。
厳しい気候条件、労働力不足、環境規制という三重の障壁が、豊富な資源の活用を阻んでいるのが現状です。
注意点と今後の展望
軍事的緊張のリスク
グリーンランドをめぐる米欧の対立は、NATO同盟国間の亀裂を深める恐れがあります。米国議会からも懸念の声が上がっており、デンマークを訪問した議員団はトランプ大統領の立場とは異なる見解を示しました。
欧州諸国がグリーンランドに軍を派遣する事態は、同盟国間の信頼関係に深刻な影響を与えかねません。デンマークの国防担当議員は「脅威は東(ロシア)からではなく、米国からだ」と発言し、異例の批判を展開しています。
気候変動という「皮肉」
トランプ氏は気候変動を「史上最大の詐欺」と主張し続けていますが、まさにその気候変動がグリーンランドの戦略的価値を高めているという皮肉があります。
温暖化が進めば進むほど、北極航路の利用価値は上がり、氷の下に眠る資源へのアクセスも容易になります。気候変動否定論者が、気候変動の「恩恵」を享受しようとしている構図は、国際社会から批判を浴びる可能性があります。
今後の焦点
米国とデンマークは「ハイレベル作業部会」を設置し、今後の協議を続ける方針です。ただし、デンマーク外相は「見解の相違は続いている」と述べており、早期の解決は困難な情勢です。
2月1日の関税発動、6月の税率引き上げというタイムラインの中で、どのような外交的駆け引きが展開されるか注目されます。
まとめ
トランプ大統領によるグリーンランド獲得の動きは、北極圏をめぐる国際秩序の大きな転換点を示しています。
温暖化による融氷が新たな航路と資源へのアクセスを開き、かつては辺境とされた北極圏が世界の要衝へと変貌しています。米国、中国、ロシアによる覇権争いが激化する中、グリーンランドの地政学的重要性は今後さらに高まるでしょう。
一方で、現地住民の意思を無視した領土獲得の動きは、民主主義的価値観との矛盾を抱えています。欧州との関係悪化、NATO同盟の動揺というリスクも無視できません。
北極圏の未来をめぐる国際的な議論は、今後数年間で大きく動くことになりそうです。
参考資料:
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